スーパー紳士の弱点
ケイに言われて気付いたが、この語学研修も折り返し地点を過ぎ、もう残り半分になっていた。僕はこの1ヶ月半で何を成したのだろう。そしてこれからの1ヶ月半で何を成せるのだろう。
なんてことをまた考えだしてしまったのは、プールの最中だと言うのにケイがニコラとのラブラブエピソードを語り始めたからだ。
「ほら、このまえおまえが味見をさせられたパスタあっただろ?二コラがあれを俺にも食わせてくれたんだよねぇ」
「へー」
「っていっても、やっぱり俺は特別みたいでさ、シュウの時は冷蔵庫のあまりもので作ったって言ってたけど、 ちゃんとスーパーで食材を吟味して買ってきてくれたらしいぞ」
「へー」
「これがまたうまくってさぁ、俺あんなにおいしいパスタを食べたの初めてかもしれない」
「へー」
「……3へぇ?」
「おまえもバラエティ番組とか見てたんだな」
こういうおぼっちゃまは僕らとは無縁な世界で生きてるのかと思ってたよ。実際今僕とは無縁な世界の話を聞かせてくれてるわけですし。
「頼むからもっとしっかり聞いてくれよ!本題はここからなんだから」
「へぇへぇ」
ほらこれで5へぇたまったよ。だからそんな顔で睨むなって。
「それで本題って?」
「ああ、それがだな……俺がニコラの料理を褒めまくってたら、どういう経緯か今度は俺がニコラに料理をつくることになってたんだ」
「何を言っているんだ?」
「俺もよくわからないけど聞いてくれよ。それでだな、ニコラがものすごく楽しみにしてるから俺としては何かおいしい物を作ってあげたいんだけど……」
先ほどまでニコニコと饒舌に語っていた男の顔色が一気に曇る。
「ひょっとしてこれまでに料理をつくった事がないとか?」
「バ、バカにするなよ!それくらいあるに決まってるだろうが!」
それは失礼。どうもお金持ちの生活スタイルというものがいまいち把握できていない物で。
「……家庭科の授業で」
ん?さっきのセリフとつなげると「家庭科の調理実習でなら料理をつくった事がある」ってことかな?それは作った事ないのとほぼ同義だよ。
「他の家事は全部自分でやれるんだ。でも料理だけは常に作ってくれる人がいたから……」
なるほど。これがスーパー紳士Kの泣き所か。まぁ紳士として上流階級を歩み続ける限りは料理のスキルなんてあっても無駄、むしろ無くて当然なんだろう。
「こんなこと相談できるのおまえくらいなんだよ。シュウ、俺どうしたらいいと思う?」
そういうことなら僕に訊いて正解だったな。なぜなら庶民シュウスケの隠れた趣味は料理とお菓子作りなのだから!
「まあケイくん。大船に乗ったつもりで任せなさい。この私が君に最高のレシピを授けてあげようじゃないか」
「ぐ、急に態度がでかくなったな……」
「何か言ったかね?」
「背に腹は代えられないか……。よろしくお願いします、シュウ先生」
「任せたまえ!」
さて、ケイに何を作らせたらニコラは喜ぶかな?
「ニコラは何か食べたいって言ってた?」
「いや、全部任せるってさ。それ聞いて余計にわかんなくなっちゃって」
「わかるよ。『何食べたい?』に対しての『何でもいい』は軽く暴力だよね」
何でもいいはずなのにいざ作ってみれば『もっとさっぱりしたものがよかった』だの、『今こんな気分じゃないんだよね』だの……あの姉貴はいつもネチネチ僕をいじめてたっけ。
「いや、暴力だとは思わないけど……。おまえが真剣に考えてくれてるようでうれしいよ」
「それじゃあ今はニコラの好きな物から考えずに、ケイのポテンシャルを余す事無く発揮できるメニューを考えようか」
無理してカッコ良さげな料理をつくるよりも、簡単でおいしい物を作った方がいいだろう。それに二コラとしても男に自分よりうまい料理を作られたらしゃくだろうし。
「ポテンシャル……なんかすごそうだなそれ!」
「ちなみにケイが今まで1番うまく作れた料理って?」
「うーん……あ、チャーハン作った時はかなりおいしくできたぞ。班員どころか先生も褒めてくれた」
うーん、ありがち。きっと滅多にやらない調理実習で褒められて記憶に強く残ってるんだろうなぁ。
「それっておばちゃんのチャーハンと比べるとどう?」
「あ……」
いくらうまいと言っても所詮は素人の手習い。おばちゃんのチャーハンにかなうはずがない。
「チャーハンはよっぽどのレベルじゃない限りやめておいたほうがいいぜ」
「たしかにおばちゃんのチャーハンと比べたら負けるかもしれないけど……」
お、そこまで自信がある代物なのか?でもチャーハンはやめさせた方がいいな。
「白いご飯はどうやって手に入れるの?」
「そ、それは……おばちゃんの店で購入して……」
「それならチャーハンテイクアウトして『俺が作った』ってやった方が早くない?」
「そんなの気持ちがこもってないだろ!」
世の中の主婦はその気持ちのこもってない行為を堂々とやってたりするんだぜ?
「じゃあご飯を買ってきて、どうやって調理するの?」
「ああ、それはニコラの調理器具を貸してもらうことになってる」
ニコラの調理器具か。たしかあれには……
「あの電気コンロだけどな、サーモスタットっていう機能がついていて、一定温度を超えると自動的に電流が止まるようになってるんだ」
「それがどうしたんだよ?」
電気コンロで電気が止まる。それはコンロの火が消えるのと同義だ。
「火が途中で消えちゃうコンロでまともなチャーハンが作れると思う?」
「……なんてこった」
そういうとケイは肩を落とし、全ての希望を失ったかのように両の掌に自分の顔を埋めた。そんなに落ち込むなよケイ。僕がこれからおまえにぴったりな料理を考えてあげるから。