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中院凛愛と海亀

 桜井くんたちと別れて世界のクラゲ展を見ていたら、加納くんが突然変なことを訊いてきました。


「あ、そういえばリアさんはどうなの?」

「どう、とは?」

「好きな人できた?」

「はっ!?」


 どうして私があなたにそんな質問をされなきゃいけないんですか!これセクハラじゃありません!?


「リアさんは自立して好きな人と結婚するためにアメリカ来てるんだよね?なのに好きな人がいないんじゃ、目標が定まらないんじゃない?」


 あ……そういえば以前『なぜ独り立ちしたいのか』と訊かれて、咄嗟に『好きな人と結婚するためです』と言ってしまったことがありました。うう……どうして私そんなめんどくさいこと言ったのかしら。


「私には……まだそういう人はいません」

「ほんとに〜?そういえば以前ぺっくんが猛烈なアピールしてたけどあれはどうなったの?」

「特に何もありませんよ。なぜかあの日から妙に怯えられてしまって……。それにあの方は私が好きなのではなくて、日本人のガールフレンドが欲しいだけのようでしたし」


 ホントは今もカラオケに誘われているのですが、そんなことを言ったら無理矢理ペッくんとくっつけられそうな気がするので黙っておきます。


「そっか〜。早く好きな人ができるといいね」


 まったく、人の気も知らないで!優しいことはわかるんですが、上辺だけですよね加納くんは。相手が私じゃなくて真由子さんだったらもっと真剣に話題を選んでたんでしょうけど。


「はあ、クラゲはお気楽そうでうらやましい」


 クラゲには人間関係もなく、進路で迷うこともありませんもの。わたしがクラゲに生まれ変わったりしたらお父様は悲しむかしら?


「リアさん大丈夫?」

「どうしたんです突然?」


 答えたくなくて質問に質問で返したら加納くんは困ったように頭をかいて口をつぐんだのでした。


「さあ、他のコーナーへ行きましょう!この水族館にウミガメはいないかしら?私大好きなんですよ、ウミガメ!」




 私がウミガメが観たいと言ったら加納くんは目を皿のようにして巨大な水槽からウミガメを探し始めました。


「案内ではこの水槽のどこかにいるみたいなんだけど……」

「別にいなければそれでいいんですよ」

「大好きなんでしょ?だったら観ておかなくちゃ!」


 失恋して落ち込んでるかと思えばけっこうノリノリじゃないですか。それとも失恋のショックを癒すために無理して明るく振る舞っているのでしょうか。だとしたら少しは私も慰めてあげたほうがいいかもしれません。


「大好きと言えば、今日本当は真由子さんと一緒に来るはずだったんですよね?失恋したのにどうするつもりだったんです?」


 慰めるどころか、私の言葉に加納くんは一瞬でしおれてしまいました。やはり先ほどの明るさは単なるカラ元気だったようです。


「……本当は今日のデートで気持ちに蹴りを付けるつもりだったんだ」

「つまりは告白をするつもりだったと?」

「あ〜そうなるのかな……。どうだろ、よくわかんないや」


 う〜ん……これ以上は何をしても青菜に塩をふることになりそうなので黙っておきましょう。


 私が黙っていると加納くんがソワソワしだして話題を探すように何かモゴモゴ言い出しました。別にそんなに気を遣わなくてもよろしいのに。


「その……リアさんは、どうしてウミガメがそんなに好きなの?どこかで観たことがあるとか?」


 ええ、観たことがあります。お母様の亡くなる半年前に……。






「観て。あそこよ。卵を産んでるわ」


 真っ暗な中お母様とお父様と私の3人は、ハワイの現地ガイドさんに連れられてウミガメの産卵を観に来ました。ホテルから海岸に来るまでお父様はあまり気乗りがしないようで、お母様をホテルに戻そうと必死でしたが、産卵中のウミガメを観てようやく静かになりました。


「リア、ウミガメが泣いてるの見える?」

「え?あ、ホントだ!どうして泣いてるの?」

「あれは泣いているんじゃなくて塩分濃度の調節のために……クッ」

「ウミガメが涙を流すのはね、子供たちが生まれてくるのが嬉しいからなのよ」


 お母様、お父様も今にも泣き出しそうなんですが……。ハイヒールは凶器になってしまいますよ?


「私たちもリアが生まれて来てくれた時は嬉しくて涙が出たわ」

「そうなんですか?それってお父様も?」

「むしろお父様の方が大泣きしてたわよ。生まれて来てくれてありがとうって」

「よさないかアメリア」


 お父様が恥ずかしそうに文句を言います。きっとお母様の言う通りいっぱい涙を流したんでしょうね。別に恥ずかしがらなくてもよろしいのに。嬉しいことが聴けたので私が話をそらして差し上げましょう。


「お母様、先ほどからいっぱい卵が出てきますが、ウミガメは何匹の赤ちゃんを産むんですか?」

「さあどれくらいでしょう?マサヤはわかる?」

「君、あれは卵をいくつ産むかわかるかね?」


 結局はガイドさん頼りですか。まあすっかり話がそれたので狙い通りですが。


「だいたい60個くらいですネ」

「では60人……いえ、60匹兄弟なんですね!すごい」

「でもほとんどハ大人になれまセン」

「え?どうしてですか?」

「人間とチガッて海にハ敵ガいっぱいいるからデスよー」

「君、そんな話はしなくていい!」


 あれ?なぜかお父様が少し不機嫌です。せっかく話をそらしたのにどうしたんでしょう。どんな話をしたらお父様は喜んでくださるかしら?……そうだ!幼稚園に通っていた頃、お父様とお母様に妹が欲しいとねだったら2人とも困ったような笑顔を見せてくださいましたっけ。


「お父様、ウミガメほどとは言いませんから私も弟か妹が欲しいです。絶対かわいがりますから!」


 お二人を笑わせようとしただけなのに、急にお母様が泣き出してしまいました!それを見たお父様がお母様を抱きしめて必死にあやしています。


「アメリア。誰もお前を責めたりしない。リアだってわかってくれるよ」

「でも……あなたたちを残していくことを考えるととても悲しくて……」

「え?お母様……どこかいっちゃうの?明日一緒に日本に帰るんでしょ?」

「ええ、そうね。そうだったわね。ごめんね、お母様間違っちゃった」


 海外でひとりで迷子になるのはすごく怖いですからね。お母様が泣いちゃう気持ちもわかります。この旅行でもひとりでホテルのエレベーターに乗って知らない所についてしまった時は大泣きしてしまいましたし。


「ねえリア。リアは大きくなったら何になりたい?」

「もちろんパパのお嫁さんだよな?」

「それは幼稚園の頃の話でしょ!お父様にはお母様がいるから結婚できないってアミちゃんがいってました!私は他の人と結婚します」

「ううぅ……」


 悲しそうなフリしたって無駄ですから。……私の方が悲しかったんですからね!


「じゃあリアは将来どんな人と結婚するの?」

「そうですねぇ……。お父様よりもステキな人と結婚します!」

「あらあら、リアの旦那さんになる人はたいへんね」

「それじゃあお母様はどんな人と結婚すればいいと思いますか?」

「そうねぇ……。大好きな人のために涙を流してくれる人、かな」


 そんなことを言いながらお母様が眺める先には、涙を腕で拭うお父様がいました。『じゃあ、お父様みたいな人と結婚すればいいんですね』と言うのがなんだか嫌だったので、


「じゃあ、ウミガメのような人と結婚しますね」


と言ったらお父様もお母様も声をあげて笑ってくれました。

 声が大きすぎるとガイドさんに注意されましたっけ……。






「リアさん、おーい?聴いてる?」

「ごめんなさい、聴いてませんでした」

「そんなにウミガメが好きなんだ?」

「え?」


 ひょっとして私声に出して回想してました!?


「ほら、そのウミガメ見てたんでしょ?」


 そういわれて加納くんが指す方を見ると、私の目の前で悠然とウミガメが泳いでいました。


「先に見つけちゃうんだもんなぁ。さすがウミガメ好き」

「加納くん、知っていますか?ウミガメは産卵のとき涙を流すんですよ」

「ああ、たしか体内の塩分を排出するために涙を流すんだよね」

「違います。子供たちが生まれてくるのが嬉しくて……涙を……流すんです」


 優しかったお母様の言葉を思い出し、気付けば涙がポロポロと溢れてきました。どうしましょう。いっこうに止まる気配がありません!


「う……あ……その……」


 加納くんが隣で両手をポケットにつっこんだまま慌てています。早く涙を止めなくては。


「大丈夫です、すぐに収まりますから……」

「えっと、じゃあ……ハンカチとティッシュどっちがいい?」


 加納くんが折り目の綺麗な真っ白なハンカチと英語塾の宣伝が入っているティッシュをポケットから取り出していいました。


「ほら……僕、こういう事態に備えてたから……」

「……真由子さんのためですね」

「今はリアさんのためだよ。ほら、どっちにするの?」


 私はポケットティッシュを受け取り涙を拭いました。


 もし……もし私がお母様との思い出を話したら加納くんも一緒に泣いてくれるでしょうか。




 え?あれ?……どうして私こんなことを考えているのでしょう?

 私は決して雰囲気に流されて人を好きになったりしませんから!

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