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復活のK

 その後乾燥機が止まってもリア様は戻ってこなかった。きっと僕の事など忘れて高橋さんと仲良くやっているのだろう。よかったよかった。

 しかしこのまま洗濯物を乾燥機に放置していたらシワになっちゃうぞ、大丈夫かな?だからといって僕がたたむわけにはいかないし……。もしたたんでる途中で人が来たら下着ドロと間違えられて強制送還なんてこともあるかもしれない。ここは放っておいて部屋に帰るか。

 いや、せめて誰かくるまで見ていてあげよう。女の子だったらそのままリア様に知らせてもらえば良いし、もし男だったら少し気をつけておけば問題なかろう。




 談話室のテレビをつけるとハリウッド映画がやっていたので見る事にした。会話の授業で「テレビのフレーズを真似するのも良い」と言ってたのでさっそくやってみることにする。


「シャット ザ ファック アップ!サノヴァ ビッチ!」


 俳優になりきって演じていたらいつの間にか後ろに高橋さんがいた。


「あ……これは……」


 恥ずかしい所を見られてしまったなぁ。高橋さんの僕を見る目がとても冷ややか。


「これは、その、会話の授業の一環で……」


 言い訳をしようと思ったら、高橋さんはさっと背中を向けてランドリーに向かっていった。そうか、リア様の洗濯物を取りにきたんだね。


 あ!洗濯ネットも柔軟剤も使ってないうえ、もしかしたらシワになってるかもしれない。違うんだよ高橋さん!その家事力は本来の僕の物じゃないんだ!

 しかし言い訳した所で信じてもらえないだろうし、そもそも話を聞いてもらえるはずも無い。僕は高橋さんが洗濯物を取り込んでる間にこっそり自室へと帰る事にした。





 男子エリアに帰るとケイがシャツ、パンツ、靴下のみを身につけて、ドアの前で体育座りをしていた。


「おい、ケイ……そんなところで何やってんだ?」

「シュウ、遅いよ。おまえこそ何やってたんだよ……」


 うわぁ、すっかり弱り切っている。一体何があったんだ。


「僕は洗濯してくるって言っただろ?」

「あれ……そうだっけ?」

「おう。とりあえず中に入ろうぜ」


 手をかしてケイを立たせるが、腕についた体育座りの跡がなまなましい。


「すまん、シュウ。鍵を開けてくれないか?」

「おまえの鍵はどうしたんだよ」

「スーツのポケットに入れたままハンガーにかけちゃって……トイレから帰ったら入れなくなってた」


 全く何をやっているんだか。人って恋をするとこんなに腑抜けになるものなの?


「ロックアウトってやつだな。寮母さんに言えば初回は無料で開けてもらえるはずだろ?」

「こんなかっこうで女性の前に出られるかよ」


 これだけ憔悴してもどうやら幾ばくかの羞恥心はまだ残っているらしい。


「だからって僕をずっと待つなんて、根性があるんだか無いんだか……」




 ケイをベッドに座らせると、力が入らないのかそのままグデンと横になってしまった。


「日に日に弱っていくなぁ。そんなにニコラと一緒にいられなくなるのが辛い?」

「……なぜそのことを?」

「見てればわかるよ」


 実際夜中に耳をすますと「ニコラァ……」ってつぶやきがたまに聞こえてくるし。


「好きな子と離ればなれになってしまうのがこんなに辛いだなんて思いもしなかったよ」

「だからって今から落ち込まなくてもいいじゃないか。ニコラも悲しがってたぞ。ケイが目もあわせてくれないって」

「それは、見たら余計に寂しくなるから……」


 重傷ですな。手のつけようがありません。僕は見えない匙を放り投げた。

 君たちのはまだ2ヶ月もの時間があるんだ。この問題はいずれ時が解決してくれるだろう。




 6月末、トーフルの結果発表の日が来た。SATと違って皆の前で発表するような事はなく、一人一人に結果の書かれた紙が渡される。まあ、そのリアクションから誰が合格したかは丸わかりなんだけど。


 今回の日本人合格者はケイをのぞけば僕とリア様だけだった。成績用紙を受け取ったリア様が嬉しそうに振り返ったときなどは取り巻き連中から拍手がわき起こった。リア様は自分の席に戻る道すがら、もう合格を決めているケイに話しかけた。


「これで桜井君と同じ大学に通えますね」


 それを聴いた周りの取り巻きがキャアと桃色の悲鳴をあげる。そうか、リア様がケイの事を好きだと僕が勘違いしてたのは、取り巻きたちが2人の仲をはやし立てていたからだ。

 一方のケイはと言えば、未だ元気を取り戻すには至っていない。焦点のあってない目でどこか虚空を見つめてる。こんなのでもファンには素敵に映るのか「物憂げな表情がステキ」だとか言うひそひそ話が聞こえてくるんだけど。


「桜井君、聞いてますか?私も、同じ学校に、受かりましたよ!」


 これまで上の空だったケイが、そのセリフを理解した瞬間ものすごい勢いで立ちあがった!そして椅子と一体型の机に足を取られてそのまま後ろにすっころんだ!!


「おい、大丈夫かケイ!?」

「そうか……同じ大学に……」


 けっこう派手に倒れたと言うのに何を言ってるんだこいつは!?


「私何か変なこと言ってしまいましたか?」


 ほら、ケイがそんなんだからリア様が迷い犬のようにおろおろしてるじゃないか。


「いや、大丈夫……。ありがとう、中院さん!」


 突然ケイの目に光が戻ってきた。なんだか以前のケイに戻ったように見える!打ち所が良かったのかな?




 合格発表の後はカフェテリアのテラスでバーベキューパーティーをすることになった。合格した人にはお祝いを、合格しなかった人には栄養をといった具合である。

 カフェテリアへの道すがら、僕は颯爽と歩くケイに追いついた。


「どうしたんだよケイ、突然元気になっちゃって」

「中院さんのおかげで、今俺がすべき事がわかったんだよ」


 ……ああ、そうか。つまりケイは愛を捨て夢に生きる道を選んだんだな。ニコラを諦め大空への憧れに身をゆだねたわけだ。僕はその決断を決して非難したりしないよ。おまえ自身で決めたんだから最後までその生き方を貫き通せよな!


「頑張れよ、ケイ!」

「ああ。頑張ってニコラと同じ大学に合格してみせる!」


……はぁ!?おまえ頭でも打ったのか!?

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