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中院凛愛の憂鬱

 授業をまるまるひとつサボってしまった私たちは研修所の所長であるパメラにこっぴどく怒られてしまいました。アメリカの大学では無断欠席3回で退学などと言うことも珍しくないそうです。初っぱなから手痛いミスをしてしまいましたがこれも勉強だったと思うことにしましょう。繰り返さなければいいだけの話です。


 少し遅れて入った文法のクラスではみんなが私たちを笑っているような気がして、とてもいたたまれない気分になりました。もう絶対に遅刻はしないと固く拳を握ります。すると『フン』と嘲笑うような音が隣りの席から聞こえてきました。あの問題児加納くんです!


「言いたいことがあるならはっきりと言ったらいかが?」

「ご、ごめん。授業中だから静かにしてくれる?」


 ムッカ〜!なんなんですかこの人は!?たしかに遅刻した私たちが一番悪いのでしょうけど、授業があることがわかっていたならそれとなく教えてくださればいいじゃないですか!それを問題児でも諭すかのような口調で……あれ?ひょっとして端から見たらこの人よりも私の方がよっぽど問題行動を起こしてるように見えるのでしょうか!?まずいです!いくらなんでも加納くん以下という評価は私のプライドが許しません!せめて授業内容では私が圧倒してみせます!


 私が打倒加納くんに燃えていたら『リア様の敵は私たちの敵です!』と女の子たちが一致団結するようになりました。加納くんには悪いですがここは仮想敵となっていただいて、女性陣の成績アップに協力していただきましょう。


 加納くんは予想以上に仮想敵にぴったりの人でした。まず日本人の誰より小テストの成績がいいのです。私が一生懸命勉強して90点を取っても、加納くんはさらりと100点を取ると言った具合で、皆様の勉強意欲を駆り立ててくれます。そのうえ彼は常に外国人とコミュニケーションを取っているので、日本人のつながりに全く入ってこようとしません。それどころか私たちに向かって「日本人同士でかたまってたらいつまでたっても英語喋れるようになれないんじゃない?」と挑発してきたのです。そして3日も立たないうちに彼は仮想敵から本当の敵になっていたのでした。




「あいつほんとに性格悪いよね」

「私目が合ったら視線をずらされた!無視してるのはお前じゃなくてこっちだっつうの!」

「なんにも喋らないけど存在自体がイヤミだと思わない?」

「ああ、『何しにアメリカ来たの?』とか普通に言いそう」

「超ありえる。お前こそ何しにきたんだよって感じだよね」


 ここのところ夜のカフェテリアで加納くんの悪口を言いあうことがお決まりになってきました。加納くんはなぜかディナーに来ないので、皆様日本語で言いたい放題言っています。慣れない生活や通じない言葉で溜まっているストレスを加納くんの悪口で発散しているのでしょう。加納君には申し訳ありませんがこのまましばらく皆様の心のサンドバッグになってください。


「こんばんは。みんな盛り上がってるみたいだけど何の話をしてるの?」


 悪口で盛り上がっているところにメンターである高岡先輩がやってきました。彼女は加納くんと同じ学校ということもあり、加納くんを優先させる傾向があるのでやはり皆様に嫌われています。

 案の定、誰も高岡先輩の質問に答えないので私が代表して会話を続けます。


「どうしても慣れないことばかりでストレスが溜まるのでお喋りして発散していたところですわ」

「そっかー、そうだよね。私も来たばかりのころはストレスで体重が……。そうだ!みんなはもうボストン観光いってみた?」

「いいえ。どうやってボストンの街中まで行けばいいのかもわからなくて……」

「じゃあ明日は学校終わったらみんなでボストンに繰り出そうか」


 それはいいですね!誰かの悪口を言いあうより、お買い物の方がずっとストレス発散になるでしょう。




 翌日の放課後、私たちは寮の前で高岡先輩の呼んだタクシーを待っていました。


「みんなもタクシーを呼べるように今日はまず携帯電話を買いに行きましょう」


 日本から携帯を持ってくる子も大勢いましたが、私が携帯を持ってきていないと知るとみんなでお揃いのものを持とうということになりました。お父様にアメリカでの携帯を禁止されスカイプでしか外部との連絡を許されていなかったので、勝手に携帯を持つということに背徳感を覚えると同時に、独り立ちへの期待感に胸が膨らみます。


「あれ?そういえばシュウスケは来てないの?」


 まったく、今日は日本人全員でボストンヘ行くはずなのにあの方は何をしているのでしょう?


「ケイはシュウスケと同室だよね。何か知らない?」


 高岡先輩が桜井くんを呼び捨てにしたことで周囲の子たちがざわめきます。そろそろみんなの呼び方が定まってきたところで1人だけ桜井くんを呼び捨てにするのはいかがなものでしょう。


「あ、俺……シュウに今日のこと話すの忘れてたかも。ちょっと行って呼んできます」

「あ、桜井くん!それには及びません」


 高橋さんが桜井くんに話しかけます。私が友達には様付けをして欲しくないと高橋さんに言ったことが皆に伝わったようで、いつのまにか慶様のことも桜井くんと呼ぶことが暗黙のルールとなっていました。


「どういうこと、高橋さん?」

「その……加納くんには私からお誘い申し上げたんですが、あいにく外国人のお友達と約束があるそうで——」

「ああ、そういえばあいつ、最近ニコラとやけに仲がいいもんな。留学生活を誰よりも楽しんでやがる」

「ですから今日は加納くん抜きで行きましょう」


 なるほどそういうことでしたか。先約があるのならば仕方ありませんね。

 でももう少し日本人同士の仲間意識を持っていただけると、聞きたくもない悪口を聞かなくてすむと思うのですが——。




 Tモウブルというお店で皆さんとお揃いの携帯を高岡先輩に契約していただいたあと、私たちはボストンのオシャレな街に繰り出しました。近代的なガラス張りの高層ビルがあるかと思えばそのすぐ隣りに荘厳な図書館があったり、アンティーク調の家が並んでるかと思えばその中に最先端ブランドのショップがあったりと、古いものと新しいものが絶妙なバランスで混ざりあっています。ああ、なんて素敵な街並なんでしょう!


「こんなに素敵な経験ができたのに、加納くんはもったいないことをしましたね」

「でもあいつを誘わなかったからこうしてみんなで楽しく過ごせたんですし」

「……誘わなかった?」


 高橋さんの言葉に思わずオウム返しをしてしまいました。


「はい。私から誘うなんて変ですよね」

「でも桜井くんが呼ぶのを忘れていて、寮に呼びにいこうとしたら……」

「え〜?凛愛さんはあいつがいたほうが良かったって言うんですか?」

「いえ、そういうわけではありませんが……」


 どうしましょう。ストレスのはけ口に仲間内で悪口を言うだけならともかく、これでは完全にイジメではないですか!いくら彼が気に入らないとはいえ、これから3ヶ月一緒に過ごす仲間だということを皆様わかっているんでしょうか?


 ああ、高校のクラスでは全くイジメなどありませんでしたのに!でもあの時は状況が少し特殊だったのかもしれませんね。なにせ幼稚園から一緒の方がほとんどでしたし、中高で外部からやってくる方も最初こそ戸惑いますが、懇親会を開くことですぐにお友達を見つけて学園に溶け込んでいましたから……。


 あっ、そうです、懇親会です!


「高岡さん、少々お時間よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん」


 他の皆様が日本人向けのお店に夢中になっている間に、私は高岡さんと一緒にお店の外へ出ます。


「今回は加納くんが……その、先約があるとのことだったので来れませんでしたが、やはり私、日本人同士のつながりは大切だと思うのです。そこで今度のお休みにでも懇親会を開きたいと思うのですが」

「懇親会?」

「ええ。私の母校ではみんなでレクリエーションに歌を歌ったりスポーツをしたりして過ごすのです」

「いいわねそれ!」

「ただ……私たちと加納くんの間には少しわだかまりがあるので、高岡さんから加納くんに話を通してもらえると……」

「わかったわ。そうだ!その懇親会私がプロデュースしてもいいかな?」

「願ってもない話ですわ。高岡さんほどボストンに精通していらっしゃる方はいませんし、私も何をやるのか楽しみにできます」


 こうして週末に日本人同士の親睦を深めるための懇親会が開かれる運びとなりました。これで日本人同士もっと仲良くなることができるでしょう。いまから週末が楽しみで仕方ありません。

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