トーフル本番 されど頭はお花畑
最終のシャトルバスが出てしまっていたため歩いて寮まで帰ると部屋の中はすでに真っ暗だった。ケイはもう寝てしまってるらしい。シャワーを浴びないと中華のにおいが残るかな。でもこのままベッドに埋もれてしまいたい。
「よう、遅かったな」
ベッドからケイの声だけがする。他は微動だにしない。なにやってんだこいつ。
「まあいろいろやってたからね」
「……いろいろって何だよ?」
ん?何か勘違いしてないか?別に朝帰りしたわけでもあるまいに。
「トーフル対策を過去問3回分みっちり勉強してきたんだよ」
「は?デートにいったんじゃなかったのか?」
はいはい、僕もそうだと思ってましたよ。そーうだったらいいのになー。
「今日あった事は明日説明するからもう寝かしてくれ」
「いや、そのまえにシャワー浴びてこいよ。おまえからうまそうなにおいがしてこれじゃ眠れない。一体何食べてきたんだよ?」
ケイにおばちゃんの店を紹介したら気に入ってくれるだろうか?それともおぼっちゃまのグルメな舌にはあわないだろうか。どちらにせよ、もうしばらくは僕と真由子さんの秘密の店にしておこう。
翌朝起きるとここの所感じていた疲れがスッキリ取れていた。充足感に包まれて熟睡したのが良かったのだろうか。それとも夕べ食べたニンニクとショウガが効いているのだろうか。
僕より先に起きていたケイに昨日あった事を説明すると、ディナーがどうの、予約がどうのとつぶやきだした。さっそくニコラとの2人きりのご飯デートでも想像しているのだろうか。しかし僕にもご飯をおごってもらう約束を忘れてもらっちゃ困る。
「忘れてねーよ。おまえこそちゃんと先輩をデートに誘えたのか?」
あ、すっかり忘れてた!表情に出ていたのかケイがためいきをつく。
「シュウたちと3人で出かけるけどニコラも一緒に来ないか?って誘おうと思ってたのに、これじゃあ使えないじゃないか!」
「僕を言い訳に使うなよ!そもそもこのデートはケイが言い出した物だったろ?」
「え?そうだっけ?」
うん、たぶんそう。気にするな。
「僕は今日『ケイたちと3人でまたボストンいこうと思ってる』って真由子さんを誘うよ。ケイも同じように誘えばいい」
「もし断られたらどうするんだ?2人とも断られるならともかく、男2人女1人なんて嫌だぜ?」
「そうならないようお互いに頑張るんだよ。応援してるぞ、ケイ」
「そうか……。おまえも頑張れよ、シュウ」
僕がまず頑張らなきゃいけないのは今日のトーフル本番なんですけどね!
トーフルの手応えは過去最高の物だった。あ、これ真由子さんが教えてくれたやつだ!などと楽しんでいたら、あっという間に終わってしまった。これが真由子さんの言っていた歯車が噛む感触なのだろうか。
テストを受け終えカフェテリアに行くとすでに真由子さんが座っていた。自分から隣りに座るのは緊張するけど、なんとかデートに誘わなくちゃ!
「ここいいですか?」
「あ、シュウスケおつかれ。どうだった?」
「ばっちりですよ!教えてもらった成果が出ました」
「それはよかった!」
ああ、この笑顔が見られれば今までの苦労なんて屁でもないね。
「そういえば今日はなんだか肌のツヤがいいね」
「なんか朝から絶好調なんですよ」
「おばちゃんの料理が効いたのかもね。また今度いっしょにいこっか?」
ぐは!こっちが先に誘われてしまった。
「それなんですけどね、この前のメンバーでまたどこか行かないかって話になってるんですよ」
「この前のメンバーってケイとニコラ?」
「はい。僕としてはぜひ先輩にも来てもらいたいんですけどいかがですか?」
「大丈夫だよ。7月の終わりまでは私も暇だし」
よし!あとはケイ、おまえ次第だ!
「8月からは忙しいんですか?」
「忙しいというか、日本に帰ってる友達がこっちに戻ってくるからね」
なるほど。先輩の日本人友達か。僕にとってのケイみたいなものかな。あ、でもケイはよその大学行っちゃうし、僕に同じ大学に通う日本人の友達はできるだろうか?
「そっか、シュウスケには同期の日本人が誰もいないのか……」
「まぁ、その方が英語の勉強になっていいですよ」
「そうね。でもやっぱり日本人同士でしかわからないことってあるから、困ったことがあったら先輩の私に何でも相談しにきてね!」
……天使だ!
結局ケイもニコラとデートの約束を取り付け、ダブルデートを敢行することになった。『前回は結局仲良く汗を流しただけに終わったので、今回こそはいいムードを演出したい!』と、ケイが意気込んでいる。今回のデートはケイがプランを練っているのだ。
「まあ任せろって。女の子と付き合った事は無くても、その手の情報はバッチリ押さえてあるからさ!」
信用できる要素はこれっぽっちもないけれど、僕はあの人と一緒にいられるならどこだってかまわない。おまえに全て任せるよケイ。