モハックハーレム
マキちゃんたちが部屋に引っ込んだまま戻ってこないので、僕は女子エリアのドアをひたすらノックし続ける。ドアのガラス越しに女の子が一人出てきたのが見えたが、僕の姿を認めた瞬間驚いたように部屋へと帰ろうとする。
「待って、僕だよ!靴のシュウ」
「シュウ?ホントにあなたが?」
そう言って恐る恐るドアに近づいてくるタイ人の女の子。こんな世紀末な髪型してたらその反応も当然っちゃ当然だよね。ヒャッハ——!!とか叫ばないからどうか安心してほしい。
「どうしちゃったの、その頭」
「ちょっとね。マキちゃんにこの髪を切ってもらうからここ開けてくれない?」
そういうことならとドアを開けてくれる女の子。こんな頭でも信用してもらえるなんて、僕の女にだらしないというイメージはどうやらもう完全に払拭されているようだ。噂の鎮火をしてくれた真由子さんに感謝!
などと思っていたら、ドアの隙間からこちらを伺っていた真由子さんが姿を現した!
「ええ〜!?シュウスケ、なにその髪型!?」
驚きすぎて呼び方が以前のものに戻ってますよ。そしてなにと訊きたいのは僕も同じです。
「なんなんでしょうね〜。英語ではモハックって言うらしいですよ」
「ねえ、ちょっと触ってもいい?」
あれ?なんか好感触?
「ど、どうぞ」
「うわぁ、横はショリショリで真ん中はぶわーって。ハハハ、キモチー」
悪くない……悪くない状況だな、うん。まさかモヒカンにこんな効果があるだなんて思いもしなかった。
「マユコー、何かあったの?」
「え、その男誰?」
「まさかそいつが真由子の彼氏!?」
真由子さんの声に、まだ寝ていたのか寝癖のついている女の子たちが次々とやってくる。目、肌、髪の色が違う女の子たちを見ていると、この場所こそが人種の坩堝だと思えてくる。そんなみんなに慕われてる真由子さんはホントにかっこいいなぁ。
「違うよ、みんなよく見て」
「あ、シュウじゃん!どうしたのその頭!?」
「オウ、クレイジー!!(褒め言葉)」
「ちょっと私にも触らせてよ」
「セイ チーズ!」
「チーズ!」
次々と僕の頭に手を伸ばしてくる女の子たち。まさかこの髪のせいで女の子にモミクシャにされるとは想像だにしなかった!は、ひょっとしてこれがモテ期というやつなのか!?
僕が疑似ハーレム体験を楽しんでいると、騒ぎを聞きつけたリアとマキちゃんがこちらへとやって来た。
「あ、マキー、リア!あなたたちもコレ触ってみない?気持ちいいよ」
「ノーサンキュー。……ちょっと、あんた何してんの?」
「マキちゃんに残った髪も切ってもらおうと思って来たんだけど、なぜか想定外の事態に……」
「皆さん、これからシュウの髪を切るのでどいてください!」
腰にハサミのベルトをつけたままのリアが、普段は隠しているカリスマオーラで女の子たちを散らす。さらば幻のハーレム。
「えー、切っちゃうの?そのままでいいじゃん」
「とっても個性的で面白いのに」
「スカンクみたいでかわいいのにね!」
最後の言葉にマキちゃんと真由子さんが凍り付く。どうやら2人とも軽いスカンク恐怖症のようだ。
彼女たちにスカンクが連想される髪型を見せ続けるわけにもいかないだろう。少し名残惜しいけど、僕はリアに髪を切ってもらう事にした。
「オシャレ坊主でお願いします」
「かしこまりました」
今度は洗面台の前に椅子を持ってきて切ることになった。最初からこれなら自分の髪型を確認できたのに。まあ、大勢の男がパンツで生活してる男子エリアでやるわけにもいかないし、朝早くに女子エリアの洗面台を占拠するわけにも行かないので外でやる事になったのだが。今は見せ物のようになっているので洗面台を使ってもかまわないだろう。って、僕は引退する力士じゃないっつーの!
リアとマキちゃんに残った髪を切ってもらうと、オシャレ坊主と言うよりか、単なる坊主が鏡から僕をみつめていた。
「や、やっぱり頭の形がいいから似合ってるよ……うん」
「最初からこうしておけばよかったですね」
などと言いながらさりげなくリアが僕の頭を撫でている。やばい、そんなことされたら衆人環視のもとおもいっきり赤面してしまいそうだ。僕は即座に顔を伏せる。そのまま後頭部を撫で続けるリアに、僕は『勘弁してくれ!』と聞こえぬ声で叫ぶ。『やるなら2人きりのときにお願いします!』とも。
坊主になったらもうどうでもよくなったのか、日本人を残して他の子たちはみんな自分の部屋へと戻って行ってしまった。さっきまでの熱狂はいったい何だったんだろう。おそるべしモハック効果!
「おい、シュウ!なんだよその頭!野球少年かっ!」
カフェテリアでランチを摂っていたらケイたちに捕まった。ケイにとって僕がこんな髪型になるのはかなりの想定外だったようで、驚きながら笑っている。器用なヤツだ。
「ねえ、さわってもいい?うわー、すごい」
「ニコラ!食事の前にそんなもの触ったらだめだ!」
黄色ブドウ球菌がどうの、食中毒がどうのと言っているが、恋人が他の男の頭を撫でているのが気に食わないってのが本心だろう。
「はい、ストップ、ニコラ。食べる前に手を洗っておいで」
「仕方ないなー。私が戻る前に食べたら嫌だからね」
「それにしてもケイはずいぶん語彙力増えたな。黄色ブドウ球菌って」
「まあ、ニコラと同じ大学行くために頑張ったからな。語彙力はお前より増えたんじゃないかな」
「ほほう。じゃあアーグルトンでは電子辞書持ち歩かなくて済みそうだな」
僕がそんな軽口を叩いたらケイが思いもよらぬ事を言い出した。
「あ、すまん。俺、アーグルトンには行かないから」