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おばちゃんのチャーハン

 英語にまつわる事を真由子さんにいろいろ教えてもらっていたら、おばちゃんが料理を持ってきてくれた。


「はいどうぞ!フライドライスコンボ二つね!」


 どんと机に置いた瞬間、チャーハンがほろっとほどける。立ち上る香りに思わずよだれがわき上がる。


「はい、ベイジンスタイルフライドポーク」


 といって出された物は、トンカツと変わらぬサイズの揚げた豚肉に野菜とソースが絡めてある物だった!


「こ、これどうやって箸で食べるんですか?」


 肉をつまみ上げながら尋ねると、


「ああ、切ってあった方が良かった?ごめんね」


といっておばちゃんが箸置き場にあるプラスチック製のフォークとナイフを持ってきてくれた。


「アメリカの人たちにはこうやって出した方が人気が出るんだよ」


 なるほど、肉の存在感が物を言う世界なんだなー。


「それじゃあいただきましょう」

「いただきます!」


 久々のディナーだ!幸い手頃な価格だし安心して食べられる。まずは酢豚からいってみるか。


 さくっとした衣に絡まる甘くて酸っぱいタレが僕の好みにダイレクトに来た!噛み応えもちょうど良く、肉を食べる満足感を与えてくれる。そして襲ってくる米への欲求。しまった、ここはチャーハンじゃなく白米を頼むべきだったか?


 そう思いながらチャーハンを口にした瞬間、うまさが口の中で爆発した!


「なんですかこのチャーハン!超うまい!!」

「でしょ〜?」


 真由子さんが自分の手柄のようにチャーハンを自慢している。その嬉しげな声をBGMにチャーハンをどんどん口へと運ぶ。シンプルな味付けなのに、いや、シンプルな味付けだからこそ食べる手が止まらないんだろうか!?


 お次は春巻きならぬエッグロールだ。……でかい。日本の春巻きを想像してたら、その大きさにまず面食らった。


「これ、ずいぶんでかいですよね?」

「そう?私はそのサイズに慣れちゃったから、小さいのだと満足できないかも」


 まあ、うだうだ言ってても始まらない。とにかく一口食べてみて——


「あっつ!!」


 や、やばい、水がない!ウーロン茶では熱すぎる!


「ごめん、私がいつも水ことわってるから、おばちゃん持ってこなかったのかも!おばちゃん、水、水をください!」


 なんとか水で舌を冷やしているとおばちゃんに笑われた。


「日本人てのはみんなせっかちなのかい?真由子もいつもあっという間に食べ終わっちゃうんだよ」

「ちょっとおばちゃん!」


 ああ、いいなぁこういうの。先輩と2人っきりの食事も素敵だけど、一家団欒のような空気はここしばらく味わっていなかった。このおばちゃんにはどことなくうちの母さんと同じような空気を感じる。なんでだろう。


 あれ?僕ってこんなにマザコンだったっけ?


「どうだい?うちの味は?」

「最高です。このチャーハンなんて僕の求めている味そのものです」

「あら、この子はずいぶん英語が上手じゃないか!アメリカ来たばかりの真由子なんてね——」

「おばちゃん、その話はしないでー!」


 ああやばい、この空気は幸せすぎる!


 アメリカに来てこれまでホームシックにかかった事はなかった。しかしそれは家族を思い出すきっかけがなかっただけのようだ。おばちゃんたちの暖かい空気に、僕の目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「そ、そんなに熱かったかい?ごめんね」

「いえ、おばちゃんたちを見てたら……日本の家族を思い出して……」

「おやまぁ……そうかい」


 そう言うとおばちゃんは僕を暖かく抱きしめてくれた。本日2度目のハグである。そんな事されたらますます涙が止まらないじゃないか!


「外国で暮らす辛さなら私たちもよく知ってるからね。辛くなったらいつでもこの店においで」

「はい。ありがどうございまず」

「そんなに泣いてるとチャーハンがしょっぱくなるよ。ほら、しっかりおし」


 僕は涙を拭ってもう1度チャーハンを食べてみた。そうだ、これは母さんが作ってくれるチャーハンの味に似ているんだ。だからこんなにもおいしくて、家族を思い出すのだろう。


 泣いてエネルギーを消費した僕はあっという間に全て食べきってしまった。少し冷めたエッグロールもやはり絶品で、ぱりぱりの衣がとろっとした中身と絶妙なコンビネーションだった。


「はぁー。みっともない所をお見せしました」

「いいのよ。私もその気持ちわかるし。ここのおばちゃんってなんだかお母さんみたいなんだよね」


 真由子さんも同じ事を思っていたのか。この人とはつくづくフィーリングが合う気がする。


「さあ、デザートのフォーチュンクッキーを食べよっか」

「フォーチュンクッキー?」

「日本人がアメリカに広めた文化なんだって。まあ今ではなぜか中華料理店で出されるようになってるんだけど。とりあえず食べてみなよ」


僕は言われるがままに、二つ折りになったせんべいのような物を食べてみた。味はさほどおいしい物ではない。ん?中に異物が……


『Sometimes a stranger can bring great meaning to your life.』


「何ですかこの紙?」

「おみくじだよ。運勢だったり、ふざけたことだったり、いろんな事が書いてあるの」

「じゃあ、僕の運勢は……『見知らぬ人が人生に大いなる意義をもたらすかも』ってところですか。僕にとってこの国は知らない人ばかりなんですけどね」

「じゃあこれから出会う全ての人がシュウスケにとって意味のある人なんだよ」


 なるほど。この人はなんて素敵な事を考えるんだろう。ひょっとしたらこの占いはあなたとの出会いを言っているのではないでしょうか。


「さて、お腹もいっぱいになったし」

「帰りますか?」

「ううん、ここでトーフルの勉強しよう!」


 そういうと真由子さんは分厚い問題集を取り出した。えぇっ?


「学校だとメンターって言う身分上、なかなか2人きりでは勉強できないからね」

「先輩……」

「ここなら絶対だれもこないし、なんでも訊いて良いんだよ」


 ほんとに何でも訊いていいんですか?訊きますよ?あなたが僕をどう思ってるのかを!


「ありがとうございます。それじゃあ解らない所があったら教えてください」


 訊けるわけねぇ!


 こうして僕たちは営業時間が終わるまでトーフルの勉強にいそしんだのでした。チャンチャン。

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