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中院凛愛の着信

 私が部屋へと戻るとマキちゃんがぱあっとひまわりのような笑顔を浮かべてくれました。しかし後ろにシュウがついてきている事に気付いた瞬間、マキちゃんの笑顔は消え、まるでトラのように鋭い視線で彼を威圧し始めました。


 私は急いでこれまでのトーフルのプリントをかき集めて、マキちゃんとシュウの間に体をついたてのように割り込ませ廊下に出てドアを閉めました。


「それでは加納先生、明日からよろしくお願いしますね」

「こちらこそお相手よろしくお願いします。リア=キャピュレット嬢」


 私が英語の先生としてよろしくと言ったら、すぐさまジュリエットとしてもよろしくと返すだなんて。英語で話すシュウは本当に別人のようです。


「そうだ。今日の記念に、これをリアお嬢様に」


 そう言いながらシュウはスーツのポケットから小さなギフトバッグをを取り出しました。


「私にですか?たしかガラスの星条旗でしたっけ?」

「とりあえず開けてみてよ」


 他にもかわいい小物はいっぱいあったのに、よりにもよって星条旗ですか……などとはとても言えないので、笑顔を作る心づもりはしておきます。そしてシュウの手からプレゼントを受け取り中を開けると——


「まあ、キレイ……ガラス製のウミガメですね!」


 まるで青い海が宝石になったかのようなウミガメがそこにいました。目の前にかざして覗き込むと、青の向こうにシュウの笑顔が輝いています。


「リアが水族館で僕にフォトフレームくれただろ?そのお返しと今日の感謝をこめて」

「でもどうしてウミガメなんですか?」


 ハワイで両親と見たウミガメの思い出は、まだマキちゃんにだって話したことがありませんのに。


「ん?リアが水族館で一番はしゃいでたのがウミガメだったから」


 うっ、そういえば水族館ではシュウの前でぼろぼろと涙を流してしまいましたっけ。でもあれを見てはしゃいでるなどと言われるのは心外です!


「は、はしゃいでなどいません!私はべつにこんなもの——」

「あれ?気に入らなかった?そしたら無理して受け取らなくてもいいけど……」


 思わず日本語で『こんなもの』と言ってしまいました!それに対するシュウも日本語で話し、なんとも自信なさげな表情を浮かべています。右手を差し出しているのはこのウミガメを返せという事でしょうか!?絶対返しませんよ?


「あぁっ、その、とても気に入りましたわ!ありがとうございます。大切にしますわね」

「そう?じゃあ……おやすみ」


 そう言うとシュウは逃げるように女子エリアからさっと立ち去って行きました。

 もう、シュウの馬鹿!ちゃんと話を聴いてください!そして私はもっと馬鹿っ!!




 私が自らの馬鹿さ加減に落ち込んでいたら、いつのまにかマキちゃんに部屋の中へと誘導されソファーに座らされていました。


「リアさん、紅茶をいれました。飲んでください、落ち着きますよ」

「ありがとうございます」


 マキちゃんにこんなに気を遣わせてしまうだなんて、私今どんな顔をしているのでしょう。笑顔の作り方が思い出せません。


「マキちゃんどうしましょう。せっかくプレゼントをもらったのに私……」

「別にリアさんが気に病む事ありませんよ。そんなプレゼントをしたアイツが悪いんです」

「違うんです!プレゼント自体はホントにうれしくって……。ただ、少し恥ずかしい姿を見せてしまった事を思い出してしまって……」

「恥ずかしい姿ですか!?」

「ねえ、マキちゃん。私どうしたらいいと思いますか?」

「え?恥ずか……そうですね。そこまで気にされるんでしたらメールでも出してフォローしてみたらどうでしょう」


 それです!どうして私はこういう事に考えが及ばないのでしょう。


「さすがはマキちゃん!彼氏がいたのは伊達ではありませんね。私では思いつきもしませんでした」


 私はマキちゃんを褒めたたえたのに、なぜか彼女は微妙な表情を浮かべます。ひょっとしたら別れた恋人の事を思い出させてしまったでしょうか。


「ごめんなさい、私ったら……」

「へ?何を謝ってるんですか?」

「昔の彼氏さんのことを思い出させてしまったんじゃ……」

「え?あ、全然!そんなことないです」

「そう?よかったぁ。それでは私とこのウミガメの写真をケータイで撮っていただけますか?」

「ん?いいですけど……そんなに気にいったんですか?ソレ」

「ええ。ついでにその写真をメールでシュウに送ろうと思いまして」


 そう言った瞬間、マキちゃんの表情が目に見えて嫌そうなものになりました。


「……お二人は先程のディナーで仲良くなったんじゃありませんの?」

「はい。ニコラとはちゃんと仲良くなりました」


 はぁ。どうしてマキちゃんはこんなにもシュウと折り合いが悪いのでしょう。お二人の前世は犬と猿だったのでしょうか。


 私は手元の紅茶を飲み干して、充電器に立てておいたケータイを取り上げます。中を見たらお父様からの着信が10分おきに10件以上入っていました。ケンカして以来全く連絡をよこさなかったのがどういう風の吹きまわしでしょう?


 私が折り返し電話をしようかどうか悩んでいるうちに、またお父様から電話がかかってきました。思わず切ってしまいそうになりましたが、これだけ着信が入っているという事は何か急用なのかも知れません。私はひとつ大きな息をつき、通話ボタンを押しました。


「もしもし。どうしたんですか、お父さ——」

「リアか!?よかった。無事か!?」

「ええ、無事ですよ?お友達と食事をしてたので電話に出られませんでした。申し訳——」

「じゃあ今はレストランにいるのか?」

「いえ。今は学校の寮に——」

「そうか!それならいいんだ!」

「……お父様、何かあったんですか?」

「いや、リアが気にすべき事は何も無い。ただ……そう。アメリカで物騒な事件があったとニュースで言っていたので心配になってな」


 私もよく嘘をつきますが、それに負けず劣らずお父様もよく嘘をつきます。ただし社会の荒波をくぐり抜けてきたお父様の嘘は普段ならなかなか見抜くことができません。ところが今回は電話越しでさえ嘘を言っているのがわかりました。


「お父様、言いたい事があるのならはっきりおっしゃってください。こちらはもう夜の10時なんですよ?」

「戸締まりはちゃんとしたか?」

「いいえ、窓は開けっ放しですが——」

「ちゃんと閉めなさい!もちろん部屋のドアもだ」

「どうしたんですか急に!?」

「いいから!それとしばらくの間は余計な外出を控えなさい」


 これからはトーフルの勉強で外出どころじゃなくなるとは思いますが……


「どうして私がお父様のいう事をきくとお思いになるんですか?」

「リア……。とにかくそちらに笹塚を向かわせる。それまでは学校を出るんじゃない。いいな!」

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