アイラブユーってどう言うの?
ニコラの志望する大学はかなりのトーフルスコアを要する所だった。いわゆる難関大学である。ニコラはあと一歩の所で受からずにいるが、ケイの現在のスコアじゃとても合格は望めそうもない。
「ケイ、いくら何でもニコラと同じ大学に行くのは無理があるよ」
「無理なもんか。実際前よりトーフルスコアは伸びてるだろ?」
伸びてると言っても微々たる物だ!合格点まで100段ある階段の1段目にいたのがやっと2段めにあがれたと言えばわかりやすいだろうか。
「だとしてもお前の夢はどうなる?ジェット機を操縦できるようになりたいんだろ?ニコラの志望する大学に航空科はないぜ?」
「たしかにそれも考えたけど、どうせ学生をやってる間の道楽だったんだ。夢と愛を選べって言うなら俺は愛に生きるよ!」
うおぉ、こいつこんなに熱い男だったっけ?激しいフラメンコのリズムでも聴こえてきそうだ。
「それにジェット機を操縦するのは難しいかもしれないけど、セスナくらいなら長期休暇中に免許が取れるんだよ。だから俺はいずれニコラを乗せて空を飛んでみせるさ」
わかったよ。お、おまえ自身で決めたんだから、最後までその生き方を貫き通せよな……。
バーベキューパーティーが始まるとケイはさっそくホワイト教授と何やら話しだした。7月から始まる新しいクラスでもトーフル対策を取る事を伝えているのだろう。もっとケイに教えたがっていたホワイト教授は感極まってケイに抱きついた。
教授の熱烈なハグ姿に僕がたじろいでいると突然後ろから声がかかった。
「やあシュウ。合格おめでとう」
そう話しかけてきたのはタイ出身のペッ君だった。
「ありがとう。もっとも僕はさらに高いスコアを取らなきゃいけないんだけどね」
「奨学金だっけ。大変だな」
「まあ、勉強してお金が借りれるならそれにこした事は無いよ」
授業中は滅多に他の子とお喋りする機会がないから、こういうパーティーはけっこううれしい。ひょっとしたら外国人の友達が増えるかも?
「授業中は教授が怖くてなかなか喋れなかったんだけど、実は俺シュウと友達になりたかったんだよねー」
なんとも親しげにペッ君が寄ってくる!まともに話したのってトーフル対策の初回に制汗シートをあげた時くらいだよね?僕の何が決め手だったの?
「どうして僕なんかと友達になりたいと思ったの?」
「だって日本人ならみんなJ-POP が歌えるんだろ?」
ん?こいつは何を言ってるんだ?
「カトゥン、ミスターチルドレン、レモーロメン……日本の歌手はどれも至高だよ!」
これはやばい。僕は流行の歌手なんて誰ひとりとして知らないぞ!僕が歌える曲なんて、合唱団で習ったものと、姉ちゃんがカラオケで熱唱してたものくらいだ!
「ペッは日本の歌手に詳しいんだね……」
「歌手だけじゃないよ!ドラマ、アニメ、バラエティー。日本の番組は大概知ってるね」
うはっ、こいつ日本オタクか!
「いま日本では何が流行ってるんだい?」
ああまずい。アメリカに来る前はずっと英語の勉強のしっぱなしで一切テレビを見ていなかった。きっと君の方が日本の流行をとらえているよ。
「日本では……韓国のドラマが流行ってたかな」
「なんだよそれ!そんな物全く興味がないよ」
すまんなペッ君、僕の最新のテレビ事情は母さんが見ていた韓流ドラマなんだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいよ」
とペッ君が言い放つ。どうでもよかったんかい!せっかく記憶を総動員して韓流ドラマに辿り着いたと言うのに。
「正直に言うとな、シュウ、俺は日本人の彼女が欲しいんだ。だからそれに協力してくれないか?」
なんだ、こいつは友達が欲しかったわけじゃなく、日本人の彼女が作りたかっただけのようだ。ちょっとがっかり。それでも友達になりたい僕はなんとか話に食い下がる。
「協力って具体的には何をして欲しいの?」
「そうだな〜。あの子とデートさせてくれよ」
そう言ってペッ君が指差したのは、よりにもよってリア様だった。
「無理だって!」
「なんでさー。まさかあの子、シュウのガールフレンド?」
「違うけど、あの子は無理!僕らとは格が違いすぎるよ」
「あーもういいよ。シュウにはこれ以上頼まないから」
はあ。なんてこと言うんだよこいつ。僕がペッ君をリア様に紹介したなんてことになったら取り巻き連中から何をされるかわかったもんじゃない。
「じゃあ代わりに日本語教えてよ」
うん、それくらいなら問題ないよ。なんかそれって友達っぽいし。
「どんな日本語がおぼえたいの?」
「アイラブユーってどう言うの?」
まさかこれから告白する気!?
「あ・い・し・て・る」
「アイシトル?」
おしい!
「あ・い・し・て・る」
「愛してる?」
「おー、パーフェクト!」
「愛してる」
「愛してる」
あ、日本人から変な目で見られてる気がする……。みなさーん、僕が好きなのは女の子ですよー。よく食べよく笑う子が好きでーす。
「日本語もおぼえた事だし、それじゃあさっそくいってくるねー」
え?行くってどこに?
「ちょ、ぺっ!?」
「やあ、女の子たち。僕と一緒に食べようよ」
そう言ってペッは女子の群れに消えていった。