バドミントン対決!
おばちゃんの店に行った翌朝、起きると同時に自分が絶好調であることを感じ取った。肌ツヤにしてもやる気にしても素晴らしい。前回といい、これはもうおばちゃんのチャーハンのおかげに違いない!これからは大事な日の前は絶対におばちゃんの店に行こう。
カレンダーを見ると7月1日の日曜日となっている。アメリカに来てもうひと月になるのか。僕はこの1ヶ月でどれだけ成長できただろう。
英語はわからないとストレスだけど、初めと比べればだいぶ話せるようになってきた。一部の人たちからは無視されるけど友達もできたし、日常生活も、まあ……なんとかおくれている。
問題があるとすればこのところの運動不足だろう。少し勉強に集中すると肩や背中がボキボキ鳴るようになってしまった。
せっかくやる気に満ちあふれてるんだ。今日はこれまでに行ったことない学内のジムに行ってみよう!
「あら加納君、おはようございます」
ジムへ行ったらリア様がランニングマシーンで走っていた。今日は取り巻きを誰も連れていない。ほっ。
「おはよう中院さん」
「あれ?もうリアって呼ばないんですか?」
「へ?」
「この前はリアさんって呼んでくれたじゃないですか」
そうだっけ?全く覚えがない。心の中ではいつもリア様呼びなんだけどね。
「それじゃあ、リアさん。こんなところで合うなんて珍しいね。ダイエット?」
「加納くん……あなたはもう少しデリカシーを持った方がいいんじゃありません?」
「そうしなきゃと思うんだけどねぇ。なぜかリアさんの前では本音がぽろっと漏れちゃうんだよ」
だから今まで必要以上に怒らせちゃったんだよな。反省しないと。
「直した方がいいですよ、そういう所。じゃないと相手を不快にさせてしまいますから」
「う、ごめん」
「さあ、あなたも体を動かしに来たのでしょう?よかったらバドミントンでもいかがですか?」
今バドミントンって言った?この僕に?バドミントン県大会ベスト4の姉ちゃんに鍛えられた技をとくと見せてあげようじゃないか!
自信満々で女の子に勝負を挑んだ結果——
「まさか……僕が負けるなんて」
圧倒的敗北……!決まったのはフェイントが数本だけ。基本スペックが違いすぎる。はっ!ひょっとしてこいつは……
「私こうみえて高校時代はバドミントン部に入ってたんです」
「卑怯だ!」
リア様はどう見てもテニス部って見た目でしょうが!すっかり騙されたよ!
「でも加納君もいいものもってますよ。すぐに私にも勝てるようになります。」
「ホント!?」
「残りの2ヶ月、毎日5時間欠かさず練習すればの話ですがね」
それって僕では絶対勝てないって言ってません?
あ、そういえば
「リアさん、合格おめでとう」
「なんですか突然?」
「昨日は人に囲まれてて言えなかったから」
「たしかに昨日のパーティーはなんだか慌ただしかったですね」
とくにリア様の周りがね。
「そういう加納くんも合格したんですよね。おめでとうございます」
「ありがとう。リアさんが勉強頑張ってたのって、独り立ちの一環?」
「それもあります。でも一番は周りの期待、ですかね」
どういうこと?って表情がそのまま顔に出ていたらしい。
「私の友人はみんな、私が1番にトーフルを合格するに違いないと信じてたんです。皆さんが信じてくれた分、その期待に答えたいと思うのが人というものではありません?」
あ、わかる!僕に期待してくれてるのはバアチャンをはじめとする家族だけだったけど、ここに来て真由子さんが応援してくれるようになって、その期待に応えたいとずっと頑張ってきた。
「たしかにそうだね。僕も信じてくれる人のおかげで今回合格できたようなものだし」
「誰の事考えてるかすぐにわかりますね」
え?ほんとに?
「高岡先輩とはもう付き合ってらっしゃるんですか?」
うわー。僕の好きな人しっかりばれてるし!
「まさか、そんなわけないじゃん!」
「あら、そうなんですか?あんなに仲がよろしいのに」
え?そう見える?まいったなー、ぐふふ。
「そうだ!この前のお礼もかねて、私が加納くんと高岡先輩の恋のキューピッドになって差し上げましょう」
「え!?いや、僕は、そんなだいそれたこと考えてないよ。い、今はトーフルの成績を上げる事が最優先で……」
「私は高岡先輩の方にも少なからず好意があると考えてますのよ」
「ほんとに!?」
「……だいそれた事は考えてなかったのでは?」
「嘘つきました!すいません。でも具体的にはどうするの?そもそもリアさんと先輩に接点が無いじゃん」
「そうですねぇ……。そういえば加納くんは次の懇親会の予定など聞いてます?」
「懇親会?」
「ほら、前回私たち運動ができる服装じゃありませんでしたから、懇親会を途中で抜けましたでしょ?」
「ああ、あったねそんなこと」
「そのとき高岡先輩にジムでのお手合わせをお願いしたんですが、未だに返事が無くて……」
あれ?そんなこと言ってたっけ?あの時の事は全部バドミントンのシャトルに乗せて遠くにぶっ放しちゃったのでよくおぼえていない。
「私が懇親会をしたがってると高岡先輩にお伝えください。そこであなたと先輩がペアを組めるように動いて差し上げます」
「すごい……完璧な計画だね!」
「私にかかれば朝飯前です」
そうか、リア様はきっとこれまでに様々な恋愛を経験してきたんだろうな。これは頼れる女友達ができたかもしれない!
結局お昼まで粘ってもバドミントンでリア様に勝つことはできなかった。
「やりますわね。でも今日はここまでにしましょう。今日は午後から約束がありますので」
「約束?高橋さんたち?」
「いえ。実は今お父様がボストンに滞在してるんです」
「リアさんのお父さん!?」
「はい。心配性な父で『1ヶ月も会ってないんだから顔を見せろ』と言うんです」
「なるほど!だからダイエットしてたんだね」
「デリカシー!」
……すいませんリア様。
人に見られないようにリア様とジムで別れた僕は、とりあえず部屋に戻る事にした。ケイがどこにも出かけていなければカフェテリアでいっしょにランチにしよう。
「ただいまー!」
ドアを開けると、そこにケイの姿はなかった。
それどころかスーツ、教科書、ベッドのシーツにいたるまで、ケイのいた痕跡がどこにもなくなっていた——。