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ハーバード大学

 え?今ケイなんつった?


「アーグルトンには来ないって……ひょっとして、合格点取れたの!?」


 そろそろネットでトーフルの模範解答が発表されているはずだ。もしかしたら自己採点の結果ニコラと同じ大学ヘ行けるようになったのかもしれない。


「いや、やっぱり合格点には達してなかった」

「そ、そうか……あんなに頑張ってたのにな」

「あと3点で合格だったんだけどな」

「あと3点!?」


 そんなの誤差の範囲内じゃないの!?もし自分が同じ立場だったら血涙を流して悔しがるかもしれない。ケイからはそんな様子が見受けられないけど、ひょっとしてもうひとり部屋で血涙を流したあとだろうか?


「そのわりには……ケイはずいぶんと落ち着いてるね。僕だったらとても受け入れられそうにないけど」

「まあ、最初は泣いて悔しがったけどさ——」


 ああ、やっぱりそうだよねぇ。いつもクールな男を装ってるけど、3ヶ月も一緒にいれば行動パターンも読めてくる。


「ニコラとこれから先の事を話し合って、俺たちの進むべき道を決めたらだいぶ落ち着いたよ」

「ケイとニコラの道?」

「ああ。元々俺はジェット機の操縦を覚えるためにこっちに来たって言ったよな?」

「それを蹴ってニコラについてく事を決めたんだよね」

「そうだ。そんな事を許してもらえるのは、そもそもこの留学が俺に箔をつけるためのものだったからなんだ」


 ケイが言うには、大学で箔をつけさせたいケイ親族と、ジェット機の操縦をしたいケイとの折衷案が『アメリカの大学に留学してパイロットの勉強をする』というものだったらしい。


 それがニコラを追ってケイがより上の大学を目指すことになり、親族は諸手を上げてこの事態を歓迎してくれているそうだ。


「でも結局合格できなかったわけだよね。これからどうするんだよ?」

「まあ待てって。人の話は最後までちゃんと聴くもんだ」

「お待たせ〜。って、2人で何を日本語で話してるの?ひょっとして私には聞かせられないいやらしい話とか?」


 ニコラができたてのオムレツをテーブルに起きながら僕たちをからかう。


「いや、俺たちのこれからをシュウに説明してたんだよ。今からニコラについて話すつもりだったんだ」

「じゃあ私の事は私から説明するよ」


 ニコラの説明によると、地元で『天才だ、ミラノの誇りだ』と騒がれたニコラはポンポンと飛び級や留学の話が決まったらしい。だけど元々留学の予定などなかったニコラはたいして英語が得意と言うわけではなかったそうだ。


「それでも学校で1番だったんだろ?」


 ケイが自分の事のように自慢げに話の腰を折ってくる。


「いくら学校で1番でも、いきなりアメリカの大学に行けってのは無理があるってば」

「あ、だからこの語学研修所に来たって事?」

「そう。まずはここでアメリカの大学に行けるよう英語のレベルを上げようと思ってさ」


 つまりニコラはこの夏のたった3ヶ月の間に、中学生レベルだった英語を留学生に求められる最高レベルにまで引き上げてしまったらしい。全くどんな天才だよ。


「あ、そういえばこっちに来てすぐに受けたSATでは、僕もケイもニコラに勝ってたもんな」

「あのころは私も子供だったってことだよ」


 今も子供だろうが!とツッコミたいけど、このカフェテリアにいる誰より成績のいいニコラに思わずツッコミも引っ込む。


「それでここを卒業したらこの辺で最高レベルの大学に行って……そのあとは地元に帰るんだっけ?それともどっかの大学院に行くのかな?」

「ううん。こっちの大学のレベルに慣れたら次はハーバードに編入トランスファーするつもりなの」

「ハーバードだって!?」


 地域最高レベルの大学どころか、世界最高峰の大学じゃないか!僕にはどうやって入学すればいいのかさえわからない。


「まあ!ニコラはハーバードに行くんですか?すごいですねぇ」

「え?ハーバードって、あのハーバードですか!?」

「このまえ私たちが観光に行って来たあのハーバードですよ!すごいですねぇ」


 リアとマキちゃんがランチのトレーを持ってやって来た。ニコラに勧められるまま僕たちのテーブルにつく。リアにしては珍しくかなり興奮して『すごいですねぇ』を連発している。


「そういえばリアたちはハーバード観光にも行ったんだよね。どうだったの?」

「とってもすごかったですよ!ねえ、マキちゃん!」

「はい。歴史ある建物に素晴らしい美術品の数々……。観光地としてもとても素晴らしい所でした。リアさんはそんな中でもとても堂々としてらっしゃって、ハーバード生に間違えられたんですよ」


 リアの事なのにマキちゃんがとても自慢げである。ケイといいマキちゃんといい、自分のパートナーの事がホントに好きなんだな……

 って、パートナーって何だよ!今の無し!撤回!リアはマキちゃんのパートナーじゃありませんから!


「マキちゃん!将来ハーバードに行くニコラの前でその話はやめてください。恥ずかしいです」

「そうだ、話を戻そう。ニコラは将来的にハーバードに行くとして、それってケイの進む道とますます離れちゃうんじゃない?」


 この辺の最高レベルにすら達していないケイと世界最高峰のニコラじゃ雲泥の差がついていると言っても過言じゃないだろう。そんな2人が一体どんな道を進むと言うのか。


「私は取りあえず、学校のランクを少しだけ落としてケイと同じ学校に行く事にしたの」

「え!?それってハーバードに行く上で不利になったりしない?」

「ハーバードに行く上で重要なのは学校の名前よりも、私がどれだけの成績を修めることができるかだから。オールAを取ってハーバードの門を叩くから大丈夫!」


 何このイタリア人、超カッコいいんですけど。対してこっちの日本人と来たら……


「お前はそれでいいのかよケイ?たしかにそれならあと数セメスターは一緒にいられるかもしれないけど、結局はバラバラになっちゃうんじゃないの?」

「誰がバラバラになるって?」

「だからお前とニコラだよ。確かに数ヶ月でも一緒にいたいって気持ちはわからなくもないよ?でも——」

「ああ、そういえばまだ言ってなかったな。実は俺も、ニコラを追ってハーバード、受ける事にしたよ」

「え、マジで!?」


 話を聞くと、この夏最後のトーフルが終わってからこちら、ケイはニコラと同じ大学に行けない事にへこみ、ニコラの家族にへこまされ、この3ヶ月で1番の絶望を味わっていたらしい(2番目の絶望は僕がニコラに手を出したと勘違いした時)。


 その絶望から救い出してくれたのがやはりニコラで、ケイと同じ大学にランクを落とす代わりにハーバードへついてくるように言われたそうだ。


「それってかなりの無理難題じゃね?」

「たしかに日本だったら一緒に東大に来てって言うようなものかも」

「それはずいぶんハードルが高いですねぇ」


 僕だけじゃなくマキちゃんもリアもケイの言う事に少しも希望を見いだしていないようだ。


「あ〜っ、なんとでも言えよ。俺は絶対にニコラと一緒にハーバードに合格してみせるからな!そしてニコラの家族に、ちゃんと恋人として俺の事を認めてもらうんだ!!」


 まあ、一気に僕のトーフルスコアを追い抜いて行ったケイの事だ。今後も死ぬほど努力を続ければ、どうにかなる可能性が少しは出てくるかもしれない。ここは友達としてちゃんと応援しといてやるか。


「がんばれよ、ケイ。そう言えばリアとマキちゃんはトーフルの自己採点やってみた?」

「扱いがぞんざい!もう少し励ますなりなんなり無いのかよ!?」

「リアルな生活が充実しているケイくんは恋人に励ましてもらえばいいんじゃないカナー」


 僕がイヤミでそんな事を言ったら、ケイがリアと僕を交互に眺め、不思議そうな顔を浮かべてこう言い放った。


「あれ?おまえら付き合ってるんじゃねぇの?」

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