中院凛愛の友達
急いで部屋に戻ると、そこには涙でメイクの崩れた高橋さんがいました。
高橋さんは私を認めるとタタッとこちらへ近寄ってきたのですが、パッと足を止めるとこれ以上進んでいいのか迷うように視線をさまよわせます。
「リアさん、無事で良かった……」
「ひょっとして今までずっと私を捜してくれてたんですか?」
「もちろんです!もしリアさんが危ないことに巻き込まれたらと思うと……」
「それはご心配をおかけしました。もうあんな真似しませんから許してください」
「許すも何も……私の方こそ申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げる高橋さんにやはり壁を感じますが、そんな壁はこれから壊していけばいいのです。
私は高橋さんの手を取り優しく語りかけます。
「ねえ高橋さん。今日は面白いことがたくさんあったんです。私の話、聴いてくれませんか?」
「私なんかでよかったら喜んで」
そして私たちはソファーに腰掛け、高橋さんと別れてから私に何があったのかを事細かに話しました。ボストンで迷子になったこと。反対方向の電車に乗ってしまったこと。ランドリーと間違えてトイレに入ってしまったこと、洗濯かごを持ってきた加納くんを尋問したこと等々。
「そんな危ない真似はしないでください!」と訴える高橋さんの真剣な表情に少し早まったかなと反省します。
「でも加納くんは私にいろんなことを教えてくれたんですよ」
洗濯機の使い方に始まり、洗濯ネットや洗剤の必要性、クォーターの存在意義、乾燥機の使い方、そして高橋さんがどれだけ私を大切に思ってくれているか。
「加納くんは、いつも笑顔で私を支えてくれる高橋さんがどれだけ私を大切にしてくれているかに気付かせてくれたのです」
「あいつがそんなことを……」
「それを聴いて、もう二度と高橋さんの笑顔が見れないんじゃないかと思ったら、胸が押しつぶされそうになりました。ですからお願いです。これからも私の友達でいてくれませんか?」
「そんな……当たり前じゃないですか」
高橋さんが涙でぐちゃぐちゃになった顔でニカッと最高の笑顔を見せてくれます。よく見ればお母様の笑顔とはまるっきり違うのですが、それでも笑顔に透けて見える心はとても似通っている気がしました。
私がハンカチを差し出すと、高橋さんは少し迷った上でそれを受け取り涙をそっと拭いました。
「……友達でいるに当たって、ひとつ条件を付けてもいいですか?」
あ、これはひょっとして私が勝手に洗濯をしたことを怒っているのでしょうか。
「か、家事なら私も参加しますからね。それが高橋さんの仕事だからってもう全部ひとりでやるのはやめてください」
「それです、その『高橋さん』って呼び方……」
「はい?」
「私たち友達なんですよね?だったら下の名前で、マキと呼んでください!」
全く想定外の事を言われて一瞬ポカンとしてしまいましたが、実に良い案だと思います。
「そうですね、友達同士ならそれが自然ですよね。よろしくお願いしますね、マキちゃん!」
「ま、マキちゃん!?」
ちゃん付けされたのがそんなに恥ずかしいのかマキちゃんの顔が見る見る赤くなっていきます。マキちゃんは笑顔の他に、時々見せるこんな表情もかわいいんですよね!
そうだ、マキちゃんにあのことを話したらどんな顔をするでしょう?
「そういえば、加納くんが私を一人ランドリーに残して洗剤を取りにいったんですが、そのときおかしなことが起こったんです」
「おかしなことですか?」
「はい。誰もいないはずの地下室で、ドアをノックするような音がドンドンドン!ドンドンドン!と響いたのです」
「それはひょっとして一階の足音が聞こえてきたんじゃないですか?」
「それなら天井から音が聞こえてくるはずですよね。私にはその音がまるで閉じられた乾燥機の中から聞こえてきたような気がしたのです」
「それは不気味ですね……」
「それだけじゃないんです!そのすぐあと私がランドリーを出ると、まるで足を引きずるような音がどこかへ遠のいていくのが聞こえたんです」
「不思議なことがあるものですねぇ」
「ですよね!私もう怖くて怖くて……。加納くんが来てくれて本当にほっとしたんですよ」
その言葉にマキちゃんがムッとしたのがわかりました。どうやらマキちゃんには怖い話よりも加納くんの話の方が食いつきが良いようです。
「そんな顔をしないでくださいマキちゃん。こうして仲直りができたのは加納くんのおかげなんですから」
「……わかりました。それでその洗濯物はどこに有るんですか?皺にならないうちにたたんでしまいましょう」
露骨に加納くんの話題を避けますね。私としてはもう女子の間で加納くんの悪口を聞きたくないのですが……
「リアさん?」
「すいません、洗濯物でしたね。それなら加納くんが見てくれているはずです」
「あんなやつに任せてきたんですか!?」
「……どうしてマキちゃんは加納くんをそんなに毛嫌いするのですか?」
「それはあいつがリアさんに対して失礼な態度を取るからです!」
「私がそれを気にしてなくてもですか?」
「はい、当然です」
『マキちゃんと加納くんは結構似たもの同士ですからすぐ仲良くなれると思うんですけど』と言いかけて、こんなことを言ったらさらにマキちゃんが意固地になってしまうと思い口をつぐみます。
「とにかく私は私を助けてくれた加納くんの悪口をもう友達の口から聴きたくありません」
「……わかりました。ではこれから地下に行って加納くんと話を付けてきます!」
「じゃあ私もいっしょに行って洗濯物を——」
「ダメです!洗濯物も私が取ってきます。リアさんは部屋にいてください!」
ひょっとしてマキちゃん、私のいない所で加納くんに何かするつもりでしょうか?
「私は今後マキちゃんと『2人で』『一緒に』家事をすすめていきたいと思ってるんですが……」
目に光をいっぱいたたえて甘えるようにマキちゃんにお願いしてみます。
「そ、そんな顔してもダメなものはダメです。洗濯物は私が取ってきます。2人でと言うなら持ち帰ったあとで一緒にたためばいいじゃないですか。それに地下にはまだ幽霊がいるかもしれませんよ!」
たしかにそれは少し不安ですね。アメリカの幽霊って日本の幽霊よりも凶暴そうですし。
「そ、それじゃあ洗濯物はマキちゃんにお願いしますね」
「はい、任せてください!」
「加納くんと仲良くするのも忘れてはいけませんよ」
「……」
先ほどの威勢のいい返事はどこにいってしまったのですか。




