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月影の牡鹿

 さて、13歳だって事はもうケイが知ってたわけだし、他に話しておくべき事ってあったかな?


「ところで今回のトーフルはどうだったのよ?」


 いくら付き合うことになったと言えど、同じ学校に行けないようじゃこれから先キツいんじゃないか?


「だいぶ手応えはあったぞ。ひょっとしたら合格してるかもな」


 ケイは胸を張って応えるがその自信は一体どこからやってくるのか。合格できなきゃ離ればなれになってしまうと言うのに。付き合いだしたからってちょっと浮かれすぎじゃないかい?


「そういえばニコラには言ってあるの?同じ大学に行く事」

「ああ。告白と同時にな」

「ニコラずいぶんと喜んだんじゃない?」

「それはもう飛び跳ねながら喜んでたよ。その様子がまたかわいくってさ〜」


 はいはいゴチソウサマ。


「あんなにいい子なかなかいないから大切にするんだぞ」

「おまえはニコラの親戚のおじさんか何かかよっ。もちろん大切にするさ。で、シュウはこれからどうすんの?」

「僕?僕は今日真由子さんときっちりけじめを付けるつもりだったんだけど……」

「そんなことするのやめとけば?どうせこれからも同じ学校に通うんだろ」

「ああ、そっか。思いを告げてお互いぎくしゃくするよりも、僕がすっぱり諦めればこのままの関係が続くのか」


 ケイにしてはナイス提案。というかコイツの場合は自分の恋愛以外ならけっこう冷静に分析できるのかもな。


「すっぱり諦められるの?」

「ん?ケイは僕にどうさせたいの?告白させたいの?させたくないの?」

「俺はシュウにとってどうするのが1番いいか考えてるだけだよ」


 あ、この顔は冗談じゃないな。ほんとに僕の事真剣にを考えてくれてる気がする。


「僕にとっての1番か……」


 奨学金ゲットする事?いや、それは生活していくための手段だ。ハリウッドで活躍する……のは目標にするには遠すぎだし……。


「そういえば中院さんとはどうなのよ?」

「は?どうしてここでリア様の名前がでてくるの?」


 ケイの脳みそは今どんな答えを導きだそうとしてるんだ!?


「ほら、そのリア様ってやつ。なにそれ?」

「ああこれね。心の中ではそう呼んでるんだ。リアさんよりも似合ってると思わない?」


 別に僕に奴隷気質があるとかそういうわけではないけど、リア様のお嬢様然とした空気には様付けこそ様になる。


「ふうん、じゃあそのリア様と付き合うって選択肢はないの?」


 はぁっ!?何言ってんのこいつ?真剣に考えてくれてるんじゃなかったのか!?


「別に冗談で言ってないからな」

「じゃあどうしてそんな考えにいたったんだよ?」

「おまえ高岡先輩よりも中院さんと話してる時の方が本音出せてない?」

「よくわかったな。そうなんだよ。なぜかリア様の前では思ってる事ぽろっと言っちゃってさ」


 ホントになんでなんだろう?あ、ひょっとして昔飼ってた犬のロンに似てるからかな。ロンには嬉しかった事も悲しかった事も全部聞いてもらってたっけ。ああ、ロン……今頃あの星空を走り回っているのかなぁ。


「本音で付き合ってるのに好かれてるって、それすごくね?」

「は?好かれてる?どゆこと!?」

「だから、中院さんが、シュウのこと好きだってこと」

「待て待て。それはない」


 まったく、笑わせてくれる。さてはニコラにばかり目がいってて他がお留守だったんだろ?


「え?おまえ今日のデートでプレゼントもらってたじゃん」


 あ、ちゃんと見てやがった。


「あれは僕がニコラのぬいぐるみをうらやましがってたから、ほどこし感覚でくれただけだと思うよ」


 そうだよ。あれはお腹を空かせてステーキを食べたがってる平民に、ブリオシュをめぐむ貴族のような心持ちでやった事だろう。


「ふ〜ん……。そもそも中院さんが今日来てくれたのって、シュウ事が好きだからじゃないの?」


 え、マジで?……そういえば今日デート中に好きな人のこと聞いたとき顔真っ赤にしてたっけ。あれって……え?そういう意味だったの!?僕の勘違いとかでなく?


「まあ俺も適当な事言ってるからあまり本気にするなよ」


 適当なんかい!それは冗談言うのと大差ないぞ!自分が告白成功させたからっていろいろ適当過ぎるだろ……。





「それじゃあそろそろ……」


 僕が部屋に帰ろうとしたら「シッ!」っとケイに言葉を封じられた。一体どうしたんだろうと思ってケイに目をやると、あごをしゃくって向こうを見ろと促してくる。


 向こうと言っても道は無く、そこには森が広がっているだけだ。ひょっとして逢い引き中のカップルでも見つけたのかな?


「ケ……」


 名前を呼ぼうとしたらものすごい形相で睨まれた。おまえは何を見つけたって言うの!?


 ケイの見つめる先に視線を移すと、何か動く物がいる。しかし人間じゃない、四つ足の動物だ!何頭かいるのかよく聞けばさわさわと草木の揺れる音がする。


 もっとよく見ようと僕が一歩踏み出した瞬間、その影が一斉に森の奥へ駆け出した!


「なにやってんだシュウ!」


 そういってケイは謎の影を追いかける。ふたつの目は好奇心で輝いていた。僕もなんとか追いかけたいがサンダル履きなのでスピードが出ない。チクショウ、何が靴のシューだ。


 サンダルが脱げない程度のスピードを追いかけると、20メートルほど先でケイが動きを止めていた。しかし影を見失ったわけではないようで、未だ体中から緊張感がほとばしっている。


 僕はそっとケイの横に並んでケイの見つめる先に目をやって……見つけた!


 それは月影に見事なツノを浮かび上がらせこちらを睨む一頭の牡鹿だった。見事な体つきから察するに群れのボスかもしれない。追いかけてきた人間から仲間を逃がすために一頭だけ残ったのだ!


「おい、ケイ……どうする?」

「動くなよ。あのツノで突かれたらさすがにやばい!」


 僕たちはひたすらじっとしていた。攻撃の意志がない事をなんとかわかってもらうためだ。


 どれだけの時間がたったかわからなくなったころ、ふっと牡鹿の警戒が解かれたのを感じた。その瞬間自分が汗まみれになっている事に気付く。そんな事にも気付けないほど緊張していたのだ。


 ほっとしてケイと互いに顔を見やった瞬間、牡鹿は姿を消してしまった。


「すごかったな……」

「ああ、すごかった」


 お互いそんな言葉しか出てこなかったが、言葉とともに力が抜けていきその場にへたり込んでしまった。




「アメリカ……ハンパないな」


とはケイのセリフ。おいおい日本にだって野生の動物はいるんだぜ?


「そりゃ日本にもいるのは知ってるさ。でも東京にいたらなかなかこんな経験できないぜ?」

「そっか、ケイは都会っ子だもんね」

「なんだよ、そういうシュウはこういう経験した事あるの?」


 まあ、僕もシカは初めてだったんだけどさ。


「タヌキとアライグマとイノシシなら近所で見た事あるよ」

「なんだよそれ……田舎こええ……」

「え?このシカと変わらない貴重な経験だろうが!」

「そうだな。ごめん、あやまるよ」


 あれ?なんかケイが素直だな。自然の浄化力で素直になってる?


「そういえば真由子さんも語学研修生のときここでシカを見た事があるって言ってた気がするな」


 たしか初めて森の小径を一緒に歩いたときに教えてもらったんだ。


「へえ、じゃあやつらは昔からここに住んでるのかもな」

「真由子さん曰く他にもハクトウワシとかいろんな動物がいるそうだよ」


 ああ、ハクトウワシ……なんとかこの目で見てみたいなぁ。チャンスがあればさっきのシカももう1度しっかり見てみたい。


「シュウはこんなときにも真由子さん真由子さんなんだな」

「うるせー!」

「正直なところ、俺がニコラと付き合えたのってシュウのおかげだと思うんだ」


 よせやい。どうしたんだ突然。自然の浄化力にやられすぎたか?


「だからさ、お前が幸せなるためだったら俺はどんなことでも協力してやるよ」

「じゃあさ、もう一回フォアグラ食べに連れてってよ」


 今日のフランス料理はホントにおいしかった。アレを食べれば僕は確実に幸せになれるよ。できれば今度はあまりマナーに縛られたくないけれど。


「ああ、それでおまえが幸せになれるなら喜んでおごるぞ」


 え、本気で言ってるの?もう1回数百ドルおごれって言って即オッケーって……。おちおち冗談も言えやしない。


「でも、お前の幸せはそんな所にはないんじゃないか?」

「僕の幸せ?」

「……研修期間の3ヶ月、長いようでもう半分終わっちまったな。俺らが一緒にいられるのもあと1ヶ月ちょっとだ」

「もうそれだけしかないのか……」

「だからその間にどうすればおまえが本当に幸せになれるかちゃんと考えておけよ!おやすみ!」


 そういうとケイはすたすたと寮の方へ戻っていってしまった。暗くて顔色は見えないが、きっと顔を真っ赤にしている事だろう。なにせ言われるこっちまで恥ずかしいセリフを言い切ったんだから。


「……ケイ!こんな所に僕を置いていくなよ!!」


 ああ、僕の幸せって何なんだろう?僕は残された1ヶ月で何をするべきなんだろう?

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