魔王様と魔石 ■ 28
その夜、私は珍しく『夢』を見た。
夏のように澄んだ青い空に、眩しく思える程に真っ白な入道雲。
地面は見渡す限り膝丈程まで伸びたかすみ草のような小さく白い花で溢れ返っている。
その場でぐるりと回ってみるけれど、建物みたいな障害物は一切無く、地平線までかすみ草が続いているのだ。
思えば魔界で暮らすようになってから、ごくたまぁに乙女な夢を見たりもするが普段はまず夢を見ないんだよね。
こういういかにも夢ですといった夢は初めて。
珍しい事もあるものだなぁと思ってはいたけれど、しかし何も無さ過ぎる。
目指すような建造物があればそこへ向かってみるのも有りなのかもしれないけれど、そういう影は一切見えない。
目が覚めるまで、私ずっとここで立ちっ放し?
それは幾らなんでも暇すぎる。
さて、困ったな。
「魔王殿」
進むべきか留まるべきか腕を組んで考え込んでいたその時、背後から声を掛けられて驚きに飛び上がりながら慌てて振り返ると、そこには竜王さんが立ってたから更に驚いて目を見開いたまま固まってしまった。
私、夢に見るほど竜王さんに会いたいとか、絶対思ってない自信はあるのに何で突然現れたの?!
「え…………え?」
じわじわと這い上がってくるような恐怖感で自然と摺り足で後退る私に、竜王さんは緩く片手を上げて頭を振ってくる。
「突然の『夢渡り』を申し訳なく思うが、魔王殿に害を加えるつもりは無いので話を聞いてもらえぬだろうか?」
緩やかに片腕を払うように竜王さんが動かすと、その場に突然テーブルセットが湧いて出てきた。私に座るよう勧めながら竜王さんがゆっくりとした仕草で先に腰を下ろすのを見て、私を脅えさせないように意図してゆっくりと動いてくれてんだと気付く。
先に腰掛けたのも私を気遣ってくれてるようでして、ここで嫌だというのは申し訳ないというより大人気ない気がしてくる。
竜王さんを伺いつつ椅子に腰掛けると、緊張していたのか竜王さんの肩の力が一瞬抜けたように見えた。
「……あの……『夢渡り』って何ですか?」
正直、まるっきり予想もしてない相手との対面にかなり動揺してて、まともに挨拶をする余裕も無く頭に浮かんでいた疑問をそのまま口にしていた私。
「この術は魔族の得意とするところだが、そうか……魔王殿はまだ幼いのであったな。『夢渡り』とは言葉の通り、相手の夢へ渡る術だ。夢であって夢ではなく、現実ではないようであって現実である」
不躾にも開口一番で問い掛けた私に嫌な顔をするでもなく、竜王さんは説明してくれたんだけどよく分かりません。
「えっ。えっと、すみませんっ。ここは私の夢の中なんですよね? 夢だけど現実とか……意味が分からないんですが」
「いかにも。この空間は確かに魔王殿の夢の中であるが、こうして我とまみえている事は現実でまみえている事となんら変わりはない。ただ、場所が夢の中でというだけだ」
「じゃぁ……今目の前にいる竜王……殿は、本物?」
半信半疑で戸惑いながら問う私に竜王さんは笑いながら頷いて返すと、不意に身を屈めて足元の花を一本手折ると私に差し出してきた。
「この花を……目が覚めればお手元に残るであろう。さすれば、夢であり現実であるという意味も実感できよう?」
「はぁ……」
俄かには信じがたい思いで竜王さんから受け取った小さな白い花を眺めていた訳なのだけれど、目の前にいる竜王さんが本物ならば用があってわざわざやってきた訳なんだよね。
「その後、お体の調子はどうだ」
「はい。体の方はすっかり良くなりました。あの時は竜王殿のお力添えを頂いたそうで、ありがとうございました」
「いや……礼には及ばない。寧ろ、侘びねばならぬは我等の方だ。力に酔ったとはいえ、ナイリアスの行いは弁解の余地も無い。魔王殿を攫い傷付けた事、ナイリアスに代わり謝罪しよう。申し訳なかった」
そう言う竜王さんの声は低く深みがあって、立派な体格をしている分、ピシッと背を正している姿はとても貫禄があって正に上に立つ人その者って感じだった。
私個人としてはそう簡単に割り切れるものじゃないし、もう一度会う必要があったのだとしても、もう少し先にして欲しいって部分はあったんだよね。
この辺りは個人の我が侭というか逃げだとは思うんだけど、取り合えず竜王さんが夢の中まで来て謝罪している以上、話を聞く気はないから直ぐに帰れって言う訳にもいかない気がする。
「……………………分かりました。謝罪はお受け致します」
「そうか……感謝する」
竜王さんは私の返事を聞いて、ホッとした様子で微かに笑みを浮かべた。
「わざわざ夢の中にまでご足労頂きまして、お気遣いありがとうございます」
思う事は多々あるのだけれど、笑顔を浮かべて礼を言うだけに留める。
「それで……実は、もう一つ用件があってだな。できれば、魔石をもう一度融通してもらいたいのだ」
「魔石……ですか? それは、またなぜでしょう」
魔石を欲しがっているという事は既にイシュから聞いていたので、その事についてはそう驚かなかったんだけど『今』切り出してくるのが意外で少々気持ちに痼りを伴いつつ驚いた。
「それは……我が竜族はこの一〇〇年程子供に恵まれてはおらぬ。此度、力のある魔石を手にした数人の者が子を宿す機会に恵まれた。子を宿せたのは偶然であるのか、魔石の力ゆえかを確認したかった事情は既に聞かれたと思われる」
それはナイリアスさんから聞いた事なので、素直に頷いて先を促す。
「魔王殿が魔界へ戻られてから三人の娘に宿った子の魔力が失われた。子を宿す切っ掛けとなった魔石の魔力は僅かながらに残っていたが、あの日を境にただの石となってしまった」
「はぁ……」
反応の薄い私に竜王さんは微かに眉を潜めるが、だからどうしたというか、結界を無理矢理超えようとしたり、夢の中まで押しかけてくるほど子供に魔力が無いと困るものなの?
魔族や妖精族は魔力無いイコール死だから慌てるのは分かるけれど、竜族は魔力に依存してないから無くても困らないんじゃない? と正直思う。
それとも、差別意識が強いから、魔力持たない子供は虐げられてしまうのかしら。
でも、竜族って子煩悩だって聞いたけどなぁ。
切羽詰る理由がいまいちピンとこなくて首を傾げている私に、竜王さんは引き続き語りだす。
「……魔王殿は、我等竜族がどのように子を産むかはご存知か?」
「いえ、知りません」
素直に頭を振る私に、竜王さんは成る程と小さく頷く。
「竜族の女は子を一定期間身に宿し、時期がくれば卵を産み己の島で温め育てる」
えぇ?! と思ったのは、竜王さんが人の姿をしているからであって、本性は竜なんだよね。
普通、人は卵産まないしね。
ドラゴンになれちゃうんだから卵産むのも有なのかもしれないと思い直す。
しかし、トカゲって卵産んだっけ? いや、トカゲと竜が一緒とは言わないけれど、何となく似てると思うし、なんて自分の常識に当て嵌めようとして考え込んでいる間にも竜王さんのお話は続いてまして。
「竜族の女が男よりも魔力を多く有しているのは、宿した子を護る為の卵が魔力で出来ているからだ。この一〇〇年、子ができない一因として女が持つ魔力の低下が上げられている。子が出来たとしても護る為の魔力の卵を女の体の中で作れない為に、出来た子が定着しないのだ。卵の殻は子を護るのと同時に栄養ともなる。母が温め育てている内に卵の殻は子供への養分となり次第に透けていき時がくれば壊れ、晴れて子の誕生となるのだ」
えーっと……つまり?
「子を護っていた卵の魔力を失った今、娘達の魔力だけでは足りずに竜族の女全てで補いはしているが長く持たないだろう。辛うじて娘達の身に留まっている状態ではあるが、形を失い命が消えるのも時間の問題。ナイリアスから魔王殿の魔力が失われたのと時を同じくして、子の魔力も消え失せた。女達が娘達に魔力を与えようとしているが、魔石が与えた力には遠く及ばない。娘達に子が宿ったのは魔石の力だと娘達は確信しておるし、我も思いは同じだ。全ての切っ掛けは、魔王殿の魔石なのだ。どうか、このまま子を失う前に魔石を譲っては頂けないであろうか」
無理矢理結界を越えようとしたり、こうして夢の中まで押しかけてきた理由は分かった。
声を荒げるでもなく静かに訴えてくる竜王さんの真摯な眼差しに、返す言葉が無くて眉を寄せてしまう。
押し黙ってしまった私に、竜王さんが「どうか」と再度訴えてくる。
悩みに悩んで散々逡巡していたけれど、答えない私に焦れた竜王さんがまたもや訴えてくる事で踏ん切りがついた。
私一人で結論を出すのは正直怖い。
だけど、大公達を始めとしてウチの連中は皆魔王様馬鹿だから、どんな結果を出そうと大目に見てくれると願いたい。
そう腹を括った私は、竜王さんへ躊躇っていた返事をした訳である。




