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アミーコ

「いや、さすがにそれは……」


 無理だよと言いかけたのをぐっと飲み込む。僕に告白を手伝えだなんて、いったいマキちゃんは何を考えているんだろう。


「あ、別に今すぐ告白するってわけじゃなくて。……そうだなぁ、私がアーグルトンを辞める前に気持ちを伝えられたらそれでいいよ」

「は?アーグルトンを辞める?」

「うん。まだどうするか具体的には決まってるわけじゃないんだけど、リアさんがちゃんと一人暮らしできるようになったら辞めるつもり」

「べ、別に辞めなくてもいいんじゃ……」


 思わずそんな言葉が口をついた。どうやら僕はこの数週間でだいぶマキちゃんのことが好きになっていたらしい。今までちゃんと意識したことが無かったけど、心ではマキちゃんのことをとっくに友達だと思っていたようだ。マキちゃんが辞めると言った瞬間、僕の心に一番最初に浮かんだのは『嫌だなぁ』という思いだった。

 僕のそんな気持ちが表情に出ていたのかマキちゃんがとても意外そうな顔をする。


「アンタがそんなこと言ってくれるなんて意外だね。せっかく邪魔者がいなくなるのに」

「邪魔者だなんて。確かに恋のライバルだとは思ってるけど……」

「けど、何?」

「うーん、どうやら僕はマキちゃんと友達になりたいみたいなんだ」

「ハハッ、なにその曖昧な感じ?」

「僕もたった今自分の気持ちに気付いたところでね」


 家事が得意で、世話好きで、リアのことが大好きなマキちゃん。こんなに趣味が合うなんて、出会い方が違っていたらきっととっくに友達になれていたんじゃないだろうか。


「好きな人をアンタに奪われたばかりなのに、普通そんなこと言うかな」

「う、ごめん」

「もっと心を込めて謝れ」

「誠に申し訳ありませんでした」


 テーブルに両手をつき深く頭をたれる。


「ハハ、なにそれ、政治家じゃないんだから、もっと……普通に……」


 グスっと鼻を鳴らす音が混じる。泣いてるのかと思い顔を上げようとしたら、がしっと頭を押さえつけられた。


「見るな」

「はい」


 僕たちのそんな様子を見てか、マキちゃんの泣き顔を見てか、エリオが心底困ったような声で何か尋ねてくる。しかしイタリア語では僕もマキちゃんも何を言ってるのかさっぱり要領を得ない。

 どのようにエリオとコミュニケーションを取るか考えていたら、マキちゃんが僕の頭を離してこんなことを訊いてきた。


「ねえ、友達ってイタリア語で何て言うんだっけ?」

「ん?えっと、アミーゴ……はスペイン語か。あ、でもスペイン語とイタリア語は似てるって言ってたっけ」

「そうなの」


 そうつぶやいたマキちゃんはエリオに向き直り、僕を指差しながらこう言った。


「ヒー イズ マイ アミーゴ。アミーゴ。伝わってる?」


 ツンなマキちゃんがついにデレた!


「Amigo? ……Oh, Amico! アミーコ!!」

「イエス、アミーコ、アミーコ!」


 パーッと顔を輝かせるエリオの髪をマキちゃんが『よくできました』とばかりになでている。


「これで恋人役は終わりだから。今日から私たちは、その……」

「アミーコ?」

「そう!アミーコ」

「それじゃあ学校辞めるって話は……」

「あ、それは別。たしかに居場所が無いから辞めようって思いもあったけど、それ以上に美容師学校に行きたいって思いもあったから」

「そっか、せっかくアミーコになれたのになんか残念だな。でもマキちゃんの夢だもんね。応援してるよ、アミーコ」


 するとエリオが「ノッ!」と言いながら何かを訴えだした。


「マキ シウ アミーコ。シウ マキ アミーカ」

「あ、イタリア語では性別で語尾が変わるんだっけ」

「えっと、つまり僕からマキちゃんに呼びかけるときはアミーカで」

「私からアンタがアミーコってこと?」


 互いを指差しながらエリオに確認してみると「Si (Yes)」とにこやかに返事が返ってきた。


「ただでさえ英語を覚えるのが大変なのに、性別で使う言葉が変わるなんて私にはイタリア語絶対無理だなぁ……」

「そこはエリオに日本語を覚えさせればいいよ。きっとニコラに似て頭いいだろうし」

「べ、別にエリオと話したいとか思ってないから!その、ニコラともっと仲良くなりたいだけだから……」


 あれ?この反応、ひょっとしてエリオも頑張ればどうにかなったりしちゃうのかな?

 がんばれエリオ、僕はお前を応援しているぞ!






 「たまには違うものが食べたい!」とニコラにごねたら、マスターがバスで中華料理のレストランに連れて行ってくれることになった。当然ニコラも一緒に来るのかと思ったが、忙しいから一緒に行けないとマスターに謝っていた。珍しくオシャレをしていたからあの男とのデートかもしれない。


 まあ、そんなことはどうでもいい。俺はマスターと一緒にいられればそれでいいんだ。唯一の問題があるとしたら……それは、俺がマスターたちのお邪魔虫かもしれないということ。




 俺がマスターの弟子になって以来、シウは授業が終わるとすぐにマスターのもとに駆けつけ、俺の体術の稽古に付き合ってくれた。この時点で俺からシウへの評価はぐっとよくなった。これならマスターのパートナーとして認めることができそうだと思った。


 しかしマスターとシウは稽古以外で互いの体をさわることが全く無かった。キスやハグをしないどころか手をつなぐことさえもしなかったのだ。不思議に思いニコラにこのことを話すと「日本人は恥ずかしがりやが多いからね。彼らは2人きりのときにしかキスしないの」と教えてくれた。


 つまり俺が2人きりになるのを邪魔しているからマスターたちはキスできないらしい。俺のことなんか気にせずにもっとイチャイチャすればいいのに。……いや、やっぱりそれは嫌かもしれない。


 ハア、マスターを応援したいのにしきれない、なんとも微妙な心境だ。




 バスでやって来たレストラン……というよりはトラットリアと言った方がいいこじんまりとした店の中は、これまでに嗅いだことも無いような匂いで溢れかえっていた。壁にはわけのわからない飾りがあちこちにあり、なんともオリエンタルな空気が満ち満ちている。


 俺はマスターたちが席に着くのを見計らって、壁飾りを見に行くフリをした。2人きりにしてあげようと言う俺のわずかばかりの心遣いだ。


 ところが2人きりにした瞬間空気が険悪になりだした。シウの申し訳なさそうな顔から察するに、またあいつがリーアに浮気したのかもしれない。こんなに魅力的な女性がそばにいるのにお前は何をやってるんだ!


 マスターを慰めてあげたいけど、ニコラがいないからどうすればいいのかわからない。俺は必死に自分の知っている英語で話しかける。


「マスター、ユー オッケー?」


 俺の言葉にマスターが泣きそうな顔で何か応えてくれた。きっと『大丈夫』とかそんなことをいったんだろう。しかしちっとも大丈夫そうには見えない。


 マスターたちの話し合いは静かにヒートアップし続けて、ついにシウがテーブルに頭をついた。DOGEZAだ!ここにはタタミマットがないから膝をつくことはできないけど、俺はそれがDOGEZAであることを直感した。


 マスターはDOGEZAするシウの頭を押さえつけると、ぽろぽろと涙を流した。ここまでくればこれが別れ話だったんだと言葉のわからない俺にも理解できた。


「マキ、泣かないで。俺がそばにいるから。マキのことが大好きな男がここにいるから!」


 必死に励ましてもマキはキョトンとするばかりだ。ああ、なんで俺は日本語が喋れないんだろう。


「マキ、絶対君にふさわしい男になるから。そのためなら日本語だって覚えてみせるよ。だから俺に時間をくれないか?」


 通じないのはわかっていても言わないではいられなかった。それほどマキの泣き顔は寂しく、そして美しかった。


 マキは俺が差し出したハンカチで涙を拭うとシウの頭を離して、シウと何か相談し始めた。そして俺に向かい必死に何かを訴えだした。


「ヒー イズ マイ アミーゴ。アミーゴ」

「Amigo?」


 なんだアミーゴって?あ、ひょっとして英語じゃなくてスペイン語か?だとすると……


「 Oh, Amico! 友達か!!」

「イエス、アミーコ、アミーコ!」


 言葉が通じたのが嬉しかったのかマキが俺の頭を撫でてくれる。いつもは技を覚えたときにちょっと撫でてくれるだけなのに今日は大判振る舞いだ。


 このあとシウがマキに対して男に使うべき「アミーコ」と呼びかけていたので、そこは「アミーカ」と言うんだと身振り手振りで教えてあげた。どうやらこの2人は別れても友達関係を続けていくようだ。


 それにしても言葉が通じないことのなんと寂しいことだろう。言葉さえ通じれば俺がマキを慰めてあげられるのに。ああ、どうにかして日本語を覚えられないものだろうか。


 そうだ!イタリアに帰ったら日本語の教室が無いか探してみよう。もしそれがダメでもアニメを観て自力で覚えてみせるまでだ!!

250,000アクセスありがとうございます。細々とやってきたかいがありました。


残すところあとわずかとなりましたが、是非最後までお付き合いください。

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