寮長ビル
ジョージさんの提案で北キャンパスまで歩く事になったのはいいけど……この駐車場広すぎじゃない?
「ここを通り過ぎるのに何分かかるんですか……」
「大丈夫、もう2分も歩けば抜けるから」
それって大型スーパーの駐車場レベルなんだけど……。
駐車場を抜けると本物の市街地が見えてきた。この街でこれから4年間生きていくんだと思うと少し胸があつくなる。いかにもニューイングランドらしいおしゃれな街並に僕は少しでもなじめるだろうか。
中央キャンパスから歩いて15分、ようやく北キャンパスに到着した。
「ジョージさん……僕、ドライバーズライセンスも車もないんですけど、もし音楽の授業をとったら毎回この距離を歩かなくちゃ行けないんですか?」
今この距離を移動するだけでも真上から照りつける太陽に参り気味だっていうのに、1年同じ事を続けるのかと思うと目眩がする。
「ああ大丈夫。今は夏休み中で出てないけど、学校が始まればキャンパス間を走るスクールバスがでてるから」
「学内での移動は基本的にバスがメインになるからおぼえておいてね」
了解です。……座席がプラスチックのバスかな?お尻が痛くならないといいけど。
北キャンパスについた瞬間目に飛び込んできたのは何十棟もある4階建ての寮だった。
「あれがシュウが住むことになる寮。中央のよりグレードは落ちるけどとてもいい所よ」
「ああ、いい所だぞ。バス・トイレは共用だし、壁は牢屋みたいに真っ白だ」
「ジョージッ!!」
まあ、安い寮費でちゃんと雨風をしのげるなら僕はどんな所でも大丈夫。小さいころはもっと条件の悪いアパートに家族4人で暮らしてたんだ。こんなに素敵な寮に文句を言ったら罰があたるよ。
「それじゃあこれから寮長に挨拶をして部屋を見せてもらおっか」
この学校の寮母さんは果たしてどんな人だろう。チェスナットマナーの寮母さんは暖かいおばあちゃんみたいな人だったけどやっぱりここでもそんな人がやってるのかなー?
「ヘイジョージ!こんな所で何やってやがるんだ!?おまえの使ってた部屋はとっくに消毒済みだぜ!!」
サングラスでスキンヘッドのいかつい黒人のおっさんがそこにいた。
「よお、ビル。久しぶり、元気だった?」
「元気だった?じゃねーよクソが!こちとらおまえらの後始末でこの夏を無駄にしちまったって言うのに!」
「それがあんたの仕事だろ?」
うわぁ、なんかいきなり険悪な雰囲気?
「ふん!次学期おまえがいないと思うとせいせいするよ」
「こっちだって暑苦しいおっさんにどやされずに済むと思うと超ハッピーだね」
そう言うと2人はお互いの鼻がくっつきあいそうな距離までにじり寄った!そして何をするのかと思ったらいきなり固くハグを交わしだした!
「怒られたくなったらいつでもここに来い」
「独り身のおっさんが寂しくないようにたまにはここにも来てやるよ」
なんだよ、2人ともツンデレなのか?でもこんなふうに憎まれ口を叩き合える外国人がいるってすごい事だよな。僕ではこんな濃密なコミュニケーションを取れる気がしない。
「真由子も寮を出るんだったな。住む場所は決まったのか?」
「ええ、ジョージといっしょにアパートに住みます」
え?今なんつった?
「そうかそうか。お?そっちの小さいのはなんだ?」
小さいのって僕の事?僕はこれでも170あるんだけど……。
近くに寄ってきたおっさんは2メートル近くあるような気がした。
「今度からお世話になる日本人です。シュウ、挨拶して」
「僕は加納秀介です。皆にはシュウって呼ばれてます。靴のシュウです」
「靴のシュウだな。おまえの部屋は……3号棟の4階だ!いつもなら俺か生徒の誰かがついていくんだが」
「俺らがいるから大丈夫だよ。ほら、早く鍵くれって!」
「まったく……シュウ、おまえはこんな風になるんじゃないぞ」
ビルは親指でジョージさんを指差し吐き出すように言った。
「大丈夫よ。シュウは礼儀正しい子だし……」
「どうだかな?それにジョージだって最初は大人しい日本人に見えたもんだぜ?」
そんな毒を吐きながらビルが僕に鍵をくれた。
「帰る前にまたここにもってこいよ!」
寮への道すがら、さっきから気になってた事を訊いてみた。
「真由子さんとジョージさんは同棲するんですか?」
「おう!」
「おうじゃないわよ、バカっ!」
真由子さんの空手チョップがジョージさんに炸裂した。痛そ〜。
「たしかに同じアパートに住むんだけどね、単なるルームシェアだよ」
それを同棲って言うんじゃなかろうか?
「一戸建ての1階部分を借りてね、複数人で一緒に住むの。私とジョージとあともう一人、タイ人の女の子も一緒に住むわ」
へえ、そんな形態のルームシェアがあるのか。日本でやったら受けそうだな。
「タイ人と言えば、僕ジョージさんの事ずっとタイ人だと思ってました」
「俺のどこがタイ人だよ!ナマステチョップ!」
そういってふざけて空手チョップしてきたのを、なんと真由子さんが受け止めそのままローキックをジョージさんにお見舞いした!
「ジョージがずっと英語で喋ってるから悪いんでしょ!ごめんねシュウ。こいつバカで」
うん、そういう事にしておこう。見た目がタイ人ぽいなんて全く思っておりません。ローキック怖い。




