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カフェテリアにて

 研修3日目。今日もお昼はカフェテリアのバイキング。僕のお気に入りはカリカリに焼き上げたベーコンだ。これはサラダといっしょに食べても、パンにはさんで食べてもうまい。夢中でお皿にとっていたら背後から不意に真由子さんに話しかけられた。


「どう?こっちの環境にはもう慣れた?」


突然のことに言葉がすぐには出てこない。何か気の利いたことでも言いたいのに!


「ここのベーコンおいしいよね。私も大好きなんだ」

「め、メンターの人たちもここで食事するんですね」


どもっちゃったよ!なにやってんだ僕。


「そうだよ。ここのバイキングおいしいからね。実は大学にあがった今でも何度かこっそり来てるんだよー」


 明るく話す真由子さんの視線が僕の手元に落ちる。しまった、ベーコンのトングを握ったままだ。どうぞと言って手渡すと、ありがとうと笑顔が返ってくる。ぐはっ、なんという癒し効果。真由子さんの笑顔だけで体がふっと軽くなる。午前中のストレスが毛穴という毛穴から抜けていくようだ。


「よかったら一緒に食べない?シュウスケの話いろいろ聴かせてよ」


 もちろんでございます真由子さん!




 僕が予めカバンでとっておいた窓際の席に着くと、すぐ隣りに真由子さんも腰掛けた。距離感近い!しかしここで緊張したら紳士失格だよね。さっきは何も気の利いたこと言えなかったし、なんとかここで挽回せねば!

 そうだ、異性との会話で食べ物の話は鉄板だって以前姉ちゃんが言ってたっけ。やつに頼るのはしのびないけど何も言えないよりはよっぽどいい。さて先輩はトレーに何をとったのかな?


「先輩は……ずいぶん食べるんですね」


 やばい、本音がぽろっとこぼれた!だって僕と同じかそれ以上の量をとってるんだもん。しかしこれじゃあ大食いですねって言ってるようなもんじゃないか、僕のバカ!


「ふふーん、男子にだって負けないよ。バイキングなんだから元はしっかりとらないと!」


おお、セーフ!さすがは僕の癒しの女神。いっぱい食べる女性ひとって素敵だと思います!


「いっぱい食べるひとって素敵だと思います」


 あぁ、何を言っているんだこの口は!?毎日食べてるベーコンのアブラで口が滑りやすくなっちゃったのか?でも少しは気の利いたこと言えたかも?


「えー?そんなこと言ってホントはおデブちゃんだと思ってるんじゃない?」

「え?先輩のどこがデブなんですか?めっちゃスタイルいいですよ」


 先輩はどこからどう見てもやせ型だ。ぶかぶかのスーツがその印象をさらに際立たせている。何でこの人はこんなに大きなスーツを着てるんだ?


「ふふ、ありがとう。お世辞でもうれしいよ」


 お世辞なんかじゃないと言いたいのに、先輩のはにかんだような笑顔にやられてうまく言葉が出てこない。ちくしょう、ケイならこんなときでもうまく返せるんだろうな。まったくコミュ力の高いやつがうらやましい!


「それで、こっちの環境にはもう慣れた?」


 この質問はもう2回目だ。今度こそちゃんと答えなくては。

 僕が近況報告をする間に、真由子さんの皿の上の料理はテンポよく消えていく。それなのに相づちを打つときには口の中に物が入ってないのが素晴らしい。そのかわいらしい口の中はいったいどうなっているのだろうか。


 つい無言で口元を見つめていたら、真由子さんが「ん?」と小首をかしげた。おっと、話を続けなくっちゃ。


「えーっと、トーフル対策のクラスでも特に問題はないですね。クラスメイトにも恵まれてるし。このまま頑張れば6月のテストで合格点取れそうです」

「すごいじゃない!さすがは私の後輩だね」


 ばしんと背中を叩かれた。光栄です先輩。


「でも僕は奨学金狙ってるんで、8月までにさらに点数あげなきゃいけないんですよ」

「あ、それも私といっしょ。私も奨学金狙いでアーグルトンを選んだんだ」


 チャンスとばかりに僕は気になっていたことを訊いてみた。


「ということは……やっぱり先輩も庶民なんですか?」

「庶民も庶民。ド庶民だよ。本来ならこんな素敵な所でランチなんて無理だから」

「このカフェテリアすごいですよね。高級なレストランみたいで」

「だよねー。あ、シュウスケはあそこのシェフに話しかけてみたことある?」

「いえ。あの人いつも暇そうにしてますよね。僕たちの監視か何かですか?」

「あの人に話しかけるとその場でオムレツ作ってくれるよ」


マジですか。それ高級なホテルにいるとかいうオムレツを焼く係の人では?


「うーん、久々に頼んでみようかな。一人じゃ恥ずかしいからシュウスケもどう?」


 よろこんで!と答えたのは心の声。僕は軽く同意を示すだけにとどめ、真由子さんについていく。すると真由子さんに気付いたシェフが紳士然とした笑顔で話しかけてきた。


「本日はお嬢様のためにどのようなオムレツをお作りいたしましょう?」

「刻んだトマトとモッツァレラチーズをいれてくださるかしら?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 か、かっこええええええ!なんだこのやり取り!?日本人のぼんぼん連中より、よっぽど本物の上流階級っぽいぞ!


「同時に二つ作ってくれるから、ほら、シュウスケも注文して」


 え?そんなこと言われても!僕にはあんなやり取りできませんって!


「さあ、君はどんなオムレツがいい?」


 あれ?このおっさん、真由子さんの時となんか態度が違う?まあ、いいか。


「えっと……どんなのがあるんですか?」


 そう質問するとシェフは嬉しそうに調理台を見せてくれた。2つのコンロの下にはトマトやパプリカなどの刻んだ野菜、緑や黒の謎の輪っか、ハムやソーセージなどの加工肉、いろんな色のチーズなど様々な食材が置いてある。いったいどうやって注文したらいいんだろう。


「さあ、何をいれましょう?」

「えっ?え……エブリシング?」


 やっちまったぁああああああああ!テンパった僕は何を言うかわかったもんじゃない。きっと真由子さんもシェフも呆れていることだろう。恥ずかしくてうつむいた顔が上げられない。


「かしこまりました」


え、今なんて?言うが早いかシェフはあっという間に卵の上に全ての具材を載せていき、手早くオムレツを作りだした。真由子さんのオムレツは僕が逡巡している間にすでにできあがっている。その手際に見蕩れていると、僕のオムレツもあっという間に完成してしまった!


「あ〜おいしい。やっぱりジェフのオムレツは最高」


席に戻ると真由子さんのオムレツはすでに半分無くなっていた。さっそく僕も食べてみると中から様々な具材が飛び出してくる。この魚みたいなのは一体なんなんだろう?


「それはアンチョビだよ。塩気の効いてる魚。そっちはオリーブの実を輪切りにしたもので、こっちはヤングコーンだね」

「先輩やけに詳しいですね」

「だって私この研修所に通ってる間に、全品目を注文したから」


 なんと!あなたはそんなに食に積極的な人だったのか。どうりでシェフの名前まで知ってるわけだ。う〜ん、ますますこの人素敵に見えてきたぞ。

 ご飯をおいしそうに食べる人ってなんだか魅力的に映るんだよね。大学に入ったら僕の手作りオムレツを食べてもらえるような仲に……なんてね。なんてね!

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