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イタリアの空気

 料理が出てくるのを待っていたら先にパンがやって来た。しかしそれに塗るバターもジャムもどこにもない。


「ねえニコラ、このパンどうやって食べるの?」

「それはねこのオリーブオイルをつけて食べるのよ」


 え、オリーブオイル!?僕が驚いているとニコラはテーブルの上にどんとおかれたビンのオリーブオイルを取り皿にそそぎ、塩を多少混ぜて「めしあがれ」と言って来た。……果たしてこれがおいしいのだろうか?


「たしかここにバルサミコ酢をたらしてもおいしいんだよな」


 そういってケイが真っ先にトライする。


「お、うまい!オリーブオイルがとってもフルーティで」

「そうでしょ、おいしいでしょ〜」


 へえ、そんなにおいしいのか。もしかしたらニコラへのお世辞ってこともあるけどケイの味覚は確かだと思う。僕もさっそく食べてみると、オイルと塩だけのはずなのにたしかにおいしかった。

 リア様もパンを小さく小さくちぎりながらおいしそうに食べている。かわいいな。


「塩じゃなくて醤油にしてもおいしいかもな〜」


 料理好きとしてはこんな食べ方を知ってしまったら放っては置けない。しかしこの発言がニコラの表情を曇らせた。


「おお、シュウ!日本人はなんで何にでも醤油を使うの?パンはスシじゃないのよ」


 あちゃ〜、別にイタリアの食文化をけなしたわけじゃないんだよ〜。


「ごめんね、ニコラ。ただ醤油を使ったらどんな風になるかな?って思っただけなんだよ。知的好奇心ってやつさ」

「ああ、それならわかるかも。私もこの前のカレーにオリーブオイルかけたらどうだろうって思ったし」


 どんだけオリーブオイル大好きなんだよ。これってニコラだけ?それともイタリア人がみんなそうなの!?


「カレー?皆さんでインド料理のレストランにでも行ったんですか?」


 いつのまにかパンを食べ終えたリア様が訊いてきた。


「ううん。ケイが私のために日本のカレーを作ってくれたんだよ!」


 ニコラが嬉しそうに説明するが、ケイは僕に真相を言われるんじゃないかと少し不安そうな顔をしている。安心しろよ、あのカレーはおまえが作った事にしておいてやるから。


「それは素敵ですねぇ。私はここしばらく手料理を食べてなくって……」


 おお、これはチャンスじゃないか!?ここで僕が颯爽と『じゃあ僕がリアさんのために手料理を作ってあげよう』なんて言えば——


「じゃあ私がリアのために晩ご飯作ってあげるよ!」


 あれ?ニコラ、何を言っているのかな?


「まあ、ニコラが手料理を?それはうれしいですわ!」


 ニコラは僕とリア様をくっつけようとしてくれてるんじゃなかったっけ?くそぉ、先をこされた!


 そんな僕の様子を見てケイがニコラに何か耳打ちをした。それを聞いたニコラはしまったとばかりに自分のひたいを手で被っている。


「その……よかったらシュウも一緒に作らない?シュウも料理得意なんだよね」


 おお、2人ともナイス軌道修正!


「ニコラほどおいしいもの作れるかはわからないけど、僕も料理が趣味だからね」

「まあ、それは頼もしいですね!」


 やった、けっこう好印象っぽいぞ!


「私はお菓子作りは好きなんですが、料理は全部お手伝いさんに任せっきりなんですよ」


 ケイも言ってたけど、お金持ちの家にはお手伝いさんがつきものなんだな。やっぱりメイド服や執事服を着て働いているんだろうか。


「それじゃあ今日の晩ご飯は私とシュウで作るから楽しみにしててね!」


 え、今日の晩ご飯の話だったの?


「せっかく昼にイタリアン食べに来て晩ご飯もイタリアン?」


 ケイが僕の気持ちを代弁してくれた。


「あれ?ケイはイタリア料理嫌いだった?」

「もちろん大好きだよ。こんなに嬉しい事はないね!お、なんか出て来たな」


 うまく話をそらしたな。まあイタリア人からしてみれば毎食イタ飯でも何の不思議もないわけだ。よし、さっそくイタリアの味を勉強させてもらおうか!


「これは生の貝でチェリーストーンって言うの。日本人て生の魚介類が好きなんだよね」


 はい、大好物です!おや、ケイの顔色が少し悪くなった気がする。ひょっとしてこいつ生の貝がだめなのかな?


 まあ、そんなの気にせず食べてみよう。きれいな桜色が実に食欲を誘う。あ、だからチェリーって言うのかな?


「おお、この貝おいしいな!貝自体に甘味がある。それにでかい!」


 貝のあまりのおいしさに僕は二口で食べきってしまった。


「ボストンに来ていろんなレストランに行きましたがこんなにおいしい貝は初めてです」


 様々な料理を食べ尽くしてるであろうリア様にここまで言わせるってすごいよね。


「ホントだ、すっごくおいしいね!」


 あれ?ニコラ知ってて頼んだんじゃないの?


「これはイタリア料理じゃなくてボストン名物なんだって。だから私も興味があって注文してみたんだ」

「へぇ。イタリア料理じゃないんだ。じゃあ遠慮なく言うよ。これは醤油かけて食べたい!」


 それを聞いてニコラが大笑いしだした。学校の講堂で聞くとかなり場違いに思えた彼女の笑い声も、陽気なレストランの空気にはよく合っている。そうか、これがイタリアの空気なのかもしれないな。


 そんなイタリアの空気になじめていない奴が一人いる。しょうがない、助け舟を出してやるか。


「なあ、このチェリーストーンかなり気に入ったんだけどケイの分ももらっていいか?」

「ああ、もちろんだとも。みんなで食べてくれ」


 やっぱりこいつ生の貝ダメなんだな。牡蠣にあたると生の貝が食えなくなるって言うけど、ケイもそんな感じだろうか。結局6個あったチェリーストーンはケイ以外の3人で食べてしまった。


「お、あれはイカのフライかな?」


 お腹を空かせたケイが次の皿を嬉しそうに迎えていた。

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