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演技と英会話

 7月からの新しい選択授業に、歌、ダンス、演劇の3つがある。僕たちはこの中からひとつを選択し、卒業発表として全生徒や教師の前で披露しなければならないらしい。


 ケイは勉強に集中したいからと、すでに習得済みのダンスの授業を受ける事にしていた。その情報が女子集団に流れたのか、リア様をのぞく日本人女子は全員ダンスの授業を選択していた。僕にはダンスの素養がないので、歌か演劇かということになる。


 どちらを取ろうか悩む僕にケイが茶々を入れる。


「シュウは合唱団にいたんだろ?あれだけのスキヤキソングが歌えるなら歌のクラス取っておけよ」

「あれ?ケイは僕の大学での専攻知らないっけ?」

「ん?そういえばおまえのだけは知らないわ。何にするの?」

「シアター専攻メジャーだよ」

「シアター?……演劇か!」


 よっぽど驚いたのかケイが目を丸くしている。今日の授業は終わったとはいえまだ女子もいるんだからあまりイメージを崩すような顔は見せない方がいいんじゃないの?


「それにしても意外だな。おまえが演劇やりにアメリカ来てたなんて」

「もともとは映画を作る事に憧れてたんだけど、高校で演劇部に入って人前で演じたり舞台監督をしたりするうちに、どんどんのめり込んじゃってさ」

「ん?だったら日本でも別に良かったんじゃないの?劇団とかいろいろあるだろうに」


 まあそのとおりなんだけど。アメリカに来た理由を言ったらケイは笑うかな。


「……聞いても笑わない?」

「は、何を?」

「笑わないならアメリカに来た理由話してもいいよ」

「はいはい、笑わないからさっさと言えよ」

「実は僕……ハリウッドに憧れてるんだ」


 ああ、言ってしまった。まだ家族以外誰にも言った事が無かったのに。恥ずかしくてまともにケイの顔が見られない。


「へ〜ハリウッドか、かっこいいじゃん。見直したよ」

「え、ホントに?」


 こんな夢のまた夢のような話をしたら笑われる物だと思ってた。実際姉ちゃんにはものすごく笑われたうえボロクソに言われたし。っていうか見直したってどういうことだ?


「正直、俺はシュウのこと夢も無いのにアメリカに来て、生き急いでるんだと思ってた」

「生き急いでる?」

「だって、こう言っちゃ悪いけど、おまえの生活水準ならさ、普通に日本で大学行くじゃん?それをわざわざアメリカに来て苦労しようってんだから、生き急いでるなーって」


 ああ、金持ち連中にはそんな風に見えていたのか。貧乏人がいきがってんじゃねえよ、と。そりゃあリア様の取り巻き連中も変な目で僕を見るわけだ。


「そうか、そんな夢があったのか。かっこいいな、おまえ」

「な、なんだよ急に。恥ずかしいだろ」


 こんなにかっこいいやつにかっこいいだなんて言われると背中がかゆくなる。ひょっとして僕、アメリカ来て知らないうちに男が上がったのかな?

 ケイの言葉にニヨニヨしていたら、逆にケイは漬物石でつぶされるように机にひたいを突っ伏した。


「俺なんて夢を追いかけてきたのに、それすら捨ててるんだもん。カッコわるいよな」


 あ……そう言えばそうだった。でも——


「け、ケイは愛のために生きるんだろ?十分かっこいいよ!」

「そう思うか?」

「今のケイってようは好きな子追いかけて東大いくようなもんだろ?めっちゃドラマチックじゃん」

「そんな考え方もできるのか……。ありがとな、シュウ」


 そうか、ケイはケイなりに自分の生き方を見つめていたんだな。

 ひょっとしたら高橋さんたちにも追っている夢があるのかな?それがわかればもう少しお互い歩み寄れるかもしれないのに。




 初めての演劇の授業はなかなか面白い物だった。


 教えてくれるのは語学研修所の所長でもあるパメラで、彼女は昔小さな劇場で女優をやっていたとのこと。少しも面影が無いのはなぜでしょう?


「これから言ってく感情を声に出しながらその場で演じてみなさい!こんなふうに! ハッピー!」


 するとパメラは小さな子供が好きな人からお菓子をもらったかのように喜びだした。元女優は肩書きだけではないようだ。


「さあ、あなたたちもやるのよ!ハッピー!……アングリー!……ハングリー!」


 ふっ、こんなのは演劇部でもやってたことだ。僕は羞恥心をかなぐり捨て、舞台の上で全身を使って空腹感を表現した。


「おお!みんな、シュウの演技を見て!もう1ヶ月もなにも口にしてないかのようね、すばらしい!」


 こういうのは下手に恥ずかしがった方が恥ずかしい結果になる。だからリア様、そんなかわいらしく「お腹が減りましたわ」なんてやってても誰にも伝わりませんよ。


 授業が終わるとリア様の方から僕に話しかけてきた。他に日本人がいないから気安く話しかけられるのだろう。


「どうしましょう。私この授業でやっていく自信がなくなりました」

「ハハハ、初めは誰だってあんな感じだよ」

「あなたは違うじゃないですか!」

「そりゃあ僕は演劇の大会で主演男優賞までとった男だからね。これくらいは余裕かな」


 あくまで地区の小さな大会だけどそれは内緒。


「恥ずかしがってたら何もできないよ。もっとリアさん自身をを表に出さなきゃ」

「はぁ、なんだかそれって英語と似てますね。英語の授業も恥ずかしがってるとすぐに置いていかれてしまいます」


 そのとき僕の頭の中の歯車が噛み合った!


「それだ!」

「どうしたんですか急に!?」


 演劇で恥ずかしがってたら何もできないように、英語も恥ずかしがってたら上達しない。じゃあ英語を喋る事を勉強ととらえず、舞台のセリフだと思えば……。


「ありがとうリアさん!おかげで壁を突破できるかも!」

「話は見えませんが、おめでとうございます。……?」


 ああ、早く実践してみたい!僕はこれからアメリカという舞台の上で『英語がペラペラの留学生シュウ』を演じるんだ!

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