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中院凛愛の体験

 断られることを前提としてお願いしたのに、意外なことに加納くんの返事は「別にいいよ」というものでした。


 辛らつな言葉が返ってくるかあるいは無視されるかと思っていたため、どう反応すれば良いのかわかりません。私が戸惑っている間に加納くんは散らばった洗濯物をかごに集め部屋を出て行ってしまいます。


 加納くんを追いかけてついたのはやはり地下の談話室でした。トイレの方へと向かうので、またからかわれるのかと少し警戒したのですが、加納くんが向かったのはトイレの隣の部屋でした。私は勝手にそこを男子トイレだと思っていたのですが、どうやらココこそがランドリーだったようです。

 加納くんはちゃんと正しいランドリーを教えてくれていたのですね。それなのに私と来たらあんなに取り乱したりして……。穴があったら入りたいです。


 加納くんはいくつもある洗濯機のひとつにかごを置くと、私から少し離れた所で洗濯機の使い方を説明し始めました。私は加納くんの説明通りにすすめていくのですが、ネットが無かったり洗剤が無かったりでずいぶん彼を呆れさせてしまったようです。


「洗剤は高橋さんが持ってるはずだよね。部屋を探してきたら?」


 探すだなんてとんでもない!さきほど枕カバーを見つけるのに一体どれだけ苦労したことか。


「か、勝手に人の荷物を漁るなんてできるわけないでしょう」

「そんなところは常識的なんだね」

「私は極めて常識的です!」


 私の生活に加納くんの常識を持ち出されても困ります!でも……独り立ちするのならむしろ私に必要なのは彼の常識なのかもしれませんね。なんだか複雑な心境です。


 さて、洗剤が無ければ洗濯ができないようなのでどうやらこの試みは失敗ですね。一度部屋に引き上げて作戦を練り直すとしま——


「じゃあ僕の洗剤貸してあげるから、ちょっとここで待っててね」


 はい?どうしてあなたはそんなに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのですか?先ほどまで私たちかなり険悪な状況だったと思うんですけど。そんな疑問を差し挟む間もなく加納くんはタッタカ階段を上っていってしまいました。


 ひょっとして加納くんってかなりのお人好しなんでしょうか?あるいは相当の世話好き。なんだか少しだけ高橋さんと似ているような気がします。……うう、高橋さんのことを思い出したらまた枕に顔をうずめたくなってきました。


 一度気が沈んだら、なんだかこのランドリーという場所がとても不気味に感じられてきました。くすんだ白一色の空間に整然と並ぶ洗濯機と謎の機械。こんな光景を昔外国のホラー映画で見たような気がします。そんな連想をしてしまったせいか機械の中に不気味なピエロがいるような気がしてきました。


 もちろんそんなものいないのはわかりきっています。しかし一度考えてしまったら、いないと確かめない限りいる可能性は消えません。幸いその機械は前面がガラス張りになっていて外から中がうかがえます。手前の機械からひとつひとつ確認していったら、そのひとつに大量の衣服が入っていました。もしかしたらこれは乾燥機かもしれませんね。そう思ったら少し気が楽になりました。乾燥機に人が入っているわけありませんもの。


 最後の機械をのぞき何も無いことに胸を撫で下ろした瞬間——ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!!ものすごい音がしました。怖くなってランドリーを飛び出そうとしたとたん、ピタッと音がやみました。


「加納くんですか!?いるなら出てきてください!!」


 しかし返事はありません。その代わりにジャリ……ジャリ……と引きずるような足音がどこかへ遠ざかっていくのが聞こえます。どうしましょう、怖くて体が動かせません!


 足音が聞こえなくなりしばらくして、私が洗濯物を放って部屋に戻ることを決意した瞬間、ギィッと談話室の扉が開きました。もうやめてください!


 おそるおそるランドリーから扉の方を覗くと、赤い容器を持った加納くんがやってくる所でした。これまで気に障っていたあの人の無愛想な顔も、今この時だけはずいぶん頼もしく感じます。思わず安堵のため息をついていました。




 その後私は洗剤の使い方や、クォーターの利用法、そして乾燥機(やはり乾燥機でした)の動かし方などを教えてもらいました。その間いつ先ほどの霊現象が起きてもいいように加納くんを盾にしていたのですが、なぜか何も起こる気配がありません。


 私がビクビクする間も淡々と説明を続ける加納くんがなんだかとても大きく見えます。——はっ、もしやこれが有名な吊り橋効果というやつでしょうか!?私よ騙されてはいけません!




 加納くんの説明が一通り終わりました。しかし洗濯機の表示を見ると止まるまでだいぶ時間があります。そうだ、加納くんに先ほどのことを相談してみてはいかがでしょう。ひとりで怖がっているよりはだいぶましになるかもしれません。


 ところが加納くんはそんな私を置いてさっさと部屋に戻ろうとしています!


「それじゃあ後はがんばってね」

「え?ちょっと!」

「どうしたの?」

「……洗濯が終わるまで私はどうすれば良いんですか!?」

「どうすればって……談話室でテレビでも見てたら?」

「こんな場所で、私一人でですか?」


 どうか私をひとりにしないでくださいませ!!

中院凛愛の(心霊)体験でした

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