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秘密のアイスクリーム

 真由子さんと一緒にキッチンに立つ妄想で浮かれていたら、予期しないジャブが真由子さん本人から繰り出された。


「えっと、トーフル対策の授業は順調なのよね。他のクラスはどう?文法とか」


 う、僕のストレスの元凶か……。


「わかりやすくていいですよ。英語の文法を英語で考えるのがいいんですかね。すんなり頭に入ってきます」

「その割に今、なんかイヤそうな顔したよね?」


 するどいですね。まさか僕の気持ちにも気付いてたりします?


「うーん……たいしたことじゃないですよ」

「じゃあ聞かせてもらってもいいよね」


 おお、なんかぐいぐい来るなぁ。食事で心を開いて悩みを聞くのが真由子さんの戦法スタイルなんだろうか?


「実は……同じクラスの日本人とあまり上手くいってなくて」


 僕はクラスの日本人から無視されていることや、その原因となったであろう、授業初日のサボりの誘いを断ったことなどを話した。


「僕もあのままみんなとメンターが来るのを待ってた方がよかったんですかねぇ?」


 『和をもって尊しとなす』なんて言えば聞こえはいいが、それは言い換えれば『出る杭は打たれる』。同じ日本人から浴びせられる冷たい視線は、僕の心をゆがめるハンマーだった。


「そんなことない。シュウスケのやったことは正しかったよ。」

「先輩……」

「あの日さ、私が仕事してたら突然パメラから電話が来て『日本人が授業に出てこないよ、どうなってるんだい!?』って怒られちゃった。もう焦ったのなんのって。駆けつけてみればみんなカフェテリアで優雅にお茶してて、思わず汚い英語で叫びたくなっちゃった」

「先輩がですか!?」


 実際には叫ばなかったそうだが、それほどの光景がひろがっていたらしい。


「それで先輩はどうしたんです?」

「彼らに私の説明不足を謝って、授業に行ってもらったよ」

「そんな!先輩何も悪くないじゃないですか。悪いのは先生の話を聞いてなかったあいつらなのに!」


 僕は無性に腹が立った。自分が無視されることは我慢できても、何も非がない先輩が謝らなくちゃいけないなんて辛抱ならない。


「ありがとね。でもああいう人たちは頭ごなしに叱っても、絶対こっちの言うことは聞いてくれないものよ。だからね、こっちが低姿勢になってちょっとおだててあげるの。そうすれば簡単に誘導できるから」


 もしかしたら真由子さんもここで学んでいたときに、僕と似たような経験をしたのかな?じゃなきゃこんなに落ち着いて対応できるわけない。


「あ、今のこと他の子に言っちゃダメよ」

「もちろんです」


 先輩との間にひとつ秘密ができた。なんか嬉しいぞ!


「それにしても日本人同士がこうも反目してるのはよくないわね……。そうだ、今度の休みにみんなでボストン観光にでもいこっか?」

「観光ですか?」

「そう。私たちの時もみんなで観光したりショッピングに行ったりして仲を深めたんだよ」

「先輩が案内をしてくれるんですか?」

「うん、私のとっておきの場所をいろいろ教えてあげるね」


 やったぜちくしょう!ああ、これが真由子さんと2人きりならよかったのに!いや、2人きりだと緊張しちゃってきっと上手くいかない……。あと1人か2人……そうだ、ダブルデートとかだったら緊張せずに済むんじゃないか?って、そんなこと頼める友達がいねぇ!あー……僕はどうしたら良いんだ!?


「どうしたの?私何か変なこと言った?」


おっと、不審な態度を取りすぎたかな?


「あの、いや、実は……僕……お金がないんです」

「あら」


 とっさの言い訳だったけど真実。


「カフェテリアも1日1回バイキングを大量に食べて、夜は食べないようにしてるんです」

「夜は値段が高いもんね」

「そうなんですよ。まいにち朝昼晩と食べてたらあっという間に破産です」

「は〜、そんなところまで私に似なくて良いのに」


 苦笑する真由子さんもかわいいなぁ。え、今なんて?


「私も節約するためにカフェテリアは1日1食で済ませてたんだよ」


 同士!なんというシンクロニシティ!これもう付き合うしかないんじゃないか?


「でも夜になるとお腹へって大変じゃありません?」

「わかるよ。私もいつもお腹減らしてた。あ、そんなシュウスケにだけ特別に私のオススメを教えてあげよう!来て」

「なんです?」


 席を立った先輩についていくと、人目につかないカフェテリアの隅にきた。まさか「オススメは、わ・た・し」なんて展開に!?いや、さすがにそれは早いだろ。落ち着け!


 僕が深呼吸していると、真由子さんが暗がりにあるでかい箱を指差して僕に質問してきた。


「これ何か知ってる?」

「いえ……、なんか重低音がしてますね。冷蔵庫かなにかですか?」

「お、正解。ちなみに中身は……アイスクリームです!」


 え?アイス?先輩が冷蔵庫の天板を開け放つと、中にはアイスクリーム専門店においてあるような円筒状の容器が多数置いてあった。それらはバニラ、チョコ、ストロベリーなどのベーシックな物から、わけのわからない七色のアイスクリームまでバラエティに富んでいる。


「いくら料理をいっぱい食べても、アイスクリームはベツバラなんだよね〜」

「おお、こんなものまでカフェテリアにあったとは……」

「さあ、他のみんなに見つからないうちにお皿にとろう」


 そう言うと真由子さんはスクーパーでアイスを全種類お皿に盛っていく。それにしてもなんでこんなにこっそりと?


「アイスクリームは上流階級の子たちにも人気があるから、油断してるとあっという間に無くなっちゃうんだよね」

「この量が!?」

「だからみんなが知らないのなら知らないままの方が……」

「なるほど」

「あ、これももちろん他の子たちには秘密だよ」


 真由子さんとの秘密がどんどん増えていく。そう思うとつい顔が緩んでしまった。もちろんすぐに『アイスが嬉しくて笑顔になっている』ていを装うが。


 真由子さんと一緒に食べたアイスクリームはとにかく甘かった。日本のアイスと比べて実際に甘いかどうかは、今の幸せな僕ではとても判別できないけど。一人で食べたらもう少し甘さ控えめになるのだろうか。


 さて、今週末はボストン観光だ。それを励みに午後からも頑張るぞ!

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