中院凛愛の言葉
水族館ヘ行った翌日、いつものようにジムでランニングマシンに乗っていたら真由子さんが隣にやってきました。
「リアちゃん、昨日はホントにありがとう。助かっちゃった」
「気にしないでください。私もとても楽しめましたから」
実際想像以上に楽しかったのは女の子たちに気を遣う必要がなかったからでしょうか。そのせいかちょっと感情を表に出しすぎたかもしれません。特に加納くんの目の前で泣いてしまったのは失敗でした。加納くんが皆さんに言いふらしたりしないといいのですが……。
「7月のトーフルも終わったし、リアちゃんたちはようやく研修期間の折り返し地点だね。ここまでやってみてどうだった?」
「そうですわね〜。私のプランではもっと外国の方とお友達になってるはずだったのですがなかなかうまくいきませんね」
「日本人同士固まっちゃうとどうしてもね。うちの学校の1個下の後輩もそんな感じでさ、1年以上アメリカにいるのに未だに英語が下手なんだよね」
「うう、耳が痛いですわ」
このままでは私も英語の上達が見込めそうにありません。昨日みたいに一日中英語を話せたら成長も早いのでしょうが、このままだとみんなに気を遣って日本語を話してしまう私の姿が簡単に想像できてしまいます。
「ところでリアちゃんの話しかたってとってもステキだね」
「私の話し方?英国英語のことですか?」
「英語じゃなくって日本語の方。ほら、リアちゃんよく『ですわ』とか『ごきげんよう』って言葉使うでしょ。それがとっても自然で似合ってるんだよね」
「え!?それってそんなに変ですか?」
「気にしなくてもいいよ。最初は慣れなかったけど、今ではリアちゃんのお嬢様言葉を聞くのが楽しみになってるくらいだから」
そんな!私は全然お嬢様言葉を使ってませんよね?お嬢様言葉というのは『〜だこと』とか『〜ですの』とか『ごめんあそばせ』といった言葉遣いですよね。私のは単に丁寧なだけです!……そのはずです。
「真由子さんは『ごきげんよう』って使わないんですか?」
「う〜ん……全く」
「全く……ですか……」
ひょっとしてアメリカに来たばかりの頃、私がごきげんようと言う度に皆さんが固まっていたのってお嬢様言葉だと思われていたからなのでしょうか。うわ〜、穴があったら入りたいですわ!あ……
「私としては『ですわ』はけっこうくだけた表現なのですが……」
「たしかに『ですこと』とかよりはくだけてるかもしれないけど、十分お嬢様っぽいよ」
そんな……英語以前に日本語に問題があっただなんて!
「真由子さんに褒めてもらった手前申し訳ありませんが、もし私がお嬢様言葉を使ったら注意していただけませんか?」
「どうして?とってもかわいいのに」
「実はこの一ヶ月半の間、私ずっと皆さんとの間に薄い壁のような物を感じていたんです。ところが昨日一日中英語を話してみたらその壁を感じることが無かったんです」
まあそのせいで見られたくない表情まで見せてしまったのかもしれませんが。
「ですのでもしかしたら私の日本語の言葉遣いが皆さんとの間に壁を作っていたんじゃないかと思いまして……」
「そうだったんだ……。ごめんね、リアちゃんの気も知らずに」
「謝らないでください。真由子さんが言ってくれなきゃこのまま気付かずに研修期間を過ごしていたかもしれないんですから」
「それじゃあ2人きりで話す時は少し気をつけてみるね」
「よろしくお願いします」
私、普通の女の子になってみせます!
とは言ってみた物の、やはり皆さんと話す時はいつも通りの言葉遣いが出てしまいます。ゆっくりと変えていくしかなさそうですね。ハァ。
「どうかしましたかリアさん?」
「なんでもありませんわ……ありません」
「そうですか?食べたい物があったら何でも言ってくださいね。なんだって作りますから」
今日は久しぶりに本格的な日本食を食べたいという皆さんの意見で、料理上手な子たちが腕を振るってくれることになりました。もちろんマキちゃんは料理上手な子たちのひとりで、先ほどから野菜コーナーを行ったり来たりして食材の目利きをしています。
「まさかアメリカのスーパーでこんなに豆腐を見る事になるとは思いもしませんでした。日本食ブームは本当のようですね」
マキちゃんが目を輝かせながらそんな事を言うのですが、日本のスーパーにすら行ったことの無い私にはその凄さの見当がつきません。豆腐をひとつ手に取ってみるとパッケージに簡単そうなレシピが書いてありました。
「豆腐のスムージーですか。おいしそうですね」
「よ、よろしければ作りましょうか?」
あれ?マキちゃんの顔が引きつっています。
「……私、何か変なこと言いました?」
「いえ、ただ私は豆腐のスムージーって見たことが無いので、なんだか違和感が……」
あまりにも堂々と『日本食のレシピ』と書いてあったので、日本にも当然ある物だと思って話を進めてしまいましたが、ひょっとしてこれもなんちゃって日本食のひとつなのでしょうか。
「で、でも、案外おいしいかもしれませんね。ヘルシーでしょうし、もしかしたらこれからブームがくるかもしれませんよ」
うう、マキちゃんのフォローが逆に心苦しいです。
「ではいずれそのうち……(たべません)。今日は皆さんの好きな物をたっぷり作りましょう!」
ちなみに私のリクエストはちらし寿司です。マキちゃんに頼んだら最後の飾り付けをやらせてもらえることになったので、タクシーの中で計画書を描いてみたら呪われた魔法陣が完成してしまいました……。
こういうのはその場のインスピレーションが大事なのです!
私の本物の美的感覚を見せてご覧に入れましょう。




