ニコラの秘密
ケイたちとはぐれた僕とリア様は、地下へと降りてケイたちとは違うコースを回ることにした。
「世界のジェリーフィッシュ展……クラゲの展示ですか。行ってみましょう!」
リア様は僕がどうしたいかはおかまいなしに、ずずいと前を歩いていく。ひょっとしてボストンを観光するときもこうやって友達をぐいぐい引っ張ってるんだろうか。だとしたらやつらも大変だな。
失礼なことを考えていたのがバレたのか、足を止めたリア様がその場で華麗に振り返る。反射的にファイティングポーズをとりかけた僕をおかしなものでも見るような目でリア様が問いかける。
「ところで『みんなから嫌われてる』ってどういうことです?」
「ん?何の話?」
「『失恋した上、みんなから嫌われてるのに』ってさっき自分で言ってたじゃないですか」
「あぁ……。だって高橋さんとか……いつも僕の事睨んでるよね?」
洗濯の一件以来、とにかく高橋さんの僕を睨む目が怖くて仕方ない。きっと自分の仕事を奪った僕を目の敵にしているんだろう。さわらぬ神に祟りはないって言うから、できるだけかち合わないように努力してるけど、気付けば後ろからじーっと睨んでいるのだ。
「あれ?高橋さんからお話ありませんでした?」
「お話?」
「ええ。加納くんに仲直りの仲介をしてもらったことをあの子に話したら、お礼が言いたいからとすぐに飛び出していきましたのに」
ん?それはいつのことだろう?高橋さんからお礼を言われた覚えなんて全く無いんですけど。
「いつって、私と高橋さんが仲直りをしてすぐの事ですよ」
……ああっ!ひょっとして高橋さんが洗濯ものを取りにランドリーにおりてきた時か?たしか僕はあのとき映画の真似をしてて……なんだか気まずくなって、高橋さんが洗濯物を取り込んでる間に部屋に逃げ帰ったんだった!
「あの時も睨むばかりで何も言わなかったじゃん……」
「どうやらお2人は1度しっかり話し合った方が良さそうですわね」
はぁ。日本人同士でさえこんなにコミュニケーションをとるのが難しいのに、アメリカで大学生活だなんて僕に送ることができるだろうか?現地の恋人を作ればあっというまに意思疎通できるようになるなんてよく聞くけど、その恋人を作るまでのコミュニケーション能力はどうやって獲得すればよいのやら。
「あ、そういえばリアさんはどうなの?」
「どう、とは?」
「好きな人できた?」
「はっ!?」
「リアさんは自立して好きな人と結婚するためにアメリカ来てるんだよね?なのに好きな人がいないんじゃ、目標が定まらないんじゃない?」
なんてね。ホントは僕の好きな人がバレてるから、こっちもリア様の弱み……じゃなくて、好きな人を知っておこうと思ったんだけど……
「私にはまだそういう人はいません!」
「ほんとに〜?そういえば以前ぺっくんが猛烈なアピールしてたけどあれはどうなったの?」
「特に何もありませんよ。なぜかあの日から妙に怯えられてしまって……。それにあの方は私が好きなのではなくて、日本人のガールフレンドが欲しいだけのようでしたし」
おお、そのとおり。よく見てるじゃん。リア様案外男を見る目はあるのかな。この手のお嬢様は学校の問題児とかに惹かれそうなイメージだけど、案外しっかりしてるのかもしれない。
「早く好きな人ができるといいね」
「はあ、クラゲはお気楽そうでうらやましい」
クラゲって水槽のクラゲの事だよね?僕の事を暗喩してるわけじゃないよね……?
そう問おうとしてリア様の顔を覗いたら、彼女の視線はクラゲを透かしてどこか遠くを見ているようだった。青い光に照らされる彼女の顔は深い哀しみをたたえているようにも見える。
「リアさん大丈夫?」
思わずそんな言葉が口をついて出ていた。だってそのまま放っておいたら今にも泣き出しそうだったから……
「どうしたんです突然?」
そう言って振り向いたリア様は、いつも通りのの自信溢れる笑顔を浮かべていた。
「さあ、他のコーナーへ行きましょう!この水族館にウミガメはいないかしら?私大好きなんですよ、ウミガメ!」
リア様と一通りまわってペンギンのコーナーに戻ってくるとケイとニコラが仲良く手をつないでいた。どうやら落ち着くべき所に落ち着いたらしい。よかったな2人とも。僕の分まで幸せになってくれよ(血涙)
「いい雰囲気ですわねぇ」
「そうだねぇ」
それにしても、まさかリア様がこんな形で2人の恋を応援してくれるとは夢にも思わなかった。
「あ、そう言えばさっき『障害を乗り越える恋』がどうのって言ってたけど、あれどういう意味?ニコラにライバルが大勢いるって意味ではないんだよね?」
「まあ、これくらいの歳の差カップルなら、障害は言いすぎでしょうか」
歳の差カップル?そういえばニコラって何歳だっけ?
「たかだか5歳の差なんて、2人に愛さえあれば問題ありませんよね」
ん?いやいやいや、問題ありまくりでしょ!?5歳差!?ケイが僕と同じ18歳だから……18−5で13歳!?
「ニコラって中学生だったの!?」
「先生方の話では飛び級でアメリカの大学にやってきたそうですよ」
オウまじかよ……。これ僕だけが知らなかったのかな?ケイも知らないと思うんだけど。それとも情報通のケイのことだからとっくに知っていたのかな。え?するとケイは真性のロリコン?いやいやいや!
「……リアさん、このことケイには僕から話すから、ニコラの歳の事ケイには秘密だよ」
「どうしてですか?」
「もしかしたらケイはニコラの歳を知らないかもしれないんだ」
「そんなまさか、フフフ」
リア様笑ってるけど、ケイが知ってても知らなくても笑い事で終わらないからね。知ってて付き合うならロリコンだし、知らずに付き合うなら……ケイが真相を知った時のことが心配だ。
僕が真剣に悩んでるのを察してくれたのか、リア様はケイに黙っていてくれると約束してくれた。この事は男同士、ケイと2人きりになったら話すことにする。ケイがショックを受けて豪華ディナーを食べる前に話が立ち消えちゃったりしたらもったいないからね。
それにしても子供っぽい大学生だと思っていたが、まさか大学生でその上子供だったとは……。