中院凛愛の父親
私が独立記念日を一緒にすごせないことを告げると、お父様はまるでこの世の終わりが来たかのように膝をついてしまいました。
「お友達とはこれからいつだって会えるだろう?私とのデートを優先してくれないかい?」
こういう場面でしれっと『デート』と言う言葉を使えるお父様の感性に少しついていけない私がいます。ひょっとしてお父様は若いころはかなりのプレイボーイだったんじゃないでしょうか。だとしたらなおさら私ひとりに縛り付けておくのはかわいそうですね。
「皆様との先約があるのです。私に約束を守るようにお教えになったのはお父様ではありませんか」
「たしかに約束は大切だが……。そうだ!私を凛愛たちの集まりに参加させてくれないかい?それなら約束を破ることにもならんだろう」
「何を考えてるんですかお父様!私ひとりだけ家族同伴なんてみっともない真似はできません!」
「み、みっともない……?」
ああ、お父様申し訳ありません。でもこれは全てお父様のためなんです!早く子離れして素敵な女性を見つけてください。お父様がどんな女性を連れてきても私はお母様と呼んでみせますから。
「じゃ、じゃあせめてディナーだけでもいっしょに取らないか?このホテルのシェフの腕は凛愛も知っているだろう?なんならお友達全員を招待しよう」
「では主催者にディナーの予約をしているかどうか訊いてみますね」
ディナーの予約がダブルブッキングしたらたいへんなので私は携帯で高岡先輩の番号を探します。……あら?番号がありません。そういえば高岡先輩とはまだ番号を交換していませんでした。
私はフロントに連絡を入れチェスナットマナー大学の高岡先輩につないでもらいます。しばらく待っていると電話越しに高岡先輩の声が聞こえてきました。
「は、ハロー?」
「お忙しい中すいません高岡先輩。中院凛愛です」
「ああ、中院さんか。突然5つ星ホテルから電話が来たから驚いちゃった」
「申し訳ありません。ところで7月4日の懇親会のことなのですが、ディナーの予約はもうお済みでしょうか?」
「それがまだお店が見つからなくて……。この時期に突然16人もはさすがに難しくって。でも安心して、絶対見つけてみせるから!」
昨日の人出を観ればそれも納得できますね。独立記念日本番ともなればきっともっと大勢の人がボストンの街に詰めかけることでしょう。
「その件なんですが私のお父様が皆様をディナーに招待したいそうなんです」
「それ本当!?すっごく助かるんだけど……そんなことしてもらっていいのかな?」
「ご安心ください、娘とともに過ごしたいお父様のわがままに私たちが付き合うだけですから」
「それなら中院さんがお父さんと一緒に過ごしてあげたら……」
「で、では当日のディナーは皆様でホテルへお越し下さい。お仕事中に失礼しました」
「ちょ、ちょっと中院さん?」
ふぅ、危ない危ない。高岡さんにまでお父様と一緒に過ごすように勧められたら断りきる自信がありません。
「凛愛……『お父様のわがまま』は言いすぎじゃないかい?」
「言いすぎも何も本当のことではございませんか。それでは当日の手配よろしくお願いしますね」
「では招待するお友達のことを教えてくれるかな」
お客様を招いてのパーティーでは、ゲストの名前や御稼業(今回の場合は親御さんの職業)を予め把握し対応を考えるのがお父様の流儀なので、私の知る限りの情報をお父様に流します。桜井くんのことを話したらソファーに体を沈めていたお父様の背中がぐっと乗り出しました。
「ほう、本当に桜井グループの跡取りが……。凛愛と同学年とは知っていたが、巡り合わせとは面白い物だね」
「お父様は桜井くんのこと知ってるんですか?」
「本人に最後にあったのは彼が小学生に上がる前のことだったかな。彼のお母さんとは乗馬仲間でね。お母さんの後ろについて必死に馬を操る彼を覚えているよ」
まあ、桜井くんは乗馬もなさるんですか。これを知ったらますます女性ファンが増えてしまいそうですね。
「凛愛も小さい頃に会っているんだが覚えてないかい?」
「残念ながら全く」
「お爺様のことが無ければ凛愛の婚約者候補になってたかもしれないんだがな」
「私と桜井くんが!?」
「おや、あまり嬉しそうじゃ無いね。やっぱり凛愛はまだお父様と結婚したいのかな?」
「冗談はおやめください」
私が真顔でそう言ったら、お父様は酷く傷ついたとばかりに頭を抱えてしまいました。
私と桜井くんが幼なじみで元婚約者候補などと言う話が出たらマキちゃんが傷つくかもしれませんし、お友達の皆様がはやし立ててきそうなので、このことに関して何も言わないよう御願いし、お父様の口に見えない糸でしっかりチャックを縫い付けておきます。
「高橋マキちゃんはお父様もご存知ですよね」
「ああ、高橋の娘か。何か不都合は無いかい?」
この言い方、やはりお父様に取ってマキちゃんは私の世話係でしかないようですね。
「お父様!マキちゃんは私の大切な友達のひとりですから失礼な態度を取ったら許しませんよ!」
「友達?……そうか仲良くなれたならそれでいい」
「何か言いたげですね」
「なに、彼女には留学のサポートをする代わりに凛愛の世話をしてもらっているからね。もし2人の友情が本物なら間にお金を挟むのはどうかと思っただけだ」
たしかに私もマキちゃんのことを単なるお父様の雇ったお世話役だと疑ったことがありました。しかし加納くんが、いかにマキちゃんが私のことを大切に思ってくれているかを教えてくれたおかげで、お金のことはふっ切ってマキちゃんと友達でいようと決意できました。
「マキちゃんはたとえお父様のサポートがなくても私の友達です。でも友達とは一緒にいたいのでこれからもサポートよろしくお願いしますね」
私がそう言うとお父様が少し面白い物を見たような顔をして、これから先のサポートを約束してくれました。
どうやって加納くんのことを説明しようか考えているうちに、彼の説明は一番最後になってしまいました。
「加納くんは私たち日本人の中で一番成績がよく、日本人よりもむしろ外国人との方が仲がいいです」
「ご家族は何をやっている子だね?」
「お父様は中小企業のサラリーマンで、お母様は英語塾の講師をしてらっしゃるとか」
「一般家庭の子なんだね。どうしてそんな子が紛れ込んでいるんだ」
お父様の話では今回の留学プランは上流階級の子息・令嬢を対象にした物だそうで、加納くんのような家庭環境の子が紛れ込むことはあり得ないそうです。
「そういえば地下で2人きりで話した時、彼のおばあさまが留学の斡旋をしてくださったと言っていたような……」
「地下で2人きり……だと……」
「ええ。談話室で一緒にテレビを見ていたときに教えてくださいました」
「一緒にテレビ……だと……!?」
あ、この言い方だとお父様を嫉妬させてしまうでしょうか。
「単なる偶然でそうなっただけですよ。何も心配することはございません!」
「しかし年頃の男女が暗がりで2人きりなど……」
「お父様、せっかく一緒にいられる時間をこんなことに使うのはもったいないと思いませんか?」
「う、うむ……しかし……」
「さあ一緒にボストンの街を見に行きましょう!」
 




