魔王様と魔石 ■ 07
王の間での長々とした口上を聞いた後、暗記したお決まりの文句で労ってから、長旅でお疲れでしょうから一先ずはお寛ぎ下さいといった流れで一時その場は解散となったのね。
今回の件に関して、ちゃんと話し合う時間は明日以降と調整は済ませているので、本日は夜に晩餐をこなせば私の仕事は一応終了となる。
午後の一時、溢れ返っている真珠の中で一番価値の低いと思われる物を執務室へと運び入れて、私はせっせと魔力注入中であります。
持つ魔力と内包している体というのはバランスがありまして、魔力が強過ぎたり多過ぎたりすると空気を入れ過ぎた風船のように破裂しちゃうのね。
それを応用しまして、キャパを超えて真珠に魔力を注入して破裂させている作業を続けているの。
ちょっと意識していれば勝手に魔力が溜まって、キャパを超えて破裂するから魔力たっぷり真珠粉末の出来上がりであります。
どんな効果が出るかは今実験の最中なんだけど、副作用とかも無いようだしこのまま下位の魔族用に回そうかなぁと考えている。
しかし今回来た二人の使者は、それなりに地位の高い人かとは思っていたんだけど、なんと王弟なんですって。
竜界は世襲制だから、前竜王の次男と三男だね。
赤い人はフィンデイルさんと言って竜王の直ぐ下の弟、青い人はナイリアスさんと言ってフィンデイルさんの下の弟なるそうだ。
雰囲気だけなら、ナイリアスさんの方が落ち着いている分上に見えるんだけどねぇ。
用意した部屋へ案内する時も、フィンデイルさんはガルマを指差し滞在中はガルマに世話を任せたいと非常識な事を言って、ナイリアスさんに静かに冷たく怒られていた。
どこを気に入られたのかガルマの方と言えば、冷ややかな笑みを浮かべて構わないと言っていたので当面は二人の面倒をガルマに見てもらう事にした。
フィンデイルさんは、ゴージャス系な美人でボリューム満点のグラマラスな人が好みなんだろうね。
趣味で女性体となって遊んでいるガルマだけど、ガルマの方としては有りなのかなぁ。
「…………」
ちょっと嫌というか、微妙な気分に眉を寄せてしまった私にイシュが声を掛けてきた。
「いかがされましたか?」
「んー……フィンデイルさんって変わってるなぁと思って」
「左様でございますね。かなり間の抜けた人物に見受けられますが」
「って、そんな露骨な事言って良い訳?」
素直な感想に苦笑浮かべていると俄かに執務室の外が騒がしくなった。
「……何事?」
「何事でございましょう。見てまいります」
顔を見合わせてからイシュが向かった扉が勝手に勢い良く開いた。
扉を開いたのは、噂の御仁フィンデイルさんで、浅黒い肌でも紅潮しているのが分かる程顔を赤くしているみたい。
しかも、赤くなっているのは怒っているからのようだ。
勢いの余りに目を瞠って固まっていたんだけど、慌てて椅子から立ち上がる。
「え……えっと……フィ、フィンデイル、殿? いかがされました?」
「いかがも何も無いっ! あの者は何だっ!!」
「あの者? と言うのは、誰の事ですか?」
憤っている意味も、誰を指して言ってるのかも分からずに問い掛ける私に、フィンデイルさんは更に憤っていく。
「あの者だ! 我々の世話をするあの者の事だっ!!」
「ガルマですか? 彼が何か粗相しましたか?」
そつの無いガルマがこうまで相手を怒らせるのも珍しく、意外過ぎてフィンデイルさんに聞いた訳なんだけど、逆にフィンデイルさんは私の問い掛けに目を見開いて固まった。
「……彼……だと?」
「…………彼……ですね」
「この者もか?!」
と、行儀悪く指差す先にはイシュがいるので、しっかりと頷いてみせた。
「彼、ですね」
イシュなんて、胸は端から無いんだから女と見間違いようが無いと思うんだけど、私の答えにショックを受けた様子でフィンデイルさんがよろめく。
やっぱりガルマを女性と見間違えていたんだなぁって事は分かったんだけど、何で女性じゃないって分かったんだろ。
触ったんだろうか。
それはそれで、使者としてどうなのよと眉間に皺が寄る。
「おや。フィンデイル殿はこちらにおられましたかぇ。魔王殿へ御用があれば、妾が承りましたものをのぅ」
そこへのんびりとした口調ながらも、小馬鹿にしたような声音でガルマが執務室へ入ってくる。
「魔王様」
ガルマの窘めるような呼び掛けに、慌てて気を引き締めて魔力を抑えるよう意識する。
「兄上、見っとも無い事はお止め下さい」
ガルマの後ろから続いて執務室へ入ってきたはナイリアスさんが、フィンデイルさんを注意している。
改めてガルマを見れば、珍しくも男性体で衣服も鮮やかな新緑の緑色した膝丈まであるソーブもどきにパンツという出で立ちである。
あぁ、この姿だから女性じゃないって分かったのかと納得し、小さな声で諍いを続けている竜族の二人へと目を向ける。
「しかしだなっ。魔族は性技に長けていると言うだろう。どうせ試すなら好みの女が」
「兄上っ! それを見っとも無いと言うんです。もう少し、使者としての自覚をお持ち下さい。これ以上愚かな振る舞いをするのであれば、王へ告げて即刻国へ戻って頂く事になりますよ」
こう、ナイリアスさんの声は静かなんだけど、腹の底からドスを利かせてるようだし、心成しか執務室が底冷えしている気がする。
所々聞こえ漏れる内容から察するに、フィンデイルさんは吉原かソープランドへ来たつもりのようだ。
イシュじゃないけど、間抜けと言われても反論のしようがないよね。
「えー……っと、お二方?」
「っ! 魔王殿、大変お見苦しい物をお見せして申し訳ございません。兄にはきつく注意をしておきますので、今回の醜態につきましては……」
身内の恥に浅黒い肌が薄く赤らんでいるナイリアスさんが、慌てて取り繕うように言ってくる。
「いえ……良いんですけど……そういう場所をご希望でしたら後程案内させましょうか?」
淫魔族の領土には趣味と実益を兼ねたある意味究極の風俗街があるから、そんなに利用したいのなら行ってもらっても構わないんだけど。
「……あの、フィンデイル殿が魔界へいらした理由は、そういう事なのですか?」
呆れた余りに、私も迂闊に余計な事を聞いてしまった。
「いえっ! とんでもありません。魔石をお譲り頂く為の交渉でお伺い致しました」
途端に、ナイリアスさんが真顔で否定するので生返事をしながら頷く私。
何だか、交渉はナイリアスさんとだけで進める方が早い気がしてきたというか、フィンデイルさん要らないと思うんだけどなぁ。
寧ろ邪魔になりそうだから、イシュに任せて淫魔領土で遊んでて貰っちゃおうかな。
「イシュ。フィンデイルさんが希望されているのなら、案内してあげておいて?」
畏まりましたと請け負うイシュに反して、ナイリアスさんは遮るように断りを入れてくるが、そこへフィンデイルさんが話しに乗ろうと声を上げるもんで五月蝿いったらありゃしない。
「魔王殿っ! そのような必要はございませんからっ」
「そんな場所があるなら、早々に案内して貰おうか!」
うん。邪魔だから遊んでて貰おう。
イシュに頷いて見せると、意図を察してくれた様子でフィンデイルさんに声を掛けた。
「フィンデイル殿。宜しければ下見がてらご案内致しましょう。さっ、こちらでございます」
「お、お待ち下さいっ! 兄上っ!」
案内するべく執務室を出るイシュの後を嬉々として続くフィンデイルさんへ、ナイリアスさんが慌てて引き留めようとする。
「あ、ナイリアス殿? 折角こちらまでいらして下さったのですから、丁度お茶の時間でもありますしご一緒にいかがですか? 竜界の事とかを教えて頂ければと思いますし、お二方が乗られてました竜に付いてもお話をお聞かせ頂ければ嬉しいのですが」
子供を託児所に預けている静かな内に、さっさと話を進めてしまおう。
そっちの方が話も早く進むというものだ。
「お恥ずかしい限りであります」
居た堪れなさそうに視線を伏せるナイリアスさんには申し訳ないけど、ちょっと笑ってしまった。
まぁ、フィンデイルさんは一体何しに来たんだかって思いはするけど、これはしょうがないよね?