魔王様と魔石 ■ 29
「お断りします」
「っ! しかし……先ほど、謝罪は受けると……」
「謝罪はお受けしますが、許すとは言ってません」
そりゃぁ、子供の事は気の毒にと思うし、平時であればお安い御用で魔石をほいほい譲っていたとは思うよ?
だけど、曲がりなりにも相手のトップを傷付けておいて、自分達の事情と同じテーブルに乗せて話し合うとか駄目だと思うんだよね。
謝りに来ていて頭の一つも下げず、堂々と胸を張って『申し訳なかった』とかって無いと思し。
まぁ、これは日本人の感覚であって、こちらの世界では文化が違うから違和感があるのかとも思ったのだけれど、謝罪を受けるといった時のあからさまな安堵っぷりとか、ナイリアスさんの件より魔石の方が重要ですといった話題の変わり方とか有り得なくない?
確かに、子供が明日をも知れぬとなったら、竜族にとっては重要なのかもしれないけれど。
種族が違うし国のあり方とか地球とは全然違うけれど、これっていわゆる外交みたいなものでしょ?
種族のトップが互いの損得を話し合ってる場だよね?
こっちは損ばっかりで、そっちは得だけかい! とか思ったら、この場にいるのって凄く無駄な時間に思えてきたし。
というか、外交って簡単に言えば営業でしょ? 営業なら客を喜ばせる! 更には客以上に自分が喜ぶよう利益を上げる! ボーナスうはうはっ! これでしょ? 確かに私死んだ時は景気低迷で成績イコールボーナスって訳じゃなかったけれど、基本これでしょう!!
その上、相手の会社に損失出させておいて、利益だけ掠め取ろうとか言語道断じゃない?
いや、会社じゃないけどっ!
ウチの連中、皆ヤる気満々だってイシュが言ってたしっ。
例え大事になろうとも、ウチの連中は皆ついてきてくれるはずだ!
「では、魔王殿は宿した子を見殺しにすると仰られるか!」
「見殺しにさせているのはあなた方でしょう」
何だろう、このやっかいな人は。
ショバ代払えと言いがかりを付ける職種の人によく似ている気がする。
恫喝でなくて同情を誘ってる辺り、質が悪い気がする。
お涙頂戴な演出をしながら、みかじめ料を払え的な。
やってる事はそっちが酷い癖に、悪いのはこっちかよ的な。
眉間を押さえたいのを堪えながら、早く帰ってくれないだろうかと切実に願ってしまう。
良くも悪くも竜族って、お山の大将なんだよね。
人間は領土関係で戦争なんかしているみたいだけれど、竜族、魔族、妖精族って領土拡大欲とか薄いし、竜族なんかは特に他の種族への関心が薄い上に頭を押さえつける種族がいないから、他種族との付き合い方が分からないのかな。
ウチの連中が人間族を見下しているように、言えば当然、成せば当然だから、対等とかって根本的に分からないのだと思う。
「見殺しにするかと仰られますが結界を無理に超えようとか、お願いしている立場だって事は理解してます?」
「それは……重々承知している。しかし! 一刻を争う状況であって、無理を押さねばならぬ我等の気持ちも酌んで頂きたい!」
切羽詰った勢いでなのか、腰を上げて迫りながら訴えてくるから、こっちまで思わず立ち上がって逃げ腰で後退る。
「だから、酌む以前の問題だと言ってるんです!」
「では、どうしたら魔石を譲って下さるのか!」
話、通じないよ!
誰か、通訳してあげてよ!
何かこう、腹が立つを通り越してがっくりっていうか、うんざりって気分になってきた。
「ナイリアスさんの件に関しては、全てが本人の意思ではありませんでしたから、一先ずは謝罪をお受け致しましたよ? ですが……仮に、他の種族が竜族を攫って傷付けた場合、竜王殿はいかがなされます?」
肩を落としながら溜息混じりに問い掛けると、竜族の力を自負しているから可能性が無いと返してきた。
「我等竜族が傷を受けるなどは有り得ぬ」
「ですから、仮にですよ。そういう事が起きたら、竜王殿はどう裁かれるんですか? 王族の誰かであれば、竜族の皆さんは当然怒りますよね? 一族の怒りを宥める為にも、竜王殿は相手の種族に対して何を求めるのかと聞いているんです」
「……仮に、我が一族の者が傷付けられたら……相手の首を望むであろうな」
「では、貴方の首を頂きたい」
透かさず告げれば、竜王さんは咄嗟に言葉を失ってしまう。
「下等と見做す種族が、貴方の首を望むのは予想外でしたか? 我々一族が、大人しくされるがままだとでも? 今まで大人しくしていたのは、ただ私が竜族と拘りたく無いと思っていた事を酌んでくれたからであって、彼等は未だに竜族に対して怒っています。魔石を融通して一族の感情を蔑ろにする位なら、このまま結界を張ったままの方がマシです。自分達の王を傷付けられた魔族の怒りを宥めるには、竜王殿の首が妥当ではありませんか?」
「しかしっ……仮に我の首を差し出したとしても、我が一族は納得せんだろう。なれば、戦ともなりうる」
「結界を超えて魔界の領土に入れる方がいらっしゃるんですか?」
反論してくる竜王さんへ畳み掛けてやれば、口に上り掛けた言葉も勢いを無くしたようで再び黙り込んでしまった。
どれだけ苦労したのか知らないけれど、現在魔界に張られた結界を突破できる竜族の人が誰も居ない事は確かなのだ。
「我々は竜族と何が何でも付き合いたいと思っている訳ではありませんし、竜族と付き合ったからといって特別惹かれるような利点も見出せない。無理に魔石を譲って竜族と付き合う必要なんて無いんですよ? 戦争を仕掛けてくるのも結構ですが、結界を越えられなければ戦にもなりませんね。それに、力付くでどうこうしようとする相手に魔石を譲ろうと思いますか? 人数が増えたらやっかいなだけじゃないですか。尚更譲る気にもならないし、魔石に頼らなくても五百年、千年先には子供がたくさん生まれるかもしれませんよ? 竜族は長寿ですから、そのくらいは待てますでしょ?」
「…………っ……では、我の首を差し出せば……」
「いりませんよ」
苦渋の決断とばかりに告げてきた竜王さんには悪いけれど、鼻白んだ気分で言い捨てる。
「生憎、私は猟奇趣味は無いので貴方の首を貰っても嬉しくありません」
「ならば……」
何かまた段々腹が立ってきた。
「だからね! その『では』とか『ならば』っていうのがそもそも間違ってるって言ってるんです! 本当に魔石が欲しいのなら、それ相応の態度を見せろと言っているの! 分かる? 誠意! 大体、謝りに来たって言うのなら、私の顔見た瞬間にスライディング土下座の一つでもすべきでしょうが!」
「ス……スラ?」
私より遥かに長身な竜王さんの胸に人差し指を突き付けて説教すれば、私の剣幕に驚いたのか竜王さんはたじろいで一歩後退る。
「そもそも! 親書で何度か欲しがる理由を聞いたにも拘らず、答えをはぐらかしたりするのも頂けない! 挙句の果てに、わざわざフィンデイルさんとナイリアスさんという王族を引っ張り出してきて、意図してなのか無意識なのかは知りませんが圧力を掛けてきたでしょ! 自分達を優位に見せたい気持ちは分からなくもないけれど? 友好的な態度を見せている相手に対してそれはどうな訳?」
「そんなつもりは……」
「つもりがあったからこんな結果になったんでしょうが! 無かったら、最初の問いにちゃっちゃと答えていたでしょうが!!」
勢い良くテーブルを叩き付けたら、反射的に背を正した竜王さんが声を上げる。
「す、すまぬっ!」
顔を引きつらせた竜王さんが、勢いに押されて謝ってきた所でちょっと我に返った。
上司であった課長の『熱くなったらお終いだからねぇ』という言葉を思い出して、荒い鼻息を一生懸命落ち着かせる。
「とにかくですね。謝る相手を怒らせるとか不快にさせるとか言語道断ですし、こんな風に説教させるとか聞いた事もありません」
出直して来いと続けたかったが、本当に来られてまた相手にするのも面倒だからそこはグッと堪えた訳ですよ。
話は以上とばかりに手を振って、深く考えずに踵を返したは良かったけれど、どこに向かえば良いかちょっと困った所に肩を掴まれて問答無用で振り向かされました。
暴力か! と身構えてしまったけれど、びびりながら見上げた竜王さんはほとほと困り切ったというか情けない顔をしてまして、強張った私に気付いたのか慌てて肩から手を離してくれたのね。
「魔王殿の気分を害させてしまった事は深く詫びよう。申し訳ない」
身構えてたいただけに、ちょっとだけだったけど頭を下げて素直に謝られたから幾分拍子抜けする。
いえ、痛いのはごめんだけれど。
まぁ、何と言うか。
こういう風に素直に謝ってくる辺り、根は良い人なんだとは思うんだけどさ。
これが個人であれば、大目に見て上げても良いかなって気分になってしまう程度には良い人なんだと思うんだよね。
でも、さっきも竜王さんに言った通り、ここで私個人が赦してしまったら、私の為に怒ってくれている大公達を始め一族の気持ちを蔑ろにしてしまう訳でして、私が決めてしまえば文句は言わないんだろうけれど、それは流石に皆の気持ちに胡坐をかき過ぎだと自分で思うんだよね。
正直、出来るだけ拘りたく無いというのが私の本音なので、このままご縁をぶった切れればなと思うんだけど、竜族の事情を考えれば必死に拘ってきそうだしなぁ。
早く家に帰りたい……と思ったけれど、ここ夢の中だから帰れないんだよね。
にしても、結界は今まで越えられなかったというのに、夢渡りとかっていうのも今日までできなかったんだよね?
何で今夜に限ってできたのかな?
大公達が代わる代わる隣で寝てたのも関係あるのかなぁと漠然と思うけれど、そろそろ起こしてくれないだろうか。
そうつらつらと考えていたら、何やら考え込んでいた竜王さんが突然さっきよりも更に深く頭を下げた。
「頼むっ」
「…………」
「待ちに待って漸く恵まれた子だ。子を失えば娘達の心痛は計り知れん。魔王殿の望むがままに取り計らう。どうか、魔石を融通して欲しい」
「……どちらにしても今はお応えできません。まずは竜界の誠意を見せて下さい。話はそれからです」
心理的に一定の角度以上は頭を下げれない竜族にしては、破格な態度なのだとは思うけれど、ここは心を鬼にして断固断る。
顔を上げた竜王さんの悲痛な面持ちは少々気持ちが揺らぐけれど、頭を振って返したその時に竜王さんの姿が揺らいだ。
竜王さんだけではなく、周りの景色もまるで陽炎のように揺らぎ薄らいでくる。
驚きに目を丸くしながら竜王さんを見れば、同じように瞠目をしている。
我に返ったように、咄嗟とばかりに竜王さんが伸ばしてきたその手は既に形を成さず、瞬く間に白んだ竜王さんの姿は消え失せ、私は願い通り夢から覚めたのであった。




