メンターの真由子さん
真由子さんに連れられて、僕たちはカフェテリアへと森の小径を進む。木々の間からこぼれ落ちる初夏の光と、湿り気を帯びた風が心地いい。土の香りがする森の空気を満喫してると、にわかに女性陣が色めき立った。彼女たちの視線を追うと、木の上でまるまる太ったリスが木の実をかじっているのが見える。
「へぇ、リスなんて珍しいですね」
「そう?この森にはいろんな種類の動物がいるわよ。リスにキツネにシカ、それとハクトウワシ……」
「ハクトウワシ!?アメリカの国鳥ですよね。すごいなぁ、ぜひ見てみたいなぁ」
「あとはス……とか」
「え、なんですか?」
「ううん、なんでもないよ。シュウスケも珍しい動物が見れるといいね」
ドキッ。不意に呼び捨てにされて体が一瞬固まってしまった。僕たちの仲って呼び捨てにするほど縮まってましたっけ?
「あ、ごめんね。呼び捨て嫌だった?」
「全然嫌じゃないです。むしろ歓迎です」
「よかったー。ほら、アメリカでは基本名前呼びだからさ、私の感覚少しおかしくなってるかも」
なんだ、僕だけ特別というわけじゃないのか。それにしても異性に名前を呼び捨てにされるのってなんかいいな。小中高ずっと『加納くん』と呼ばれてきた僕には少し刺激が強いけど。
女の子は男に呼び捨てにされるとどう思うんだろう。「真由子」って呼び捨てにしてみたらどうなるかな。いいよね、アメリカでは名前呼びが普通って言ってたし。
「真……先輩は周りからなんて呼ばれてるんですか?」
ここでひよってどうする僕!こんなんだから生まれてこのかた彼女ができないんだよ!
「先輩?あ、私?私はマユとか、マユマユとか……」
「マユマユ!?」
「親しい人だけだからね!……それにしても先輩なんて呼ばれたの久しぶり。高校以来かな。なんかちょっとうれしいかも」
あれ、思いがけない好評価。ひょうたんから駒が出たな。
「ねえ、シュウスケは大学どこ狙ってるの?」
「僕はアーグルトンです」
「うそ!?私アーグルトン生だよ、おそろいだね!」
ぐはっ。何このカワイイ生物。リスとか比べ物にならないんですけど!あー、こんなことで恋に落ちそうになってる僕って、なんてチョロいんだ。
「早くトーフル合格して本当の後輩になってね」
この瞬間から僕の英語漬けの毎日が始まる。
森を10分ほど歩くと開けたスペースがあり、そこにカフェテリアはあった。寮から出ているシャトルバスに乗ればあっという間にここまで来れるそうだが、真由子さんは森の小径を歩くのが好きらしい。
「私がここに通ってたころは毎日あの森を通っていろんな動物の写真を撮ってたんだよ」
「先輩は動物が好きなんですね」
「それもあるけど、私アートメジャーだから」
アートメジャー。日本語で言うと芸術専攻。写真やデザイン、油絵など、様々なことが学べるらしい。うん、先輩によく似合ってるなー。そんなことを考えていたら突如としていかつい女性の声が僕の思索を打ち切った。
「ハロー、ボーイズ&ガールズ!ようこそアメリカへ」
そこにいたのはギョロ目で鷲鼻のおばさんだった。縮れた髪の毛がアフロのように盛り上がっている。恰幅の良いその人の第一印象を何かに例えるなら、デスティニー映画に出てくる『海の魔女』であろうか。
「みんな、こちらはこの語学研修所の所長のパメラよ。わからないことがあったらなんでも訊いてね。見た目と違ってとっても優しい人だから」
「ヘーイ、マユ。今なんて言ったんだい?」
「あなたがとてもいい人だってみんなに教えてあげたのよ」
「ハハ、違いない!何でも私に訊いておくれよ!」
そう言うとパメラは皆に一枚ずつカードを配りだした。どうやら僕たちのこの学校でのIDカードらしい。要は学生証だ。
「この学生証には前もって登録してもらったキャッシュが入ってる!写真付きだから悪用されることはまず無いだろうけど、アジア人の顔の見分けがつかないやつもいるからね!無くさないように注意するんだよ!」
このカードのおかげで学内では基本的に現金を持ち歩かずにすむそうだ。さらには寮に入る際のカードキーにもなっていて、無くしたらこの大学では生きていけなくなるらしい。気をつけよっと。
「さあ、これがあんたのIDだよ。えーっと、シュスキー?」
「シュウスケ・カノウです」
「オウ、シュウスキーだね、おぼえたよ!」
どうもアメリカ人は日本人の「○○スケ」と言う名前を「○○スキー」と呼ぶ癖があるらしい。現に一緒に来ている留学生の康祐くんも「コウスキー」になってしまっていた。スワロフスキーみたいなものだろうか?
なんとかして正しく呼んでもらいたいけど、呼びづらいならいっそのことあだ名でも作ってみるか?アメリカ人が呼びやすいあだ名……どんなのがいいだろう?
「シュウスケ、IDを受け取ったらカフェテリアに入ってね」
あ、真由子さんにならシュウスキーって呼ばれるのも有りだな。シュウ好きー!なんつってね。ぐへへ。
あ、シュウってあだ名いいかもしれないな。
カフェテリアの中にはそれぞれの志望大学からメンターが来ていた。真由子さんはその中で唯一の女性である。そして歓迎会のテーブルは志望大学ごとにわけられることになった。やったね!
ん?それにしてもこのカフェテリア……
「このカフェテリア、外国人は女性ばかりですね?」
「あれ、知らなかった?この学校は女子大よ」
なんですと!?女子大!?ってことは女の子ばっかり!?ひゃっほう!
「え、女子大って聞いて興奮してる……?」
「してないです。ただ驚いただけで」
「そう?女子大といっても今日が終業式だから、あの子たちはみんな家に帰っちゃうけどね」
うーん、ちょっと残念。でも僕にはあなたがいれば……あ、そうだ。
「先輩はどこに住んでるんですか?」
「私?私もシュウスケと同じ寮だよ」
なんですと!?ということは、ということはですよ。一つ屋根の下ってことなんですね!?
「一つ屋根の下ってことなんですね?」
何を口走ってんの僕ぅぅうううう!?
「ふふ、そうね。でも男女のエリアは鍵つきのドアでしっかり区切られてるから間違いは起きないよ」
間違いって何ですか真由子さん!?