中院凛愛と色男
ふう……。
加納くんに痩せてると言われて危うく暴走しかけましたが、なんとかこらえることができました。
そして突然これまでやって来た努力が実ったことの嬉しさと、加納くんが私のウエストをそういう目線で見ていたんだという気恥ずかしさが同時にやってきました!なんだか背筋がむずがゆくてたまりません!
結局この時間は次の授業が始まるまで加納くんとバドミントンのシャトルを打ち合って終わりました。一心不乱にシャトルを打っている間は他のことを考えなくて済みますからね。
ところがランチの後、演劇の授業が始まると嫌でも加納くんのことを考えることになりました。なぜなら彼がストレッチのために私の背中を押してくるからです。ひょっとしてこれまでのストレッチで私の肉付きがチェックされていたんじゃないかと思ったら途端に顔から火が吹き出そうになりました!
「ん?どうかした?大丈夫?どこか痛めてない?」
「だ、大丈夫です。代わりますから後ろ向いてください!」
「?……了解」
今まであまり意識したことがありませんでしたが加納くんは殿方としては結構痩せている部類に入ると思います。しかし私とバドミントンで渡り合えるだけの瞬発力はあるのでガリガリというわけでもありません。試しに背中ではなく肩を押してみたら男性らしい筋肉のつきかたをしていました。
『ああ、加納くんも大人の男性なんだなぁ』と思ったら急に背中を押すのが恥ずかしくなってきました!ジャージ越しに感じる彼の熱さや筋肉の盛り上がりに心がざわめきます。
耐えきれなくなり手を離すと加納くんが『もう終わり?』と言いたげな目を向けてきましたが、私はすぐさま顔をそらしてしまいました。
ストレッチのあとは全員がステージ上に輪を作って座り、台本を数センテンスごとに回しながら読んでいく事になりました。
母国の書き文字がアルファベットの方は一見台本をすらすら読んでいるように見えますが、実際は酷い発音でとても聞くに堪えません。こちらに来たばかりの頃マキちゃんが『リアさんどうしましょう!日本人以外はみんな英語がペラペラです!』と嘆いていましたが、『みんなちゃんと喋れていない』と言うのが正確なところでしょう。
もちろん私もそのひとりで、自分で考えたことや思ったことを口に出すのなら問題ありませんが、難しい英語がよく出てくる台本をすらすら読むことなんてとてもできやしません。今読んでいるのはロミオのセリフなのでしょうが、自分の口から出てくる感情の伴わない言葉たちに表現力と英語力の無さを突きつけられます。
「リア、そこまでだよ!あんたは英語の発音は綺麗なんだからもっと感情を表に出しなさい!じゃあシュウ、続きを読んで!」
「はい」
先ほどからちらちらとは目に入ってましたが、このかた私の読んでいる間私の声をろくに聞きもせず、ひたすら台本にメモを取っていました!ちょっと卑怯なんじゃありません?
あとで『卑怯だ』と遠回りに言ってあげようと思ったのに、この授業中、私は結局加納くんに対して何も言うことができませんでした。……認めたくはありませんがそれほど加納くんのロミオが素晴らしかったのです。
加納くんはひとつ大きく深呼吸をするとそっと目を瞑り、ゆっくりと開けたときには完全な別人になっていました。自信を帯びた目は妖しく輝き、その微笑みにいつもの子供らしさはどこにもありませんでした。
普段より低い声で囁く言葉には愛があふれ、気付けば私は全身に鳥肌が立ち思わず自分で自分の腕を抱えていました!
所々言葉につっかえることもあるのですが、彼はそれさえも『あなたへの愛に言葉が詰まってしまいました』と言わんばかりの悩ましげな表情を見せるのです。満面の笑顔からのそのギャップに、外国人勢からは「Oh〜」と溜息が漏れていました。
「OK シュウ!思ったとおりだね!見事だ!」
「ありがとうございます」
「ただしあんたは喜びを喜びとして表現しすぎている!このシーンのロミオは認められない恋への葛藤を内包させなくちゃ行けない!できるかい?」
「葛藤ですか……。パーセンテイジは?」
「喜び60、葛藤30、そして勇気を10くらいだね!憂いは味付け程度におさめておきな!」
私の時とアドバイスの質が全く別物です。パメラがいかに加納くんに期待しているかが伺えますね。
「しかしあんたは所々発音が弱い!さっきのもパーセンテイジじゃなくてパーセンティッジ!こういうのはリアが上手だから教えてもらったらどうだい?」
ちょ、何を言ってるんですかパメラ!?たしかにクイーンズイングリッシュとの違いに戸惑って必死にアメリカの発音を勉強しましたが、人に教えられるようなレベルじゃありません!
「逆にリアはシュウから感情表現の方法を学んだらちょうど良くなるよ!2人とも頑張りな!次、ぺ!」
「は、はい!」
授業を終えてスクールバスに乗り込みましたが加納くんも一緒だったため思わず離れた席に座ってしまいました。まだあの中にロミオの人格が残っているんじゃないかと思うと、とても落ち着いて話せそうにありません。
しばらくして校門の側にマキちゃんたちを発見した時は思わず安堵のため息をついていました。そしてバスから降りようとした時加納くんから声がかかりました!
「ねえリアさん……」
「は、ハイ!なんでしょう?」
ひょっとしてお互いに教え合うと言うパメラのアドバイスを実行に移す気でしょうか?ダメです!何がダメかよくわかりませんが、とにかくあの状態の加納くんと2人きりになるのは非常にまずい気がします!
「パメラのことでしたらその」
「パメラ?そうじゃなくてさ、明日も一緒にバドミントンできる?今日感覚掴めたから明日はいい勝負できると思うんだよね!」
あ、完全にいつもの加納くんです。なんだか安心して笑ってしまいました。
「……それは僕になんか絶対負けないっていう自信の現れ?」
「ええ、その通りです!明日も返り討ちにして差し上げます!」




