巨大なペンギンがあらわれた!
「お、シュウ!おまえどこ行ってたんだよ〜」
タイミングを見計らって、僕たちはケイと合流した。
それにしてもケイは超ご機嫌である。こっちはニコラの歳を知って心中穏やかじゃないって言うのに。
「気を利かせて2人っきりにしてくれたんだろ、ありがとな!おかげで……おっと、詳しい話は帰ってからな。レディーたちを待たせるわけにはいかないからね!」
うんそうだね。僕もおまえに話したいことがあったからちょうどいいよ。とりあえず今はこれからの時間を楽しむ事だけに集中しよう。
一通り楽しんで水族館を出ようとしたら、出口のそばにお土産屋があった。ケイとニコラはこちらのことなど気にもとめず、店の奥へと歩をすすめる。2人のあとを楽しそうに追うリア様は、さながら噂好きの有閑マダムだ。
ニコラの年齢を知らなければ僕も生暖かい目でやつらを見守れたんだろうけれど。
リア様はケイがロリコンだったとして忌避感とかないのだろうか。
「不満そうな顔をしてますね」
「ん?そう見える?」
「レディーといっしょにいるのにそんな顔をしてはダメですわ」
「リアさんと一緒にまわるのは楽しいんだけどさ……」
「まあ、ありがとうございます」
なんかペース崩れるなぁ。もういいや。リア様とデートする機会なんてこれから先あるわけないし、今はこの状況を全力で楽しむとしよう。
「ねえ、リアさんは何か買わないの?」
「そうですねぇ……高橋さんたちに何かおそろいのものを買っていこうかしら。そういう加納くんは真由子さんに何か……あっ」
リア様申し訳なさそうな顔をしないでください。こちらが惨めになりますから!
お土産を見ていたら予約時間が迫ってきたのでレストランへと移動する。水族館近くのフレンチレストランを探して予約したんだけど……何ここ?ずいぶん立派なお店だね?
「お、シュウおまえいいレストラン知ってるな」
「ケイの知ってるお店だった?」
「いや。でもインテリアを見れば店のグレードはなんとなくわかるだろ?」
わかるだろ?ってわからねえよ!ひょっとして何となく置いてあるこのツボも、壊したりしたら留学費用が飛んでしまうような代物なんだろうか。思わずゴクリと喉が鳴る。
「フランスのヌーベルキュイジーヌのお店にも素敵なインテリアがございまして……」
「この品はイギリス王室でも使われていて……」
ケイとリア様がわけのわからない次元で喋り始めてしまった。どうやら僕はとんでもない所を予約してしまったらしい。
席に通されメニューを見ると、案の定料理の値段とは思えない金額がずらっと並んでいた。
「これ……800円じゃないんだよね?」
「ああ、800ドルだな。それ頼むの?」
冗談じゃない!1回の食事に8万円ってどうゆう事だよ!?
「ワイン込みのお値段ですから」
ですから?お安いですよとでも続くのだろうか。こいつらの金銭感覚が怖い!!
何を頼むのも恐れ多すぎたので僕はケイと同じものをたのむことにした。それでも数百ドルしてるんだけど。ニコラも僕と同じ思いだったのか、結局皆で同じコースを食べる事になった。
出てきた料理はどれも色鮮やかで美しく、これまで味わった事のないおいしさだった!
「私こんな豪華な食事初めて!ありがとうケイ」
「どういたしまして。君の喜ぶ顔が見れたから僕もうれしいよ」
ケイが女慣れしたイケメンのようなセリフを吐いてるだと!?たしかにいつもあんな感じだけど、ニコラにだけは違ったはずだ。告白の成功がケイの自信につながったのかな?
ケイとニコラの楽しそうな声をBGMにステーキを食べ終える。皿の上に適当にフォークとナイフを置いたらリア様からお叱りの言葉が飛んできた。
「加納くん、食べ終わったならフォークとナイフはこのように縦に置くんですよ」
なるほど、それが正しいテーブルマナーか。勉強になるなぁ。
僕は皿の上のフォークとナイフを綺麗に縦に置く。
「中院さん、それはイギリス式だよね。フランス料理のお店ではこうやって斜めに置くのが正しいんだよ」
え?そうなの?さすがケイは物知りだなぁ。
僕はケイの真似をして縦に並んでいたものを斜めに置き直す。
「あら。この辺りはニューイングランドと言うくらいですから英国の影響が色濃いんじゃなくて?ですから英国式がよろしいと思いますけど」
そう言い放ちリア様は僕にもとに戻すよう目で訴える。かと思えば元に戻そうとする僕の手をケイが無表情で見つめてくるので動くことができない!僕はいったいどうすればいいんだよ!!
そこへニコラの子供らしい明るい声がパッと広がる。
「ねえケイ、この料理おいしかったけどなんていうもの?」
「ああ、これは牛フィレ肉のステーキ・フォアグラのせだよ」
ニコラ、ファインプレイ!怖かったケイの顔が一気に蕩けた。
「え?今のがフォアグラだったの!?何かのレバーかと思ったよ……」
「あら、何も間違っていませんよ。フォアグラはガチョウのレバーですから」
「そうなの?そう思うとだいぶ身近な食材に感じるね」
結局マナーに関してリア様は英国式で、ケイはフランス式で通していた。僕は最後まで2人の顔色をうかがってどっち付かずな置き方をしてたけど。
2人からすると僕のマナーは相当に悪かったらしく、食事中にいろいろ直されてしまった。食べ終わってひざの上に手を置いてたらそれだけで怒られちゃう始末。手は基本的にテーブルの上に出しておかないといけないなんて、おまえら暗殺でも警戒してるんですか?
とってもおいしい料理だったけど、とっても厳しいディナーだった。
レストランを出ると「港の夜景を見よう」とケイが先導して歩き出した。言われなくてもその予定だってば。僕のデートプランに抜かりはない!
歩いて水族館の前まで戻ると
「あ、そういえば水族館に忘れ物したからちょっととってくる!」
といってケイが走っていってしまった。いったい何を忘れたと言うんだ?おっちょこちょいめ。彼女ができたからって浮かれてるんじゃないぞ!
1、2分待っていたら「おまたせ〜」という声とともに巨大なペンギンがあらわれた!
「ケイ……何そのぬいぐるみ?」
「ニコラ、君へのプレゼントだよ!」
え!?急にそんなプレゼントされても困るだけじゃ……
「お〜ケイ!なんてことなの!」
ほらみろ〜
「こんなに素敵なプレゼントってないわ!ありがとう!」
えええ?どうして2人はペンギンをはさんで抱き合ってんの!?
「ちくしょういいなぁ……」
「あら、うらやましいんですか?でしたら今日の記念にこちらをどうぞ」
え?リア様から僕に!?
「ペンギンのフォトフレームです。よろしければ使ってください」
リア様がカバンからかわいい包みを取り出した。
「まさかもらえると思ってなかったからすごくうれしいよ、ありがとう」
「こちらこそ。突然参加した私に1日付き合ってくださりありがとうございました」
リア様こんなにいい子だったのか……。あ、ひょっとしてこれって
「これ友達へのプレゼントじゃないの?」
「よく考えたら1個余分に買っていたのでどうぞもらってください」
そんなわけないでしょう。いくらお金持ちでもそんな間違いはしないって。もしかしたらこれリア様の分だったんじゃないかなぁ……。よし、この恩は卒業までに絶対返してみせますよ!
「へぇ、フォトフレームか。だったら記念写真も撮っておかないとな!」
ケイが率先して港をバックに写真を撮ることになった。4人で撮ったり、相手を交換しながらペアで撮ったり。よりによって一番写真写りがよかったのがケイと一緒に撮ったやつだった。うーん、もったいないけど、これをフォトフレームに入れるのはあらぬ誤解を生みそうだから封印、っと。
タクシー(おごり)で寮まで帰るとケイはニコラを、僕はリア様を部屋まで送り届けた。リア様の部屋では高橋さんが僕の見た事ない笑顔で彼女を出迎えていたけど、僕の存在に気付いた瞬間とても微妙な顔になったのを僕は見逃さなかった。リア様は彼女が僕にお礼をしたがってると言っていたけど、ちょっと信じられない。
自室に帰って荷物を置き、そのままの格好で僕は地下の談話室に向かう。
ケイののろけ話を聴く事になっているけど、そのまえにケイにニコラの年齢を伝えなくちゃいけない。
……しかしよく考えるとケイはかつてニコラの事で廃人一歩手前までいった男だからなぁ。ホントにこの事実を伝えていいものかどうか迷う。いっそのこと8月のトーフルまでだまっておいたほうがいいのだろうか。
神様、僕はどうすればいいのでしょう。