魔王様と魔石 ■ 32
謁見の間にいたシャイアに伝書竜を取り上げられ、頻りに火を吹こうとして煙を燻らせている様子に悶つつ、みんながくるのをで待っていると、暫くしてイシュが、そしてガルマとサナリに引き連れられて竜族がやって来た。
一人足りない気がするけど、無事にクララちゃんから開放されたのだろうか。ちょっと心配。
それと、ナイリアスさんのときみたいに、同じ失敗はしないようきっちりと魔力の調整も意識しておく。
何しろ、今回は竜王さんとフィンデイルさんが揃っているから気をつけないとね。
普段、イシュは私の直ぐ後ろに立っているのだけど、ナイリアスさんの件もあってか、今回は左右に二人ずつ前に立っている。
そして、玉座でふんぞり返る私の正面には竜王さんが、一歩下がったところにフィンデイルさん、その後ろにはやけに大きな聖櫃みたいな箱が置かれ、一緒にやってきたお供の人たちは更に数歩下がったところで控えている。
傅いてもらいたいとは思わないし、竜王さんは一族のトップだから寧ろ毅然たるべきだろうと思う。
思うのだが、お供の人たちのこちらに対して敬意を表する、という表情ではない辺りが竜族の思考が透けてる感じなんだよね。
寧ろ蔑んでる? 来てやったって感じを隠そうともしない。
竜王さんやナイリアスさんはそうでもないから、かえって目立つ。まぁ、いいけど。
一触即発、とはいわずとも、お互い様子を伺いながら警戒しているという雰囲気だ。
当然といえば当然だけど。
しかし、先ほど見たときも大きいと思った箱は、こうして目の前に置かれると、とっても大きい。大きすぎる。一体、何が入ってるんだろ。
獣化したシャイアが入れるくらいの大きさはあるよね。不安だわ……不安しかないわ。
とはいえ、気にしているのも何だかいやらしいし、落ち着かない気分ながら竜王さんに目を向ける。
そこはかとない気まずい沈黙の後、先に口火を切ったのは竜王さんだった。
「魔王殿、ナイリアスの件は誠に申し訳なかった。改めて謝罪しよう。ついては、これは詫びとして受け取っていただきたい」
そう言って竜王さんが背後を振り返り、軽くお供の人に頷いて見せる。
何だろ。金塊とか? は、別にいらないんだけどなぁ。
素直に貰って魔石渡してさっさと帰ってもらおうかなぁ。
なんてことを考えている間に、お供の人が箱の蓋を開けて、正面にある側板を前へ倒した。
一瞬、シャイアとサナリが緊張したようだけど、何かが飛び出てくることもなく杞憂で済んだのだがっ。
「っ!!」
現れた箱の中身に思わず上げそうになった声を、既のところで堪える。
何あれ! 何なの?!
五人の人族が意識を無くして折り重なるように倒れているじゃないのよっ。
何でこんなの持ってくるの?! え、詫び? これが詫びなのっ?
腰を浮かせかけたまま唖然として言葉も出ない私を見て、食いついていると勘違いしたのか、竜王さんが、竜王さんが、ちょっとだけどや顔してるっ。
「魔王殿……魔族が好む物が分からなかったゆえ、人族の商人に問うたところ、見目の良い、特に銀の髪を持つ人族を好むと聞いたので用意させた。いかがだろうか」
いかがも何も、いらんがなっ!
「じょっ…………」
冗談じゃない、と言いかけて思い留まる。
倒れているので顔は分からないが、確かに五人は以前の魔族、というか淫魔が好んでいた銀髪をしている。
また淫魔たちかっ。
思わずイシュの背中を睨みつけたら、ピクリと揺れた。絶対、感極まっている気がする。
イシュの馬鹿っ! 今直ぐイシュの髪を禿散らかしてやりたいっ。
じゃなくて。
「魔王様が人族を……ましてや銀の髪を特別好まれるなど、そのような悪趣味は持ちあわせておらぬぞぇ」
ガルマが溜めに溜めて、堪え切れないとばかりに鼻で笑った。
じゃなくて!!
「……人族を好んで収集する趣味はありません」
さも小馬鹿にしたとばかりなガルマの言いようは角が立ちそうなので、ついつい言い直してみたが、言ってることは同じだから余り意味が無いような気もするけど、言わずにはいられなかった。
私のせいではないけど、些か申し訳ない気持ちで竜王さんを見れば、よもや断られると思っていなかったといった具合で目を見開いているし。
いや、誠意を見せろとかいった私の責任だろうか。
そうだよね、イシュたちだって誠意とか理解してないのに、唯我独尊な竜族が分かるはずないよね。
うん、私のミスだ。
「ただ……」
あぁ、しかしどうしよう。正直これ以上、人の面倒をみたいとも思わないけど、私のミスで連れて来られたのならどうにかしないとだし。
うーうー内心唸りながら無い知恵を引き出そうとしてみたけど、無いものは無いのだから無理。
止むを得ず、彼らを受け取り魔石を渡す事にした。
「……竜王殿がこうして謝罪してくださったことは我々としても受け容れたい思います。イシュ」
振り返ったイシュに軽く頷いてみせると、魔石を取りに奥の部屋へと下がっていく。
それを見送り、再び竜王さんに目を向けた。
「しかし、先も申しましたが人族を殊更好んでいるわけではありませんので、今後は遠慮して頂きたい」
私の物言いにお供の人が気色ばむが、竜王さんは幾分表情を強張らせながらも神妙な様子で頷き返してくれた。
「ところで、竜王殿。我々が人族は不要と申しましたら、どうされるのでしょうか?」
「どう……とは?」
「竜界で面倒を見られるのでしょうか」
「いや、我らは人族を置く理由はないゆえ、商人へ返却することになろう」
やっぱり、そうなるよねぇ。
「分かりました。竜王殿がわざわざお詫びの品として用意くださったものですから、今回は頂くことに致します」
突っ返したところで、またどこかへ売られるのは目に見えているし、そんな後味の悪い思いをするくらいなら、多少の面倒は致し方ないとして引き受けた方が心理的にマシだしね。うん。
竜王さんとそんな話をしていたところへ、イシュが装飾された箱を持って戻ってきた。
ネックレスでも入っていそうな雰囲気の薄い箱である。
「竜王殿自らお越し頂いたことを評し、当初の通り魔石はお譲り致しましょう」
竜王さんの前まで歩み寄ったイシュが、魔石の入った箱を差し出す。
「ただし、お譲りするのは今回限りとご理解いただきたい」
イシュから魔石を受け取り、安堵の表情を浮かべた竜王さんだったけど、私の言葉に表情が厳しくなる。
だって、ねぇ?
「魔族に頼らねば成り立たない未来を、竜族の矜持が許すのでしょうか」
咄嗟に何かを言い返そうとした竜王さんだけど、直ぐに無理と気づいたのか言葉に詰まってしまった。
仮に竜王さんが次世代の為にって折れてくれて私が魔石を譲ることにしたとして、次代の魔王がどうするのかなんて保証できないし、今の竜王さんが魔族に対して割りと柔軟な人だとしても、やはり次代の竜王さんがどう考えるか分からないし、他の竜族の人たちはプライドが高いのだから無理なんじゃないかなって思う。
現にお供の人たち、魔族なんかさっさと従属しろって目つきしてるし。
竜王さんとフィンデイルさんが前に立っていなかったら、今にも力づくで言う事を聞きかせようって雰囲気だもの。
うん、無理。
結果、子供が無事に生まれる事、帰路の安全を祈る事を告げて、顔に未練と書かれた竜王さんとお別れしたわけである。
それから暫くは音沙汰無かったのだけど、一度だけ竜族から魔石融通の打診が来た。
竜族の子供事情に関しては同情する反面、その図太さに感心しつつも私の魔力は魔族の為の物であって、竜族の物ではないわけで、心を鬼にしてきっぱりとお断りをした。
それ以降、竜族からのコンタクトもなく通常通りの日常を過ごしていたある夜の事。
いい加減、一人寝でもいいんじゃないかと納得がいかないながらに寝室へ入れば、今夜の添い寝当番であるサナリが鷲の姿で抱卵でもするのかって構えだったもんで、猛禽類の鋭い眼差しなのに捨てられた子犬のようにジッと無言で見つめてきたりするから、今夜も白星追加で諦めながら寝たわけである。
人とは異なり、本来であれば食事も睡眠も必要のない魔族である私が、こうして毎晩寝るのは、人であった頃の習慣が忘れられないせいも大きいと思うけど、膨大な魔力を安定させて成長を促しているってのが一番の理由。
ナイリアスさんから受けた傷のせいで、元々不安定だった魔力を無駄に放出とかしちゃった分、サナリ達が毎晩添い寝してくれるお陰もあって安定するのは早く、体の成長は今ひとつでも術の幅が広がったのは儲けものかなとも思っていたりする。
まぁ、それでもできるなら添い寝はそろそろ遠慮して欲しいところではあるんだけどね。
しかし、羽の間で寝る快適さも捨てがたかったりするし、実に悩ましい問題だなぁ、なんて思いながら眠りについたら、久しぶりに夢を見たわけですよ。




