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中院凛愛と絨毯

「リア様、マキちゃん、少しよろしいですか?」


 演劇の授業を終えてシュウやマキちゃんとスクールバスでレストランに行こうとしたら、普段は後ろからそっとついてきてくれる笹塚さんが声をかけてきました。その声色に真剣なものを感じた私は、シュウに先にお店ヘ行ってもらい、後で合流する事にいたしました。


「笹塚さん、何かあったのですか?」

「ええ。二日前の夜、学校に不審者が侵入したと報告がありました」


 笹塚さんの言葉にマキちゃんの表情がすっと固くなります。


「ひょっとしてネビル家の手の者が?」

「その可能性は十分ありますね」


 どうやら元婚約者が私を付けねらっているという話はお父様の妄想じゃなかったようです。


「ですのでリア様には今後軽薄な行動を慎んでもらわなければなりません」

「軽薄な行動、ですか?」

「リア様のお気持ちを考えると私も心苦しいのですが……今後あの中華料理店の利用はお控えいただきたく……」


 そんな!それでは私の憩いの時間が削られてしまうではありませんか!


「笹塚さんやマキちゃんがいてくれるから問題ないのではありませんでしたっけ?」

「たしかにそうだったのですが、相手が学校内にまで侵入してくるとなると私ではお守りしようがありませんから。もしお店から帰る森の中で襲われでもしたらと思うと……」


 悔しそうにそんなことを言う笹塚さんを見ていると、本当に私の事を第一に考えてくれているのがよくわかります。それなのに私のわがままを押し通すなんて事はとてもできそうにありません。


「それでは今後、私はどのように動けばいいのですか?」

「実はですね……どうにか学校内で安全に勉強会ができないかとずっと考えてきたんですが」

「その方法が見つかったんですか!?」

「ええ。リア様のお部屋ですれば良いのです」

「ええっ!?」


 それはいくらなんでもやりすぎではないでしょうか?今までもシュウを部屋に入れたことは何度かありましたが、それも数秒のことで……いえ、たしかに下着が盗まれたかもと疑ったときはしばらく部屋に入れてしまいましたが、殿方を自室に招くなんて、それではまるで私から、その……誘っているようではありませんか!?


「リア様、リア様〜。ひとりで盛り上がってる所申し訳ありませんが、もちろんマキちゃんに一緒にいてもらいますからね」

「と、当然ですね!もちろん私もそのつもりでしたわ」

「つきましては今後の食事なんですが……」

「私が作ります!!」


 マキちゃんが風を切る猛禽のような勢いで右手を挙げました。


「ええ、それでもいいかと思っていたんですが、たしかリア様、以前自分で料理を作って差し上げたいとおっしゃってましたよね」

「あれ?私そのこと笹塚さんにも言ってました?マキちゃんや真由子さんには話した記憶がかすかにあるんですが……」

「……お小さいころの話ですよ。好きな方ができたらお母様のようにご自分で料理を作ってあげたいとおっしゃっていたではありませんか」

「そう言われればそんなことを言った気がします。ですが……私、お母様のようにおいしいスコーンを焼く事なんてできませんよ?」

「そこは私も把握しております。ですのでどうでしょう、TVディナーを作って差し上げるというのは」


 TVディナー!ついこの間トーフルの問題に出てきたやつです。たしか機内食のようなワンプレートの料理を電子レンジで温めるだけで食べられるという、アメリカの画期的な発明ではなかったでしょうか。


「たしかにそれなら私にもできそうですが……電子レンジで温めただけのものを出されたとして、男性としては嬉しいものなのでしょうか?」

「そこはそれ、自分のために高貴な方が手ずから料理をしてくれるだけで嬉しいに決まってます!」

「し、しかし……」

「もし不安でしたら『今はこんな事しかできないけど、大学に上がったらいろんなもの作ってあげるからね♥』と言ってご覧なさい。リア様にそんな事を言われたらどんな男だってイチコロですよ」

「イチコロ……ですか」


 思わずそんな未来を思い描いてしまい、喉がごくりと鳴ってしまいます。

 しかしものすごい剣幕で否定するマキちゃんの言葉に現実に引き戻されました。


「しかし私たちの部屋はスカンク臭くて使い物にならないじゃないですか!」


 そうでした。今朝も荷物を取るために入りましたが、未だに臭いが抜けていないのです。そんな部屋にシュウを招く事なんてできません!


「それなら今日すでに専門業者に入ってもらい消臭済みです。臭いの消えないリネンやカーペットはすでに交換済みですしね」


 さすがの笹塚さん!やる事が速い!


「し、しかし……そうだ!私たちの部屋には電子レンジも、TVディナーを保存しておく冷蔵庫も無いではないですか!」

「その2点だけでなく、必要になりそうなカトラリー、食器、電気ケトルもすでに店舗に届いているそうなので、本日私が取りに行って参ります」


 なんということでしょう。この仕事の速さは新幹線も真っ青ですね。これからは新幹線ササヅカとおよびしましょう。


「で、でも……」


 渋るマキちゃんに新幹線ササヅカの鋭い視線が刺さります。


「マキちゃん。あなたも中院家に仕える身なら、自分の主人の事を第一に考えられるようになりなさい」

「リアさんは私の主人ではなくて親友です!」

「マキちゃん!!」


 マキちゃんが少しも迷う事無くしてくれた親友宣言に目頭に熱いものがこみ上げてきます。


「そうですか……。お二人がとても良い関係でいることは喜ばしいですね。しかし!あなたの主人はリア様じゃなくて雅哉様です。私はその雅哉様の筆頭秘書です。私の言葉は雅哉様の言葉だと思いなさい!」

「は、はい……」


 笹塚さんのかつて無いような迫力に思わずうなずいてしまったマキちゃんですが、本物のお父様だったら絶対私の側に殿方を近づかせるような真似しないと思うんですけど……。そんな事を思っていたら笹塚さんが私にだけわかるようにウインクを投げてきました。どうやら私、笹塚さんというとても頼もしい恋の味方を手に入れてしまったようです。


「ところでマキちゃん……あなた、少し変な臭いがしますよ?」

「うう……やっぱりスカンクの臭い取れてませんよね」

「だ、大丈夫ですよマキちゃん!私はもう慣れましたから」

「それってやっぱり臭ってるって事じゃないですか!!」


 ああ、笹塚さん!何をややこしい事蒸し返してくれるんですか!今朝学校に来るときも必死になだめすかして登校させたというのに!!新幹線の称号取り上げますよ!?


「肌が臭うようならどうしようもありませんが、あなたのは髪の毛じゃありません?だったら自分で切ればいいじゃないですか。お得意なんでしょ?そういうこと」

「ああ、そっか!ありがとうございます、笹塚さん!」


 臭いの解決手段を見つけて、マキちゃんの瞳が曇り空を割る虹のように輝きだしました。


「お礼を言われるような事はしてませんよ。それでは私は手配していたものを取りに行きますのでこれで失礼します」


 そう言い残すと笹塚さんは風のように去っていきました。




 寮に帰ると、部屋はすっかりピカピカになり、毛足の長い真っ白なカーペットが敷かれていました。試しに手で触って見るとフワフワととても良い感触があります。


「マキちゃん、どうせなら日本式に部屋では靴を脱ぐようにしませんか?」

「私も同じ事考えてました!気が合いますね私たち」


 扉の外に靴をそろえた私たちはカーペットに身を横たえました。


「これで今日から真由子さんに迷惑をかけずに済みますね」

「でも真由子さん、私たちと恋バナするのが楽しみだって言ってたから、残念がるかもしれませんよ」

「でしたら真由子さんを私たちの部屋にお呼びしましょう!」

「ベッドはどうするんですか?」

「そうですねぇ……。私のベッドを真由子さんに使ってもらって、私は今まで通りマキちゃんと一緒に寝てはどうでしょう?」

「い、いいですね!それはいい!!是非そうしましょう!!」


 そう言うとマキちゃんはてきぱきと動き出し、あっという間に戸棚からなにやらプロっぽい道具を腰に巻き付け、チャキっとハサミを構えました。


「それではベッドで臭わないよう、さっそく髪を切ってきます!」


 言うが速いか、マキちゃんはバスルームへと駆けていきました。


 暇になってしまった私はシュウに勉強会の中止を連絡し、トーフルの教材に手を付けました。しかし頭の中に思い浮かぶのは英文ではなく、この部屋にいるシュウと私の様子ばかりです。想像の中で私は笹塚さんのアドバイス通りにしおらしい女性を演じ、そんな私にシュウはメロメロになっています。冷蔵庫をあければそこにはTVディナーがあって——


 あっ!たいへんです!TVディナーがありません!さっき笹塚さんの言ってた買物リストにはTVディナーがありませんでした。このままでは空っぽの冷蔵庫でシュウを迎えなければ行けません。

 私は笹塚さんにTVディナーを欠かさず買ってくるよう電話をしようとしたのですが、電波が届かない所にいるのか一向に連絡が取れません。どうしようか迷っていると部屋をノックする音が聞こえてきました。


「真由子だけど、リアちゃんいる?」

「はい、今開けますね」

「外に靴が置いてあるけどどういう……うわ!とっても素敵なカーペットね!ちょっと入ってみてもいい?」

「靴は脱いでお上がりください」

「そういうことね。おっじゃましま〜す。うわぁ〜ふかふか〜」


 手を当てるが速いか真由子さんも私たち同様カーペットに寝転んでしまいました。


「私もこんな部屋に住めたらな〜」

「それでは今晩泊まりにいらっしゃいませんか?今までのお礼もしたいですし」

「やった〜!めっちゃうれしい。あ、晩ご飯はどうするの?今日もおばちゃんのお店行くなら私も一緒に行っていい?」

「実はこれからおばちゃんのお店に行くのが難しくなりそうで……」

「それはお家の関係でってこと?」


 ここ最近のお泊まりでいろんな事を喋ってしまったので、真由子さんは私の現状をすぐに察してくれました。


「はい。それでしばらくはシュウをこの部屋に招いてTVディナーでもてなそうと思っているんですが……」

「なるほどね。アメリカのTVディナーって便利でおいしいもんね。ん?それじゃあ私が泊まりにきたら迷惑じゃない?」

「迷惑だなんてそんな!あ、そうだ。もしよろしければこれから一緒にTVディナーを買いに行きませんか?真由子さんにアドバイスしてもらえるととても助かるんですが……」

「そうだね。シュウを落とすためにもおいしいやつを選ばなきゃいけないしね!」

「そ、そんなんじゃないですから〜!!」

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