魔王様と魔石 ■ 27
ちょっと……じゃないけれど、顔も見たくないとか思っただけで、竜族の人が誰も出入りもできない結界を張ってしまうとかって私凄ぇぇ。
じゃなくて。
もう一度やってと言われてもできないけれどね。
私が寝込んでいる間も竜界から親書は届いてはいたのだけれど、イシュが寝込んでますからと断っていたので実際押しかけてくる事は無かったのだそうだ。
私が目を覚ました途端に結界なんて張っちゃったものだから、竜族の方達は大慌てで数人の使者で魔界までやって来ては、魔界の領域をどうしても超えられずにすごすごと引き下がっていったそうなのね。
行儀悪いとは分かりながらも、頬杖を付きながらその話を聞いていた私は次第に眉間に皺が寄ってくる。
あ、逆か。
話を聞いている内に姿勢を正しているのが馬鹿らしくなって頬杖つきだしたんだ。
と言うのも、すごすごと帰る前にどうしても魔界に入りたかった使者の方達が、諦めきれずに結界を崩そうと躍起になっていたそうで、その期間は約二ヶ月。
二ヶ月もの間、繰り返し使者が来ては結界に挑戦して引き下がっていた訳なのよ。
アホ? この人達、アホなの?
いわゆるアレ? ごめんなさいねぇと謝りながら、顎突き出してきてるの? 挑発されちゃってんの?
彼らには彼らの事情があって躍起にならざるを得ない事情を考慮してみても馬鹿だと思うのよね。
目覚めた後も暫くは引き篭もりよろしく自堕落な生活をさせてもらってて、その間もずっとイシュ達が執務諸々こなしてくれてた訳ですよ。
当然、竜界からの親書も来ていたけれど全て無視。
余すところ無く無視。
ウチの大公達、私が言うのもなんだけど、ほんと私と自分の事以外はどうでも良くて、全てにおいて無関心なんだよね。
大公達に訴えても埒が明かないから、と強硬手段に出てしまったっていうのは多少同情しても良いかなとは思うけれど、それでもやっぱり頂けないでしょう。
竜族の存在がどれだけ偉いのか知らないけれど、お願いしなくてはいけない身なのだから、腹の中はどうあれ下手にでるべき立場には変わりないと思うんだよねぇ。
そう思うのって、上から目線過ぎるかな?
争いごとを好んでる訳じゃないからできるなら穏便にと思っているのに、ことごとく神経を逆撫でるような事ばかりしてくるから頭が痛い。
ちなみに、伝書鳩は全て結界を無効化にできるので、竜界の伝書竜ちゃんは魔界にやってこれるのね。
だから、親書だけは届いているの。
伝書鳩には色々と独自のルールがあって、結界が無効化できるというのもその一つ。
他には親書しか運べないとか、武器の類は運べないとかそういう決まりがあるらしい。
電話みたいな魔具もあるにはあるけれど、あれって糸電話みたいなものでお互いが了承して始めてお互いが持っている紙コップに『糸』を繋いで通信が可能になるという前準備が必要な訳ですよ。
事前に電話回線を購入してから開通工事をするのと同じだね。
魔界と竜界なんて、そもそも交流がなかったし、今までのやり取りだって全て伝書竜がやってた訳じゃない?
結界なんて張られちゃった以上、今更通信用の魔具を取り付けましょうって話し合いもできないし、話したくても魔界には入れないって有様だしね。
そんな時の為の、唯一の通信手段が伝書鳩なのだそうです。
領土全域に結界を張ってしまうって事象は過去無かったようだけれど、人間界では篭城した時とかに結界を張ったりするらしい。
まぁ、結界張れる人数が揃っていればという条件付きだけれどね。
そんな中、結界無効化した伝書鳩が出入りできるのは良いとして、極端な話だけど細菌兵器とかを運んじゃったりとか、伝書鳩の首落としちゃうとかしたら、結界無効化した意味ないでしょ?
伝書鳩としての術を施されると、証人保護プログラムじゃないけれど、伝書鳩保護プログラムみたいなものが発動して、結界を無効化して中へ入れる代わりに命を脅かす物は持ち込めないし、結界を張ってる側が伝書鳩を殺める事はできないのだそうです。
この法則は、不思議な事に全種族共通なんだって。
話す言葉は一緒なのに書面の文字は違ったりとか、たまに首を傾げるような決まりごとがあったりするんだよね。
今、その不思議に思い馳せている場合ではないのだけれど。
その最新の親書を一つだけ読んだのだけれど、確かにイシュの言う通り、お詫びと見舞いに伺いたいといった内容を切々と書いてある。
二度とあんな暴挙はしないし、こっちの望むままの場所や形で構わないから、とにかく一度会って欲しい、結界解いて下さいって内容だった。
「…………必死だってのは分かるけれど、どこにも魔石の事は書いてないね。まぁ、魔石が欲しいからここまで必死になってんだろうけれど……なんか根拠あるの?」
先ほどのイシュの言い方が確信的だったのを思い出した。
イシュを疑っている訳じゃないけれど、親書読んだ時にイシュの言葉に少なからず影響されたなぁと思ったからちょっとした疑問だったんだけど、見上げてみれば普段と変わらない爽やかそうに見える笑みを浮かべている。
「あちらに眼を置いておりますので」
「眼?」
「眼でございます」
「その『眼』があるから竜界の事が分かるの?」
「然様でございます」
イシュの顔を見てなんか企んでそうなんだけどなぁとは思うんだけど、こういう言い方する時は、私が本気で問い詰めない限り言い出すつもりが無いんだよね。
本当に色々と甘やかしてもらってるなって思う。
この件はまた後で聞いてみる事にしよう。
少なくとも今は、その『眼』とやらがあるお陰で、竜界の情報が分かるようだしね。
「…………分かる範囲で、ナイリアスさんの事とか、竜界の現状を教えて?」
読んでいた親書をイシュに返し、背凭れに身を預けてイシュからの報告を促す。
「現在、竜界はかなり騒然としているようでございますね。まずはナイリアスですが、我等が竜界から立ち去る際に、魔王様の魔力は”全て”回収いたしました。その影響で数日は寝込んでいたようですが、今では動いている姿も見れますので一応は回復しているのでしょう」
「寝込むって……魔力回収した事でなんか影響あるの?」
私は魔力をたくさん使うと眠くて眠くて仕方なくなるけど、そういう意味合いには聞こえなかったから口を挟んでみる。
「どうでしょうか……我等や精霊族は魔力を失うという事は命を失うという事になりますが、竜族は命を失う訳ではございません。竜族が魔力を失った場合、どのように感じるかは分かりかねますが、我等が一定量の魔力を失いますと、激しい喪失感と飢餓感に見舞われます」
あ、そうでしたね。
皆で食い散らかしてましたもんね。
爽やかに笑いながら教えてくれるイシュに、ふと嫌な思い出が蘇ったよ。
「竜族と魔族では持つ魔力の量も異なりますし、依存の度合いも異なりますから、竜族が同じように感じるかはワタクシには分かりかねます」
「ふぅん……でも、もう起きて動いてるって事は元気になったって事なのかな」
独り言めいた私の言葉にイシュは特に答える事なく、軽く顎を引く程度に留めて個人の意見は控えたみたい。
「他、何かある?」
「そうですね。他は、竜界がかなり騒然とした様子で……『眼』で見れる範囲は限られておりまして、騒ぎの元は不明ではありますが魔王様のお力に縋りたいのもそれ故ではないかと思われます」
ふむ、と拳を口に当てて考え込むが、イシュの問いに遮られる。
「魔王様は今後、竜族への扱いをどのようにお考えでございますか?」
「扱い? ……う~ん……扱う以前に、付き合いたくはないし遣り合いたいとも思わないかなぁ。顔を合わせたら気を使わないといけないだろうし、半年前に比べてマシになってきたとはいえ、正直まだ怖いって気持ちは消えないしね。……今、結界はどうなってるの?」
天井を指差してイシュに聞くと、問題無いと返ってきた。
「この結界って、どうやって消えるのかな」
「魔王様が不要と思われるその日までは、このままかと思われます」
「この結界って、魔族には何も影響は無いんだよね? だったら勝手に消えるまでこのままで良いや」
「宜しいのですか?」
結論付けた私に、イシュが意外そうな表情浮かべて確認してくる。
「うん? 何で?」
「いえ……魔王様の事ですから、竜族を哀れむかと思いまして」
「あぁ……そうね。今のところは無いかな? それに……」
「それに?」
「うん。まぁ、ナイリアスさんの件は置いておくとしても、その後の竜族の態度は私は好まない。率先して仕返ししたいとも思わないから、結界で護られているならわざわざウチの連中が怪我しに行く必要もないでしょ? だから、そのままで構わない。……って言うか、何でもかんでもほいほい哀れんだりしないわよ。失礼ね」
軽く睨みながらぼやいて見せれば、イシュが失礼しましたと笑い私達は再び執務へと作業に戻った。
竜界が騒がしくしている原因は知りたくないと言えば嘘になる。
そのせいで私の魔力を欲しがっている訳だし、多少の好奇心は勿論あるからね。
でも、原因を知ってしまえばイシュが言うように同情してしまうかもしれないし。
今の私は同情してしまうかもしれない原因を知るのではなく、あえて避ける方を選択したかったのだ。
それによって竜族が困るのであれば、困っていればいい。
それくらいの仕返しは許されるだろうって思うのは間違ってるかな?
でも、許すとか思ってる時点で自分に対する言い訳であって、原因を知った時に後悔するんじゃないかっていう後ろめたさもあるんだよね。
個人感情だけでは片付けられないから面倒臭い。
竜族ももう少し、こっちが同情できるくらい下手に出てくれれば考えられるのに。
考えても仕方の無い事に苦笑を漏らし、溜息一つ零して執務に専念した午後なのでした。




