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中院凛愛の孤独

本日1話目

 電車とバスを乗り継いでなんとかチェスナットマナー大学に戻ってくることができました。高橋さんと決別した寂しさと、1人では電車にもまともに乗れない不甲斐なさに今日はもうへろへろです。私は着の身着のまま事切れるようにベッドにうつぶせに倒れました。


『リアさん、服が皺になってしまいますよ』


 頭の中に高橋さんの口癖が響きます。思わず隣のベッドを確認してしまいましたがもちろんそこに高橋さんはいません。初めはなんて手狭な部屋なんだと思ったものですが、高橋さんのいない今、このふたり部屋は空しいほどに広く感じられます。


 枕に顔を押し付けて漏れ出る声を殺します。幸いほとんどの学生が外に遊びに出ているようで、私の呻きをとがめる人は誰もいませんでした。


 一通り泣いて顔を上げたらメイクでぐしゃぐしゃになってしまった枕がそこにありました。この枕を見たら高橋さんもどれくらい私が悲しかったのかわかってくれるでしょう。


 って、私は何を打算的なことを考えているのでしょうか!独り立ち宣言をしたからにはそんな惰弱な姿を高橋さんに見せるわけにはまいりません!この枕カバーだって自分で取り替えてちゃんと洗濯するのです。


 私は枕カバーを洗濯かごにつっこんで、替えのカバーを探します。私のクローゼットのどこを探してもなかったので、申し訳なく思いながらも高橋さんのクローゼットを探します。最終的には長持ながもちの中から枕カバーは発見されたのですが、なぜか目の前に泥棒にでも荒らされたかのような光景が広がっています。


「どうやら私には探し物の才能がないようですね」


 ひっくり返したものを苦労しながら片付けます。ひょっとして私に無いのはお片づけの才能でしょうか。高橋さんだったらすぐに私の必要なものを取り出してくださるのに……。おっといけません。また高橋さんに頼ろうとする弱い自分が出てきてしまいました。


 片付けが終わったら次は洗濯です。高橋さんの話では地下にランドリーがあったはずです。


 私は高橋さんが買ってくれたメッシュの折りたたみ式洗濯かごを持って薄暗い地下に降りてゆきます。甲高く響く階段や、低い音で唸る自動販売機など少しも怖くありません、本当です。


 なんとか地下の談話室の扉の前に辿り着いた私は、洗濯かごで両手が塞がっていたので肘で重い扉をこじ開けました。するとひんやりとした風がドアの隙間から流れてきました。




 ドアの向こうにあったのはなんともステキな空間でした。壁には絵画やタペストリーが飾られていて、地下室とは思えないような明るい光がそれらを照らしています。そのうえクーラーが設置されていて自室よりよっぽど快適です。大型テレビの前にはオシャレなローテーブルとソファーが並んでいて、寮生の憩いの場になっていることが簡単に想像できました。談話室というだけのことはありますね。


 部屋の奥にはビリヤードの台がふたつ置いてあり、ひとつでは今まさに真剣勝負が繰り広げられているようでした。学校の寮でこんなことができるなんておしゃれですね。


 ところがそんなオシャレなスポーツを楽しんでいたのはあの加納くんでした!


「何をやってらっしゃるの?」


 思わず声を掛けてしまいました!こんなのバドミントンのサーブ直前に声をかけられるようなものです。案の定加納くんの手玉は明後日の方向に転がってしまいました。もうしわけありません。


「中院さんこそなにしてるの?みんなと観光にいってるはずじゃ?」


 何の他意も無い質問なのでしょうが、高橋さんとけんか別れした私には痛みを伴う質問です。


「そんなに毎日出歩いているわけではありません!」


 思わず嘘をついてしまいました。今日まで毎日ボストン観光を楽しんでいたというのに。きっと加納くんもそれに気付いているから先ほどの質問をしたのでしょう。なんとか話をそらさなければ……。


「今日はたまってしまった洗濯物を洗おうと……じ、じろじろ人の洗濯物を見ないでください!」

「はいはい。ランドリーはあちらです。どうぞごゆっくり」

「ご親切にありがとうございます!」


 加納くんの慇懃無礼な態度に思わずこちらの態度も悪くなります。しかし私がランドリーを探しているのを察してアドバイスをくれるなんて基本的にはいい人なのかもしれません。私はアドバイスにしたがいランドリーに入りました。


 さっそく前言撤回です。加納くんは最悪な人でした。この設備のどこがランドリーですか!たしかに水道はありますが、ここはどうひいき目に見てもトイレ以外の何ものでもありません!洗面台で洗えとでもおっしゃるのでしょうか!


「いくら私の事が気に入らないからってこの仕打ちはあんまりです!」


 泣きっ面に蜂とはまさにこういうことなんでしょうが、こんな人の前で泣いてたまるもんですか!


「いつも私を見下して、そんなに楽しいですか!?」

「ええ!?僕を見下してるのはむしろきみたちのグループでしょ?」

「この期に及んでよくもそんなことが言えますね!私もうあなたとは同じ空気を吸いたくありません!!」


 私は談話室の重い扉を両手で勢い良く開け放ち、自室へと廊下をひた走ります。悔しくて、寂しくて、空しくて、いろんな感情がないまぜになって、私の目から涙となって溢れ出します。このままでは新しい枕カバーまで汚してしまいそうです!

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