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中院凛愛の沈黙

 桜井くんのダンスに惹かれた子たちが次々と彼に群がっていきます。ダンスの素養のある方はいらっしゃらないようで、どなたも「一緒に踊っていただけませんか」ではなく「教えてください」と言っています。


「さすがにみんなの相手は無理だよ。ダンスに興味のある子は今度の選択で社交ダンスを取ったらどうかな?」

「そしたら一緒に踊ってくれる?」

「ああ、もちろん」


 桜井くんのセリフは聞いている分には好感が持てるのですが、端正な顔に浮かんでいたのは単なる愛想笑いでした。私も殿方に取り囲まれたりしたらあんな顔になってしまうのかしら。

 まあ、この留学メンバーでそんな心配する必要は無いでしょうけど。加納くんは高岡先輩に夢中ですし、加藤くんは桜井くんから鈴木さんの関心を奪おうと必死にアピールしています。桜井くんは言わずもがなで、残る2人はまともに会話したこともありません。




「リアさんダンスお上手なんですね!とってもステキでした」


 そう言ってマキちゃんが料理を載せたお皿を持ってきてくれたので、お礼を言って受け取ります。


「イギリスにいたときお爺様に教えてもらったんです」

「うらやましいなぁ。私もイギリス行ってみたいです」

「では次のバケーションにでもみんなでイギリスに行きましょうか」

「私は……ちょっとバイトしないと無理かもしれません」

「お金のことは気にしないでください。マキちゃんのことが必要だと言えばきっとお父様が出してくださいますから」

「しかしそんなに甘えるわけには……」

「お父様はマキちゃんに美容師になる夢を諦めさせてまで私と一緒にいるように言ったんですから、これくらいのこと当然です。もしダメだと言われてもマキちゃんと一緒にイギリスヘ行くぐらいの費用なら私が持ちます」


 私の言葉にマキちゃんはますます恐縮してしまいましたが、私がマキちゃんと一緒にいたいんだから私の好きにさせてもらいます。そんなことをやんわり丁寧に伝えたら最終的にマキちゃんもしぶしぶ折れてくださいました。


「そういえばマキちゃんは桜井くんにダンスの申し込みをしなくていいのですか?」

「……?どうして私がそんなことを?」


 あれ?マキちゃんの好きな人は桜井くんですよね?私何か勘違いしてるでしょうか。

 あ、ひょっとして!


……マキちゃんダンスが苦手なんですね。わかります。私も人前で苦手な絵を書けと言われたら全力でお断りするでしょうし。

 それにみんなと同じアピールをしていては印象がかすんでしまいますもんね。マキちゃんはマキちゃんにしかできないアプローチをすればいいんです。マキちゃんは家庭的ですから料理なんかを作ってみたらどうでしょう。あ、それならまず私が食べてみたいですね!大学の寮に移ったらいっぱい作ってもらいましょう。


「リアさん、何か嬉しいことでもあったんですか?」

「いえ、何でもありませんよ、フフフ」


 皆さんを寮に招待して今日みたいにパーティーを開くのも楽しいかもしれません。マキちゃんにサンドイッチなどを作ってもらって——あっ、そういえば加納くんは別な大学に行くんでした。


 ここにいる仲間と一緒にいられるのも2ヶ月を切ってしまったんですね……。




 さて、その加納くんは高岡先輩と上手くやっているでしょうか?

 探してみると高岡先輩は壁に身を預けてもじもじ料理を食べています。ひょっとして背中の大きく空いたドレスが恥ずかしいのでしょうか。たしかにあのドレスはお尻が見えるか見えないかのギリギリを狙っていますが、優雅なシルエットが下品さを感じさせない逸品なのですよ。

 一方加納くんはと言うと、親ツバメのように先輩に料理を運んでいます。とてもいい笑顔をしていますがそんなことで満足していてどうするんですか!


 私がじれったい思いで2人見つめていると、それに気付いたのかお父様が彼らに声をかけました。


「加納くん、壁の花を愛でるのも一興だが、独り占めは良くないよ。2人ともこちらに来たまえ」


 お父様の言葉に、なぜか列になって進む先輩と加納くん。

 エスコートするチャンスなのに何をやってるんですか全く!!


「おいおい、加納くん。君は彼女の付き人かい?パートナーならしっかり並んで歩きたまえよ」


 お父様ナイスアシスト!そういえばお二人の手助けをしたいと先ほど言っていましたね。

 調子に乗ったお父様が恥ずかしがる2人に腕を組むよう強要します。頬をリンゴのように真っ赤に染める高岡さんがとってもかわいらしいですね。


「桜色の優雅なドレスに、女性を際立たせる漆黒のタキシード。テーマは日本人にあわせて夜桜ってところかな。あいつも粋な真似をする」


 なるほど!あのタキシードのチョイスにはそんな意味があったのですね!

 確かに他の男性陣が着ている華やかな服に比べて、加納くんの着ている濃紺の大人しいタキシードは高岡先輩の清楚な美しさを余す所なく引き立てていますね。

 そんな組み合わせを思いつける笹塚さんはさすがプロのスタイリストだと思いますが、その意図に気付けるお父様もちょっとすごいんじゃないでしょうか。なみいるイギリス紳士からお母様の愛を勝ち取っただけのことはありますね。


 そう考えると先ほどの桜井くんと私のダンスはずいぶんおめでたく見えたんじゃないでしょうか。まるで紅白幕が踊っているようで……考えただけでげんなりします。




 宴もたけなわとなった頃、本日のお目当てであった花火が遠くの方で打ち上がりました。雨を避けられたのはよかったのですが、これでは少しも臨場感がありません。来年は雨が降らないようてるてる坊主でも作ってみましょうか。それともクォーターにIn god we trust(我々は神を信じる)と刻んでありましたから神にお願いした方がよろしいかしら。




 皆さんを学校へと見送り、私は再度お父様と2人きりになります。


「お父様、私にはあんなにステキな仲間ができました。ですからなんと言われようと日本には帰りません」

「……凛愛はそんなに独り立ちしたいのかい?」

「はい。もうお父様のお世話は必要ありません!」


 私がそう言いきると、よっぽど腹立たしかったのかお父様はそっぽを向いてしまいました。

 まずい事を言ってしまったかとも思いましたがこれもお父様のためなんです。どうか我慢してください。


「わかった。そこまで言うなら認めてあげよう」

「ありがとうございますお父様!」

「ただし金銭的援助はここまでだ。語学研修所の授業料はもう支払ってあるが、大学の授業料は自分でなんとかしなさい。スクールIDの残金に関しては何も言わないが、私名義の家族カードは使わないこと。何かの時のために預けてはおくが、使うようなことがあればその時点で日本に帰ってきてもらう。それが『独り立ち』ということだ!」


 一瞬何を言われたのかわからず呆然としてしまいました。

 そして何を言われているか理解した所でやはり何も言うことができず、ただただ金魚のように口を開閉することしかできないのでした。

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