魔王様と魔石 ■ 25
一晩ぐっすりと、それはもう良く寝ましたよっていうくらい爽やかに目が覚めました。
のっそりと起き上がった私に気付いた侍女達が、安堵の表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「魔王様……お目覚めになられたのですね。良かったです。直ぐに長へ連絡を致しました。間もなくお見えになられますので、もう少々お待ち下さいませ」
四人の侍女が口を揃えて言うから、思わず首を傾げてしまう。
「全員来るの?」
「はい。魔王様がお目覚めになられましたら、一番にお知らせするようにとの指示でございますので」
全員が指示したの? 何か過保護過ぎじゃない?
なんて思ったりもしたんだけど、聞けば一ヶ月近くも寝ていたんだから、それは心配にもなるわよねと納得。
気分的には一晩寝てたって感じなんだけどなぁ。
「魔王様の魔力は稀有ではありますが、その力を留める器、お体はまだまだ成長を必要とする未熟な器でございます。現在、辛うじてその力を留めるだけの器でございますので、成熟するためにも魔王様は眠りを必要とされておりますし、また器が疲弊する事があれば眠りにて回復をされるのでございます」
息もぴったりといった具合で四人が同時に現れて、色々心配掛けさせちゃったなぁと思いながら照れ臭さで過保護過ぎだよと言ったら、なぜかイシュが切ない顔で私の頬を撫で撫でしながら説明してくれた。
寧ろ、説明し終わってもずっと撫でられて居心地が悪い。
心配掛けさせちゃった手前、邪険にあしらう事もできないし非常に困っている私へ、ガルマがふと問い掛けてきた。
「魔王様? 実は先日より、竜王殿から親書を頂いておるのですがのぅ。いかがなさいますかぇ?」
「やだっ!!」
竜王と聞いた途端、蔦に貫かれる痛みを思い出して、一気に総毛立ちながら反射的に拒絶の言葉を口にしてしまう。
そんな自分に驚き呆然としたけれど、慌てて我に返って言い訳のようにしどろもどろと言葉を付け足す。
「ぁ……えっと……ごめん。もうちょっと冷静になってから……考えたいっていうか…………?」
あからさまに動揺してしまった自分に恥じ入りながらガルマを見ると、ガルマだけでなく全員が宙を見上げているので一緒に見上げてみるが特に何も見当たらない。
「どうしたの?」
「……いえ。魔王様がお考えになられると仰るのであれば、我等はそれに従うまででございますゆえに、お気になされる必要はございませぬぇ? 執務は我等が致しますゆえ、今はまだお体も休みが必要でございましょうから、ごゆるりとお休み下されませのぅ」
それはそれは機嫌良く言ってくるガルマを怪訝に思いつつも、今の私にとってはありがたい言葉なので素直に頷いておいた。
それからの日々はいつもと変わらず、穏やかだったり馬鹿やったりって感じだったんだけど、それでも意図して竜界の、ナイリアスさんの事は考えないようにしてた。
こんな個人的な感情で後ろ向きなのは良くないと思ってるし分かっているんだけど、どうしても竜界とのこれからを考えると、恐怖とか痛いのとかを思い出して体が竦んでしまう。
私が目覚めてから三日経った夜の事、それまで一度寝たら朝まで起きなかった私が、突然夜中に目覚めるようになってしまった。
人間止めてからこんな事は初めてで、動悸の激しい胸に苦い思いをしながら背を丸めて膝を引き寄せる。
自然と右足の脛を撫でてる自分に気付いて、ますます嫌な気分になりながらうつらうつらと夜を明かしたのね。
だけど、その夜だけでなくて、次の日も次の日も夜中に飛び起きて目を覚ますものだから、段々寝るのが嫌になってくるし、あの素晴らしいと自画自賛したきめ細かな肌に! 隈ができてるのを見てマジで泣きたくなってきた。
多分、寝れないイライラで感情が昂ぶってるんだと思うんだけど、些細な失敗で泣きそうになるし、鏡を見ては目の下に生息し続ける隈に泣きたくなる始末で、そんな自分を持て余して更にイライラするという悪循環に陥ってたのですよ。
そんな夜が続いたある日の事、またもや飛び起きた私は募り募った鬱憤に堪え切れず、枕を掴んで布団へ叩き付けて八つ当たりをしていたのね。
こんな事でへこたれるな自分! 負けるな自分! って発破かけても、気持ちの整理が上手くできないのだからしょうがないじゃん! だからって、いつまでもこんなんじゃ嫌だろう自分! とか布団を叩き付けながら頭の中で色々とぐだぐだしてた所へ静かに声を掛けられて驚きに飛び上がってしまった。
「イシュ……びっくりした」
慌てて振り返ると寝台の傍にイシュが立っている。
よく本気で寝室に呼んで欲しいとは言っているけれど、実際に今まで夜中にこうして現れた事などなかったから本当に驚いた。
イシュの背後を見ると、壁際にリリアーレが静かに控えているのが見えて納得した。
今まで寝たら朝まで起きなかったのに、毎晩飛び起きてたらそりゃぁ気にもなるよね。
「リリアーレが呼んだの?」
「はい。差し出がましいようですが、魔王様の魔力が乱れてらっしゃるようなので、お許しを頂く前に伺った次第でございます」
「…………ごめん」
何だか自分が情けなくてうなだれてしまう。
夜中に突然、飛び起きてしまうのは魔力が乱れているせいらしい。
どうやって乱さずに済むのか分からないから、余計に情けなく思ってしまう。
そんなへこんだ私に、イシュはベッドの端へ腰掛けて頭を撫でてくれる。
「魔王様が謝られる必要はございません。さぁ、もう一度お休み下さい。ワタクシが傍についておりますので、魔力が乱れる事はございません」
ん? 何で、断定?
慰めるようなイシュの言葉に小首を傾げると、静かな声で説明してくれた。
「一度は全てを出し切ろうとした魔力を再びお体に戻されております。戻られはいたしましたが、まだ上手く器に馴染めてらっしゃらないのでしょう。それなりに力のある者がお傍におりましたら、乱れる事もなく馴染むのも早まると思います」
「そうなの?」
「はい。獣の親が子に狩を教えるのと同じようなものです。力ある者が傍にいれば、魔王様も魔力の調整を自然と会得できるようになりますよ」
傍にいて習慣を身につけるっていうか、肌で感じろって事なのかな?
「お目覚めになられたとはいえ、魔王様はまだまだ体を休ませる必要がございます。どうか、イシュをお傍に置いていただけませんでしょうか」
普段のドMっぷりとは打って変わって真面目に訴えてくる訳で、それも私を心配してこんな夜中にやってきてくれてるし、言っている事も何となく理解した私はゆっくり眠りたいって欲求もあって頷いていたのよね。
笑顔を見せて隣にイシュが横たわった訳なんだけど、別に期待してた訳じゃないわよ?
ただ、ほら! 普段、変態発言してるから、つい身構えちゃうとかってあるじゃない?
あるわよね?! あるって言って?!
頷いた事を少々後悔しながら緊張していたんだけど、本当にイシュは添い寝をしてくれただけで、それから飛び起きる事もなく翌朝までぐっすりと眠れた。
爽やかな目覚めに細マッチョな胸板とかって、乙女心がときめく状況だったのはちょっと恥ずかしかったりもしたけれど。
ちょっとイシュを疑って悪かったなぁと思いながら凄く感謝した。
うん、凄く感謝はしたのだけれど、二度と独り寝ができなくなった事を考えると、やはりこの時に頷かなければ良かったかもと、事あるごとに後悔する私なのでありました。




