超絶紳士あらわる!
幸いリア様と僕は濡れるのを免れたが、他の子たちはそうもいかなかった。全員髪までずぶぬれである。
「これは風邪引かないうちに帰ったほうがよさそうだね」
「でも、せっかく高岡先輩が計画してくださったのに……」
「……いいのよリアさん。その気持ちだけでうれしいわ」
あ、今リアさんて名前で呼んだ!真由子さんにもリア様のよさが少しは伝わったのかもしれない。
「でも……あ、そうですわ!皆様少しお待ちになって。加納くん、携帯を貸していただけます?」
僕が携帯を貸すとリア様は1枚の名刺を取り出し電話をかけ出した。
「パーシュホテルですか?中院雅哉につないでいただけるかしら?娘からだと……ええ、お願いします」
電話が終わって10分後、ホテルのバスが僕たちを迎えにやって来た!
「申し訳ありません中院様。道が混んでいておくれてしまいました」
「さあ、皆さんお乗りください。暖かいお風呂とご飯を用意させました!」
おおお!これぞ本物のお金持ち!やる事のスケールが違うね!
僕たちがバスで移動したのはごくごく短い距離だった。これだけのためにバスをよこすなんてすごいなぁ、なんて思ってるのはひょっとして僕だけ?こんなにすごいのに誰もバスの感想をもらさない。
ホテルの見事さに息をのんでるのも僕だけだし、おまえらにとってはこれが日常ってことなんですか!?
そんな事を考えていたら、僕と同じように豪華なホテルに呆然としている人発見!真由子さんがこちらの視線に気付いて『どうなってるんだろうね』と目で語る。
お互いに苦笑いを交わしていると、ダンディーな日本人のおじさまが現れた。
「娘の級友に挨拶をしたい所だが、まずはシャワーと着替えだな」
すると男子全員があっという間にジムにあるシャワー室へと連行された。一人ずつバスローブを渡されるが僕は濡れていないので丁重にお断りする。
シャワーを浴び少し大きめのバスローブを来た男どもは、少し興奮した様子で鏡の前でかっこよく映る角度を探し出した。ひょっとして、君たちでもバスローブを着るのは初めてなのかな?庶民はちょっと安心したよ。
たとえ着るのがバスローブでもケイは着こなしの調整に余念が無い。ワックスが無いので髪は手櫛で後ろに流し、ネックレスをつけたりはずしたりしている。
身支度が終わった僕たちは、やたらと豪華な装飾の部屋に案内された。
「私の部屋だ。好きな所にかけてくれたまえ」
たまえと言われても、気後れして僕にはとても座れそうにない。しかしみんなはバスローブ姿で優雅にソファーに身を沈めて行く。紳士だなぁ。特にケイは一番様になっている。僕にはとてもそんな態度は取れそうにないので、シンプルな椅子に浅く腰掛けるだけに留めておくことにした。
「お嬢様方はもう少し時間を要するようだから、紳士諸君に先に挨拶をしておこう。私は中院雅哉。リアの父親だ。娘が世話になっているね」
そう言って僕たちの顔をさっと見つめるリアパパ。あ、あの目はリア様が僕たちを品評する時の目つきにそっくりだ。さすが親子。
品評が終わるとリアパパはケイの隣りに腰掛けた。
「ひょっとして君は桜井グループの?」
「桜井慶です。お初にお目にかかります、中院会長」
うへえ、これが金持ち同士の挨拶か。なんだか息がつまりそうだ。どうか僕までまわってきませんように!
「会長はよしてくれ。もっとフランクにいこうじゃないか」
「しかしなんとお呼びすればいいか……」
僕は『リアパパ』なんていいんじゃないかと思うが、超絶紳士のあまりの気安さにスーパー紳士Kが戸惑っている。
「おじさんで結構だよ。なんならお兄さんでもかまわないがね、ハハハ」
おお、けっこう茶目っ気のある人だな。一気に高感度アップだよ。うちの親父じゃこうはいかないだろうな。
「それではこちらが気後れしてしまいます。中院さんとお呼びしても?」
「結構だ。好きに呼んでくれたまえ」
あ〜、リアパパって呼んでみたい。
リアパパは男子一人一人に挨拶をしていく。あれ?この順番だとひょっとして僕は最後かな。
「そしてこちらが娘を雨から守ってくれたジェントルマンだね?」
「……」
「(シュウ、おまえの事だよ!)」
「え?あ、はい!」
ジェントルマンだなんて言うから誰の事かと思ってしまった。ここに来てケイから盗んできた紳士の技がやっと開花したのかもしれない。ザコ紳士くらいにはなれたかな。
「加納秀介です。よろしくお願いします」
「ああ、君が加納くんか。娘から話は聞いてるよ。日本人留学生の中で一番頭がいいんだってね」
え、僕ってそういうカテゴリーなの?改めて言われるとなんか照れるなぁ。
「む、娘さんもとても勉強熱心ですよね。トーフルにも合格してましたし」
「……そうだね。きっと君たちと切磋琢磨したからこそだろう」
あれ?なんかあまりうれしそうじゃない。一応リア様を褒めたつもりなんですが……。この程度のよいしょは普段から聞き慣れているのかもしれないな。
「君はずいぶん姿勢がいいね。スーツのシルエットがキレイに出てるよ」
お褒めに預かり恐縮です。ですがこれは姿勢がいいのではなく、緊張してリラックスできないだけなのであります!
「今日はディナーを用意させたから、遠慮せずに食べていってくれたまえ。ここのシェフの腕前はボストン1だよ」
女性陣を待つしばしの間、僕たちはリアパパとたわいもない会話をした。もっと聞いていたくなるような渋い声や、先を知りたくなる話の持っていき方はさすが会社のトップ。いつのまにかこの人の元で働けたらなと思っている自分がいた。
しかしそんなリアパパも、娘の成績に話がおよびそうになると、うまくかわしてすぐに別の話を振ってくる。
ひょっとして、この人はリア様に大学に合格して欲しくなかったのかな。そもそもリア様はこの人が勧めるであろう縁談を断るため、アメリカにまで来て自立しようとしてるわけだし。
それをここまで追ってきたって事は……どういうことなんだろう?リア様ちゃんと大学に行けるよね?