100ドルの罠
ニコラが出てきた料理の解説をしてくれた。
「これはフライドカラマリだよ。アメリカではイカが出てこないからついつい頼んじゃった。ケイ、イカは食べられる?」
あ、貝が食べれない事ばれてやんの。
「ああ、イカは俺もずっと食べたいと思ってたんだよ!」
調子のいい奴だなー。でも僕もちょうどイカが恋しかった所だ。見た目が怖いからって食材にしないのはもったいないよなぁ。
フライドカラマリはチェリーストーンに負けず劣らずおいしかった。トマトソースの爽やかな味わいがフライの旨味を何倍にも高めてくれている。
そして最後に出て来たのがふたつのフライパンだった!
「ここのパスタはフライパンで出てくるので有名なんだよ」
なんて横着な……いや、豪快な食べ方なんだろう。ひとつは魚介類のたっぷり入ったトマトソースのパスタで、もうひとつがニコラの言っていた真っ黒なイカスミパスタだった。
「ソースじゃなくて麺自体にイカスミが練り込まれてるんだね」
「だからソースが服についてもシミにならないから大丈夫よ」
たしかに日本でイカスミパスタを食べた時は舌も唇も真っ黒になってしまったっけ。でもこのパスタならその心配も無さそうだ。
フライパンから自分の皿にブラックパスタをよそい、フォークに巻き付けて食べてみる。うまい、うまいぞー!小麦の味とイカスミの旨味がひとつになっている!それをアーリオオーリオで食べる事により、ニンニクとオリーブオイルの香ばしい風味が旨味を何倍にも引き立てているんだ!
「こんなにおいしいパスタを食べるのは2度目だよ!」
「へー、前はどこで食べたの?」
「何を言ってるの?この前ニコラが食べさせてくれたじゃないか」
僕の言葉にニコラがとても嬉しそうな顔をする。やっぱりこの子は料理を褒められるのがとても嬉しいようだ。
「ふん、俺はニコラのパスタの方がうまかったけどな」
「ケイ、そんなこと言ったらお店の人に失礼でしょ!」
「あ、すまん……」
やーい、むきになって怒られてやんの。でもやっぱりニコラは嬉しそうな顔してるなぁ。よかったよかった。
「そのおいしいパスタを私もいただけるのかしら」
話にいまいちついてこれないでいるリア様ががんばっている。
「もちろんだよ!あ、でも具材がちゃんとあったかな〜?」
「それなら帰りにスーパーにでもよっていきましょうか。私素敵なスーパーを知ってますのよ」
へえ、リア様もスーパーに行く事があるんだ。超意外。スーパーには最後に寄るとして、このあとどうするのかニコラに訊いておかなくちゃ。
「ところでニコラ、この後の予定は?」
「ふふーん。今日のテーマはね、私たちになぞらえてイタリアと日本なの。だからこれから日本人の好きそうな所にいこうと思ってるんだ」
「日本人の好きそうな所?」
僕ならどこに連れて行かれても喜ぶ自信があるけどね。
「どこだと思う?つくまでにあててみて」
うーん、どこだろう。ボストンに日本人街なんてあったかな?お昼食べたばかりで日本食レストランってこともないだろうし……。あ、ボストン美術館には浮世絵のコレクションがあるって聞いたことがあるけど、ニコラはそういう所を選ぶかな?
ふたつのフライパンの中身をきれいに食べ尽くし会計をすることになった。このお店はキャッシュオンリーとの事で、リア様はどうするだろうと思っていたら今回はちゃんと現金を用意していた。
「水族館の件でちゃんと学習しましたからね。ニコラ、これで足りるかしら?」
そういってリア様が差し出したのは新品同然の100ドル札だった。
「リア……これでも良いんだけどね、あんまり良い顔はされないかも」
「あら、なぜです?」
「アメリカ国内で100ドル札ってあんまり流通してないから、こんなところで払ったら偽札だと思われちゃうかも。実際私も初めて見るし」
そういえば僕も母さんに同じような事言われたっけ。
「どうしましょう……。またみんなに迷惑をかけてしまいました」
「そんなことないよ!大丈夫、任せて」
こんなことでリア様に負い目を感じさせたくない。僕は100ドル札を受け取りお店の人を呼んだ。受け取りを拒否されないよう舞台で培った最高の笑顔を用意する。
100ドル札を出すと店員は一瞬驚いていたが、ちゃんと精算してくれた。もちろん透かしなどをちゃんと確認した上で。
「ああ、よかった。加納くん、本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
その笑顔のためならこれくらいなんでもない。
「これでまたひとつ賢くなれましたわ」
「日本だと1万円札が使えないなんてありえないもんね」
「あら、そうなんですか?私日本でも現金を使う機会ってなかなか無くて……」
僕もお金持ちの生態についてひとつ賢くなれました。
店を出るとニコラがリア様にこんな事を言い出した。
「ねえリア、目的地まで4キロくらいあるんだけど、電車ならあっという間、歩くと1時間くらいかかると思うけどどうする?」
おいおい、相手はあのリア様だぞ。そんなのタクシー一択に決まって——
「腹ごなしにさんぽもいいかもしれませんね」
あれ?今日は歩けるんだ?そういえばいつもと違ってヒールのない靴を履いている。
「言ったでしょ?私だって学んでるんです」
僕が足下を見てるのに気付いたリア様が自信満々に言い放った。ドヤ顔で決めるあなたも微笑ましくて素敵です。




