魔王様と魔石 ■ 35
そんな感じで竜族の件は過去の事として忘れかけてたとある夜、竜王さんが夢へ渡ってきたのである。
「魔王殿」
空は雲一つ無い快晴、見渡す限りの草原を見て、この風景も久し振りだなぁと思っていたら、後ろから声をかけられて驚きに飛び上がってしまった。
「りゅ、竜王さん、じゃなくて、竜王殿。びっくりしました」
所在不明の心臓が縮んだ気がして胸を抑え振り返ると、久々に会う竜王さんは静かに佇んで私を見下ろしている。
「驚かせてすまぬ。久方振りだな、魔王殿」
「ご無沙汰してます。竜王殿もお変わり無いようで」
今日の添い寝当番はシャイアなので、竜王さんと対面しているのは私一人だ。
サナリもだけど、シャイアもどちらかといえば腕力勝負な面が強いので、夢渡中のお供が期待できなくて残念なんだよね。
しかし、何の用だろう。
小首を傾げる私に、竜王さんが差し出したのは三つのネックレスだった。
また、貢物による魔石の催促だろうか。
こういう事は困るんだけどなぁ、と眉をしかめたら竜王さんが慌てた様子で「違うのだ」と口を開いた。
「子供らが無事に生まれ、先日鱗が生え変わったのだ。コレは祝いを記念する物でな、抜け落ちた鱗を用いて作られている。子供らの母親たちがぜひ魔王殿へと預かって参った」
改めて差し出されたネックレスへ目を落とす。
淡い色合いの緑、白、紫の三種類で、カットされた宝石みたいだ。
不思議な模様の装飾が施されてて、俄には鱗と思えないんだけど、竜族の鱗ってこんなに厚いのだろうか。
「受け取っては貰えぬか? 親しき者、世話になった者へと配られる品だ。母親たちは大恩ある魔王殿へ贈りたいと思っている」
つまり、無事に初節句を迎えました的なお祝い、になるのかな?
まぁ、裏が無いのであれば、祝い事にケチを付けるのも難だし、とおずおず受け取った。
私の拳をより一回り小さい石、ならぬ鱗がドンとトップにあり、シンメトリーに小さくなっていく鱗が並んでいる。
実際、私が身につけるとしたら些かゴツいデザインなんだけど、あしらわれた模様といい、鱗の輝きといい素直に美しいと思う。
「ありがとうございます。大事にしますね。竜王殿よりお礼の言葉をお伝え下さい」
直接言いに行くわけにはいかないからね。
竜王さんは「うむ」と頷き、一仕事終えた様子で表情を和らげながら、私の事をジッと見下ろしている。
帰らないのだろうか。まだ、何か用があるのかな?
「…………あの?」
「すまぬ。あと、これをだな……魔王殿に預けたい」
そう言って懐から取り出したのは、占いで使われそうな丸い水晶玉だ。
ただ、中心は眩すぎて見えないけど、球体の中で光が波雲みたいに揺らいでいて綺麗だ。
竜王さんに押し付けられるように差し出され、つい受け取ってしまったけれど、これも祝い事の品物なのだろうか。
あ、でも預けるって言ってたな。
「これは、十いた祖龍の一人、私と同じ光竜の祖である竜玉だ」
「……………………っ! いやいやいやいや、そんな大事な物はお預かりできませんからっ!」
竜族はこの世界で最も古い種族なわけで、その祖が残した品をおいそれと受け取るわけにいかないでしょうっ。
慌てて突き返すが、竜王さんは受け取ろうともしてくれない。
「こ、困りますっ」
「以前。以前に、魔王殿は誠意を見せろと申された。差し上げるのではない。預かって頂くだけだ。我が一族が……私が魔王殿の信頼に足ると認められた時、竜玉をお返しくだされば良い。それを私の誠意と思おうて頂けないだろうか」
やばい。目が泳ぐ。言葉に詰まってしまう。短慮のツケがここで回ってきたかっ。
竜王さんが一歩詰め寄るもんだから、思わず一歩下がってしまう。
いや、身長差がかなりあるので間近に迫られると見上げる角度とか、えも言われぬプレッシャーがですね、って更に詰め寄られたっ。肩掴まれたっ! 返そうとした竜玉を持つ手に片手が添えられちゃったよ? 逃げられないっ? シャイアさん! シャイアさんっ! 寝てないで来て下さいっ!!
「魔石が欲しく無いとは申さぬ。子供らも健やかに成長しており、再び魔石を譲り受ける事が叶うのであればという願いもある。だが、まずは魔王殿との信頼を築きたい。竜玉は我が一族の宝。その宝を預ける事で魔王殿の信頼を得て、私の誠意としたいのだが」
「かっ……返さないかもしれないんですよ?!」
琥珀の目がトロリと色味を深め、悪戯? 満足? それとも得意気か? そんな表情でフッと笑み零した途端、妙な艶が増してやだ何コレ怖いっ。
もしかして仕向けられたとか?
ムムッと眉を寄せると、竜王さんの笑みが増してるじゃないか。
「その時は、己の迂闊を責めるまでの事」
ダメだ。機転が利かないっ。
「…………以前お会いした時と随分考えが変わられたんですね」
この場で返すのは半ば諦めつつも、些か恨みがましい気持ちで竜王さんを睨め付ける。
どこの誰に入れ知恵されてきたんだか。
「うむ。少々、知見を広げてみたのだ」
そんな事で得意気になられても困るんだけど、何だか憎みきれなくて苦笑が漏れてしまう。
「それに、光竜の祖である竜玉が魔王殿の元に有り続けるのであれば、連なる私の一部が貴女の傍に有るとも言える」
ん? それは、一体どういう意味?
「では、また近い内にお会いしよう」
竜王さんは艶やかな笑みを浮かべ、結局返し損ねた竜玉を残して消えてしまったのである。
お祝いのネックレスと竜玉を抱えて起き上がったら、シャイアも起きていた。
竜王さんが夢渡してきてるの気づいてたんなら、傍に来てよっ!
「どうも、夢渡は苦手でなぁ」
とか大きな口を開けて欠伸をしているし。
「……なし崩しで預かっちゃったけど、祖竜の竜玉ってやっぱり竜族にとっては大事な物だよねぇ」
大体、祖竜って十人も居たのか。てっきり一人だとばかり思い込んでたよ。
宝とは言ってたけど、十個の内の一個くらいなら、まぁ預かっててもいいのかな? なんて安易に思ったのは否めない。
「竜族は死ぬと心臓が結晶化して竜玉となるらしいが、死体の残りモンを後生大事にして酔狂な連中だ。捨てるか?」
心臓と聞いて放り出しそうになったが、最後の言葉に慌てて抱え込む。
「捨てるとか! 怖い事言わないでよっ。ちゃんと、大事に保管しておくってば」
つまり竜族の聖遺物って事だよね? 冗談じゃないよ。粗略に扱っていい物じゃないから、ガルマに念押ししてしっかりと保管してもらわなければ。
ところで、ですが。
竜王さんから竜玉なんて聖遺物を預かちゃってから、郵便物を持たない伝書竜がちょこちょこ通ってきてるんだけどいいのだろうか。
いや、私は心癒されて存分に愛でられるから構わないんだけど、仕事しなくて大丈夫なのかな。
それと、フィンデイルさんやナイリアスさんの騎竜も無人でやってきてるんだけど、これもいいのだろうか。
竜王さんと仮に親しくなったとしても、ナイリアスさんとだけは会いたくないのだが、ナイリアスさんの騎竜が動物を咥えて通ってくるんだよね。
フィンデイルさんの騎竜もなんだけど、主人放ったらかしてていいのかしら。
なんて思っていたのだけど、うちの大公たちが大丈夫じゃなかった。
少し前からサナリとクララちゃんが戯れてはいた。
最近では、ガルマの指示でクララちゃんが触手を振り回し、サナリ一族がその間を掻い潜ろうと猛攻を繰り広げている。
伝書竜及び騎竜の駆逐対策の訓練なんだって。
ゴールはテラスでお茶を飲んでいる私である。
誰かしらが到着してしまうと、クララちゃんがガルマからお仕置きの微電流を受けるので、ストレスが溜まっているのか、近頃では円だった瞳に白目が見え隠れして心配なんだよね。
この間なんか、触手の先を震わせながら伸ばしてきたので、いつものように人差し指で突き合わせてみたけど、力尽きて数日触手がテラスの手摺に乗っかったままだったし。
ちょっと磯臭かったので、ガルマには程々でとお願いしておいた。




