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マキ・チャン チェスナットマナーの見習い美容師

 エリオがマキちゃんの弟子になった翌朝。

 早朝の爽やかな青空の元、僕は寮の外で一脚の椅子に拘束されていた。


「いい?絶対動かないでよ。動いたら斬るからね」


 マキちゃんがやや震える声で怖い事を言ってくる。なんだかんだ言いつつけっこう緊張してるのかな?


「本物の美容師なら客がちょっと動いても対応できないといけないんじゃない?」

「私はまだ本物じゃないからいいの!」


 そう言ってマキちゃんは腰に巻き付けた皮のベルトから鈍く輝くプロっぽいハサミを取り出した。髪に刃を入れる前にショキショキと何度も動きを確認している。


「ずいぶん本格的なんだね」

「元々は日本で美容師になるために買ったものだからね」

「すいません、私の留学に巻き込んだためにマキちゃんの夢を邪魔してしまって……」


 ちょっと離れた位置で成り行きを見守るリアが、マキちゃんに申し訳なさそうに頭を下げる。


「も〜リアさん、それは言わない約束ですよ」


 突如ショキショキ鳴るハサミが僕の目の前に現れる。 


「ちょ、よそ見やめてマキちゃん!」

「ああ、申し訳ありませんオキャクサマー、何かおっしゃいました?」


 マキちゃんが黒い笑顔でハサミをショキショキさせ続ける。やばい、握られちゃいけない人にタマ握られたかもしんない。


「何も言ってないヨ」という僕の声を合図に、ついにハサミが髪を切り出す。ショキショキと言う音がわずかに鈍くなり、自分の体の一部が短くなって行くのを実感する。

 全体的に軽くハサミを入れると、マキちゃんが突然僕の頭を撫で始めた!


「ふーん……あんた結構イイ頭の形してるね。坊主とか似合うんじゃない?」


 からかってるのか、本心から言ってるのか声だけではよくわからない。でもふだん僕を褒める事の無いマキちゃんからそんな事を言われるのはまんざらでもない気分だ。


「じゃあもしカットが失敗したら坊主にしていいよ」

「了解。って、私は失敗しないけどねっ!」


 マキちゃんの怒ってるのか笑ってるのかよくわからない声が後頭部で響く。マキちゃんの事だからきっと怒っているのだろうけど。ここは少し機嫌をとっておくかな。


「こんなに話しながらやってるのに、ハサミの音によどみが無いね。これならたしかに失敗しない気がするよ」

「日本にいたころは家族みんなの髪を切ってたから。一旦切り出しちゃえばあとは手が覚えてたよ」

「あ、やっぱりさっきは緊張してたんだ」

「うるさい」


 うむ、声の調子がだいぶ良くなってきた。これで身の安全は確保できたかな。さて、他に褒めるべきところは……


「こうしてるとなんだか小さい頃ばあちゃんに髪切ってもらった事を思い出すよ」

「なに?それは褒めてるの?それともケンカ売ってんの?」

「もちろん褒めてますから」


 僕がマキちゃんにケンカを売る何てとんでもない。


「……なんだか楽しそうですね」


 ヤバい、リアがいるのすっかり忘れてマキちゃんと盛り上がってた。


「た、楽しさよりも少し恐怖が勝ってるけどね。ハハハ……」

「わ、私だって楽しくなんか……」


 さっきまであんなに軽快だったハサミのリズムが急に悪くなる。ひょっとしたらマキちゃんまでリアの存在忘れてたのかな?まあ、それくらい僕の髪を切ることに集中してくれてたんだろう。ありがたい。


「マキちゃん、よかったら私にもそのハサミ使わせてもらえませんか?」

「もちろんです!どうぞ」


 リアを忘れてた罪悪感を振り切るためか、マキちゃんが自分の商売道具を快くリアに貸し出す。


「うわぁ、なんだかかっこいいですね。どうです?似合いますか?」

「ええ、とてもお似合いですよリアさん!プロの美容師だって言ったらみんな信じちゃいそうです」


 え、なにそれ見たい!お願いマキちゃん、首を固定しないで!!


「えへへ。それじゃあ切って行きますね〜。お客さん、本日はどうしましょう?」

「え?じゃあお任せで……」

「かしこまりました〜。じゃあ全体的に梳いていきますね……店長、お願いします」


 結局丸投げかい!

 まあ、人の髪切るのってちょっと勇気がいるもんね。僕もリアの髪を切れって言われてもたぶんできないと思う。


「そんなに難しい事じゃないですよ〜。大丈夫。リアさんにもできますよ」

「ホントですか?」

「もちろんです。それに……私がついてますから」

「マキちゃん」


 ヘイヘイ、僕の後ろでいちゃつくのやめてもらえます?


「それじゃあ……いきますよ?」


 チャキン、チャキンと、マキちゃんよりもテンポの遅いハサミのリズムが刻まれる。


「お、いい音出してるね」

「さすがはリアさん!とても飲み込みが早いですね」

「えへ、そんな〜、まだまだマキちゃんには遠く及びま(ヂャギン)せん……よ……」


 あれ?なんか今変な音しなかった?それと急に無言に鳴るのやめて、こわいから!


「ねえ、なんで2人とも黙っちゃったの?」


 返事が無い。

 これはまずいと頭に手を伸ばそうとしたらマキちゃんに腕をひねられた!


「オキャクサマ、散髪中は動かない約束ですよね」

「ちょ、ちょっとトイレ!」

「オキャクサマ!!動いたら斬るって言いませんでしたっけ?」

「で、でも……」


 僕が自分の髪型も確認できないでいると、後ろの方からリアのか細い声が聞こえてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「リアさん、大丈夫です。私の腕を信じてください」

「マキちゃん……」


 一体全体、僕の頭どうなっちゃったの?




 太陽光線が厳しくなり始めた頃、マキちゃんの「終わった……」というつぶやきが聞こえてきた。


「ねえ、できたの?もう動いていいんだよね?僕の頭どうなっちゃったの?」

「うん……とっても男らしいよ?」


 何で疑問系なんだよマキちゃん!


「とっても個性的ですし……アメリカの風土にもよくあいそうな……」


 それってどんな髪型だよリア!


「グッモーニン、エブリワン。あら、シュウ、マキに髪を切ってもらってるの?」


 やってきたのは僕らの寮の寮母さん。夜自宅に帰る以外は、基本的に僕らの世話をやいてくれる、留学生全員のお母さんのような人だ。

 その寮母さんが似合わない大きなアメ車を降りてくるなり、僕の髪型を見て目を輝かせた。


「ワーオ、とっても素敵な『モハック』ね。ネイティブアメリカンっぽいわよ」


 ネイティブアメリカンってインディアンのことだよね?インディアンっぽい髪型ってどういうこと?僕のイメージするインディアンって羽飾りで頭を覆っていて髪が見えないんだけど……


「マキちゃん鏡」

「ご、ごめん。どうやら部屋に忘れてきちゃったみたい。ちょっと捜してくるね」

「あ、でしたら私も一緒に捜しますわ」


 そう言って2人は連れ添って部屋に行ったきり戻ってこなかった。


「あら?そういえばシュウは卒業発表でロミオをやるって言ってなかったかしら?」

「はい。今日はそのために髪を切ってもらってたんですが」

「モハックのロミオだなんて、ずいぶん前衛的な劇をやるのね……」


 前衛的?髪型ひとつで?


「寮母さん、車のミラー見せてもらっていい?」

「ええ、どうぞ」


 サイドミラーを見せてもらうつもりが、ドアを開けてバックミラーを見せてくれる寮母さん。


「かっこいいわよ。かっこいいから……2人を責めないであげてね」

「ん?な、なんじゃこりゃあああああ!?」



モハックとは?

 インディアンの部族のひとつ。モハック族。

 または彼らに由来する髪型。——通称、モヒカン。

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