魔王様と魔石 ■ 04
ガルマが去った後の束の間の静けさは、イシュの笑顔と反比例した低い声で終わりを告げた。
「魔王様?」
「は、はいっ?!」
ごめん、状況が分からない。
何ですか? この今にも説教が始まりそうというか、私今凄いピンチです的な空気は。
「なぜ、ガルマ大公は、魔王様から直々に魔石を賜ったのか、宜しければ事情をお教え願いますでしょうか?」
へりくだった言葉とは裏腹に、命令系としか聞こえないこの不思議さ。
なぜ、と問いますか? 私が寧ろなぜと問いたい。
なぜ、今私は後ろめたい思いを味わされているのかと。
「いや……別に、大した事情じゃなくてね? その……」
と、先日の出来事をぼそぼそと話して説明する。
その説明の中で、偶然、たまたま、を何度繰り返した事でございましょうか。
長くなるような内容でも無い話のに、妙に時間を掛けて説明し、イシュのご機嫌を伺うようにちらちらと見る。
微笑みを浮かべた侭、色気で圧力掛けてくるの止めてくれませんか。
「魔王様?」
「な……なんでしょう……」
イシュが徐々に近付いてくるけど、机と椅子という枷があるので私逃げれません。
「ワタクシも、魔王様が自ら選ばれた魔石を賜りたいのですが?」
私の座る椅子の肘掛に手を付いて圧し掛かってきたりするもんだから、自然と反対側の肘掛へ仰け反るような姿勢へ強いられていく。
「わ、分かったから。ちゃんと、イシュに合うの選らんで渡すからっ」
近い、近い、近過ぎるっと焦りながら、イシュを押しやろうと突っぱねた腕を逆に取られ、首筋を舐められました。
ごめん。態とじゃ無いんだよ?
唯、私も日々成長しているというか、魔力も成長しているというのか。
舐められた瞬間、反射的に魔力でイシュを吹っ飛ばしちゃったのね。
重厚な扉を久々に壊してしまい、ちょっと申し訳ない気分だったりしたんだよ?
廊下にまで吹っ飛んだイシュが顔を上げるまではね。
遣り遂げた感たっぷりな会心の笑みを見た瞬間に私の目が据わる。
瞬く間に壊れた扉が修復され、勢い良く扉は閉められた。
天岩戸並に開く事の無い扉を、イシュが一生懸命叩いてたが知るもんかっ。
その後、幾分腹立たしさも落ち着いてきて、処理した執務も終えた頃、残りはイシュの采配となるので強固に閉めていた扉は開けてやった。
これ以上迫られるのは正直困るので、ついでにイシュはどの鉱石が良いかを聞いてみた所、鉱石では有り触れているから、ガルマと同様に目新しい真珠が良いとの事。
イシュなら、髪に合わせたら白っぽい銀とか、目に合わせてだったら紫ってイメージなんだけど、真珠の白だとクリームっぽい色合いだから、少しイメージが違うかなぁ。
真っ白な真珠は無さそうだから、瞳の色に合わせた紫に決めた。
全部の色を見た訳じゃないから、紫より似合う色があればそっちにするけどね。
ガルマとイシュだけに上げたら、他の二人も絶対五月蝿いので、こっちもついでに聞きに行く事にする。
シャイアなら何色かなぁ。
肌は浅黒いし、髪も紫というか濃い紺色だから、全体的に黒とか濃紺ってイメージあるんだよね。
瞳は琥珀っぽいから、金とか透明感ある黄色って感じだけど、ガルマが既に黄色系だし、イシュが紫になりそうだから、真珠なら無難な所だと黒真珠かな。
サナリは、氷だよなぁ。
髪も銀だし。瞳もまんま薄い水色だから、氷っぽい感じだしなぁ。
と、最後にサナリを思いながら、移動したのね。
しかし、魔術って便利だね。
瞬間移動ですよ、瞬間移動。
どこそこ行きたいって、意識すれば瞬間移動。
唯、私はまだ術の扱いが下手なものでして、サナリの所へ移動したは良いんだけど、お仕事中の所へいきなり転移しちゃった訳なのですよ。
移動した先が、サナリの前へ立つ位置だったと思うんだけど、サナリは座ってたのでその侭彼の腿へストンとね?
緊張感が漲る空気に、あれ? とか思って左を見たら、それなりに大きな円卓を囲んで呆然とこちらを見ている鳥族さん達。
「あ、あれっ?!」
右を見たら、正しくは見上げたら普段の無表情に、ちょっとだけ驚いた様子で瞠目してるサナリ。
自分で移動して来ておいて何だけど、いきなり知らない人に囲まれるのって驚くじゃない?
サナリの顔見て思わず安心しちゃったんだけど、はたと気付けば会議中みたいだったし、サナリの膝の上だしで赤面モンですよね。
「ごめんっ。仕事中だったのにっ……えっと、また、後で? 終わったらでぃがっ!」
慌ててシャイアの所へ移動しようとする前に、勢い良く抱き込まれてサナリの胸で鼻が押し潰されました。
「去れ」
たったの一言。
低く無感情な声音でサナリが告げた途端、一斉にガタンッと音がしたと同時に人の気配が皆無になっていた。
「魔王様」
耳元で熱い息を掛けないで下さいっ。
呼ばないで下さいっ。
一気に鳥肌が立つ感触に、声にならな悲鳴を胸の内で上げながら、違うとか、待てとか言ったんだけど、全部サナリの胸に押し潰されて唸り声にしかならない。
無表情無感情と、氷を具現化したようなサナリだけど、その重低音の声で耳元で喋られると腰が抜けそうになるから本当に勘弁して欲しい。
「態々このような所にお越し頂きいかがされましたか? お呼び頂きましたら、直ちにお伺い致しますのに」
感極まりました的に掠れた感じで囁かれると、いや、耳元で怒鳴られても困るけど、どっちにしても非常に困るっ。
人間だった頃に出会ってたら絶対惚れてたと思う位、良い声なんだよーっ。
人を惚れさせる程良い声とあったのは、サナリが初めてだ。
しかし、今は取り合えず、この腕の力を緩めて欲しい。
口も鼻も、厚い胸に塞がれて呼吸も儘ならないし、段々酸欠になってくるし、掠れた声で尚も熱く囁いてくるし、背中にやばいモノが駆け上がってきそうだから、うっかりしがみついちゃうけど、酸欠と低い声で力抜けるしで、あれやこれやと一人だけ慌てながら、転移術はもう少し腕を磨いてからやろうと、遠のきそうな意識の中で誓う私でありました。
うっかりサナリの傍に寄ると、酸欠による気絶というパターンが多い気がする。
何とか用件を済ませてサナリから執務室へと避難した私は、同じ轍は踏むまいとシャイアを呼びつけて、事情を話してからどれを魔石にするが良いかを聞いてみた。
結局、全員真珠って返事を貰った。
良くも悪くも平等でないと気が済まないんだよね。
馴れ合う気は更々無い癖に、色違いでお揃いの物を持っているんだって認識が無いんだから。
手間の掛かる連中です。