中院凛愛と酔人
寮に入った瞬間、これまでに嗅いだ事のない悪臭に頭がクラっとなりました!しかしマキちゃんの無事を確認するまでは倒れてなどいられません!どんどん臭いが強くなる廊下を駆け抜け、自室のドアを叩きます。
「マキちゃん!いる!?開けるからね!」
「リア!中にスカンクがいるかもしれない!これを!」
シュウがどこから持ってきたのかバドミントンのラケットをこちらに投げてよこしました。これさえあればスカンクだって怖くありません!そしてドアを押し開けた瞬間、脳をえぐるような強烈な何かが押し寄せてきました!
マキちゃんを助けたいのに私の膝からは力が抜け、ラケットを杖にしないと立っていられなくなりました。『マキちゃん!』と叫びたいのに、口から出るのは弱々しいセキばかりです。このままでは私までスカンクの毒牙に……
そう思った瞬間、私は強い力でドアの方へと引き戻されました。廊下から流れ込む新鮮な空気に思わず深呼吸してしまいまたむせます。そして真っ暗な部屋の明かりがついた瞬間、私はシュウの胸に頬をよせていました!素早い鼓動が聞こえてきます。これはシュウの胸の音でしょうか。それとも私の耳の奥で鳴り響いているのでしょうか。ラケットが床に落ちてやけに大きな音を立てます。シュウは劇中では決して見せない乱暴な力で私の肩をきつく締めあげていますが、なぜかそれが少しも嫌じゃありません。むしろこのままつぶされてしまいたいような、今まで味わった事の無いような感情が私の中でひしゃげています。
そんな私に気付かないままシュウは冷静に部屋の中を見渡して言いました。
「強烈な臭いがしたからスカンクに攻撃されたと思ったんだけど……ひょっとしてこの臭さでも残り香?」
そうでした!ここで攻撃された人がいたならそれはマキちゃん以外にあり得ません。私はシュウの腕をかいくぐり部屋を見渡しましたが完全にもぬけの殻でした。
「マキちゃんは?マキちゃんはどこ!?」
「落ち着いて。とりあえず携帯鳴らしてみたら?」
シュウの言う通りにしたらバスルームの方からパッヘルベルのカノンが聞こえてきました。急いで駆けつけドア越しにマキちゃんに声をかけます。
「マキちゃん!そこにいるの?大丈夫!?」
「え、リアさん!?」
私の声にマキちゃんがドアを開けてくれました。なぜか裸で手には泡だらけのパジャマが握られています。スカンクのガスにやられたのでしょうか?ああ、そんな事より狂犬病です!狂犬病になると水を怖がるそうですから、洗い物をしてたマキちゃんはきっと大丈夫……、いえ、潜伏期間と言うものがありましたね。ととととにかく落ち着いてマキちゃんの話を聴かないと。
「マキちゃん、あのね」
「うぎゃああああああああ!?」
マキちゃんが私の後ろに目をやりながら悲鳴を上げました!スカンクが出たのかとラケットを振りかぶろうとするも、ラケットは先程落としてしまったのでした。まずい、このままでは私まで——!
しかし振り返った先にいたのはラケットを持ったシュウでした。後ろでマキちゃんが壊れかねない勢いでバスルームのドアを閉めました。
「なんであんたがここにいるの!?」
「そんなことよりマキちゃん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないです!!」
そんな!こうなったら一刻も早く救急車を呼ばなくては!たしか救急車の番号は……
「高橋さん、大丈夫?どこか噛まれたり——」
「だからなんであんたがここにいるの!?最悪なんですけど!!」
「はいはい、僕は最悪でいいからちょっと聞いて!」
「すぐに女子エリアからで出てって!」
「マキちゃんが答えてくれないならリアが救急車呼ぶよ?それでもいい?」
「は、救急車?たかがスカンクのおならで……」
「スカンクは狂犬病の感染源になることがあるんだ。狂犬病って知ってる?」
「え、それマジなの?おなら浴びただけで狂犬病になっちゃうの?」
救急につながらない携帯にヤキモキしながらマキちゃんとシュウの言い合いをきいていると、いつの間にか青い顔をした真由子さんがきていました。先程見たときよりも更に調子が悪そうです。
「大丈夫、おならでは狂犬病にならないわ。噛まれたり、引っ掻かれたりしてないかぎりね。あなた、怪我はない?」
「……大丈夫だと思います。ハイ、平気です」
扉越しに聞こえてくるマキちゃんのいつも通りの声に安心し思わず涙が出てきました。私の嗚咽が聞こえたのか、マキちゃんが扉を数ミリ開けてこちらの様子をうかがっています。
「え?何がどうなってるの?」
ホントにもう、マキちゃんは人の気も知らずに!でも、本当に良かった……。ウワーーーン。
その後、悪臭で部屋をつかえなくなった私たちは真由子さんの部屋に泊めてもらうことになりました。広いベッドに私とマキちゃんの2人が座り、真由子さんはソファーで寝る態勢を取ろうとしています。
「あの、高橋先輩。本当にいいんですか?」
「いいのいいの、気にしないで。私はソファーで寝るの慣れてるから。むしろそんな大きなベッドを今まで独り占めして罪悪感感じてたくらいだし」
笑いながら私たちに気を遣わせないようにしてくれる真由子さんの配慮に心が温かくなります。この方が大学のセンパイになるんだと思うと、とても明るいキャンパスライフが待っている気がしました。
それにしても……先程シュウに抱かれたときに感じたあの気持ちはなんだったのでしょう。お父様に抱きしめられた安らぎとも、先生に撫でられたトキメキとも違う、言葉に表せないほどの感情のうねり……。抱きしめられた肩を触ると未だにシュウの熱がこもっているような気がして、顔が火照っていきます。
「あれ〜?リアちゃん今何を考えてたのかな?」
いつの間にかベッドの横に立っていた真由子さんが私の顔を覗き込んできます。
「なんでもありません!」
「お泊まりの夜は恋バナをするのが庶民のルールなんだよ〜。ほら、洗いざらい吐いちまいな」
あれ?なんだか真由子さんお酒臭いですよ?ココでは22歳にならないとお酒飲んじゃダメだって真由子さんが教えてくれたんじゃないですか!ほら、マキちゃんからも何か言ってください。
「リアしゃん!リアしゃんはわらしのことどうおもってるんでしゅか!」
あるぇ〜?マキちゃんからも真由子さんと同じ匂いがします。というか泡立つ液体の入った紙コップを握りしめています。これって野生動物に餌をやるよりもよっぽど退寮の危機なんじゃ……。
「うふふ〜♥今日は吐くまで寝かせないからね」
「りあしゃんだいしゅきでしゅ〜♥」
こんな2人に囲まれて素面でいるのも馬鹿らしくなった私は、金色の液体を紙コップに注いで、2人が眠るまで相手をすることになったのでした。
???「森からなら学校に侵入できるんじゃなかったのか?」
???「こんなに警備が厳重だなんて俺も聞いてないぞ!」
???「チクショウ……ネビル様になんて報告すればいいんだ」




