魔王様と魔石 □ 24
何という事は無い。
分不相応にも取り込んでいた魔王様の魔力を一気に吸い取ってやるだけで、ナイリアスは束の間忘我となる。
その瞬間を逃す事無く、背後に転移したサナリラナイアがナイリアスの片腕を捻り上げながら膝を折らせ、その背に膝を衝く事で頭を地に押し付け動きを封じてしまう。
普段のナイリアスであれば、ここまで容易く押さえ込まれる事も無かったであろうが、気を乱されている上に魔力を一気に抜き取られた喪失感とでサナリラナイアでも簡単に捩じ伏せる事が出来る隙が生じたのだ。
「っ! ナイリアス様に何をなさるっ!」
「王弟の反逆行為を未然に防いで差し上げただけであろう?」
いきり立つ近衛に鼻白んで告げながら、竜王へと眼差しを向ける。
正気では無いとは言え、王に向かい刃を抜けば王弟と言えどもただでは済まされない所を助けてやったのだ。
扱いが荒かろうが竜王とて文句は言えまい。
現に、声を荒げた近衛に向けて竜王が止める。
自失しているナイリアスの背から、サナリラナイアがフィンデイルと交代し、他の近衛も加わり三人がかりで押さえ込んでいる。
「この状況のナイリアス殿に、自ら結界を解いて頂くのは可能であろうか」
度重なるナイリアスの失態に苦い表情を浮かべていた竜王へ問うと、今度は難しい表情を浮かべてかすかに頭を振ってきた。
「ならば、少々手荒い扱いをしても構わぬか?」
「どのような?」
「ナイリアス殿は今、放心している状態ですので、そこへ幻惑と傀儡の術を掛けて誘導するだけだ」
「ナイリアス殿に傀儡の術など! 貴様、何を考えているっ!」
先とは違う近衛がいきり立ち剣に手を掛けて詰め寄ってくる。
「……傀儡とはいっても、その場しのぎ。力のあるナイリアス殿が我に返れば、傀儡の術とて直ぐに消えるから問題はなかろう? 竜王殿も異論はあるいまい?」
近衛のうっとうしさに一瞥で動きを止めると、竜王へと眼差しを向け承諾を促す。
「……ナイリアスに、何かしら影響はないのだな?」
「自我を押さえ込まれるので、数日は術の影響が残るでしょうな。魔王様の魔力の影響もあるゆえに、どちらにしても数日はこのような状態のままでしょう。魔力が失せればナイリアス殿も本来の自我を取り戻されるでしょうし、そうなれば術の影響など直ぐに消えるかと。傀儡の術は弱き者にしか効き目がございませんゆえに」
逆に、術が消えなければナイリアスは弱き者であると暗に告げる。
暫し逡巡した竜王ではあったが、現状を打破できる策を持たぬ以上は了承する以外はないのだ。
「任せる」
「……事が済みましたら、もう少し頑丈な見張りと強固な檻へ入れておくと宜しいでしょうな。今回以上に暴れる可能性もございましょう」
竜王の承諾には内心ほくそ笑みながら、迂闊な竜王へは礼の代わりに一つだけ忠告をしてやった。
後はどうなろうと我等が関知する事ではない。
ナイリアスに歩み寄り見下ろせば、焦点の定まらない呆けた表情をしている。
虚脱状態のナイリアスを押さえ込んでいるフィンデイルと共に、近衛も何を仕出かすのかと緊張を漲らせているが、見える所に害を及ぼすと思っているのだろうか。
右手を上げ、人差し指をナイリアスの額に軽く当てる。
さて、ナイリアス。
我等が王を拐かし、更には大切なお体に傷を付けてくれた礼をたっぷりとしてやろうではないか。
自己を見失ったナイリアスの意識下へ幻惑と傀儡の術を施すと、焦点定まらぬ瞳が僅かに傀儡への抵抗を示して揺れ動く。
この状況で抵抗を見せるとは流石は竜族であるが、いかんせん抗うには今のナイリアスには力が無さ過ぎた。
そして、もう一つ種を植え付けてやる。
夢は淫魔が最も力を発揮できる場所であり、夢を見る本人でさえも抗う事のできぬ場所である。
毎夜、蹂躙してやるのも楽しそうだが、死を与えてやるのも楽しいかもしれない。
体を傷付けずとも精神が疲弊すればいずれは本当の死を迎えるかもしれぬし、気まぐれに傀儡として扱うのも捨てがたい。
どう処分するかは後の楽しみとして、淫魔の長以上に力ある者でなければ取り出す事のできない意識の奥深くへと種を植え付けてから、額に当てていた指を離しナイリアスの目の前で掌を見せる。
そして、目配せでフィンデイルに手を離すよう促すと、ナイリアスだけに聞こえるよう囁く。
『ご覧、ナイリアス。あそこに閉じ込め隠した宝は紛い物。そなたの本当の宝は、これであろう? 今度こそ誰にも奪われぬように、あの紛い物を取り出してこの宝を隠してしまうが良い』
幻惑の術によって何も無い掌からナイリアスは宝を受け取る。
ぎこちなく遅々とした動きは傀儡の術が浅いせいであろうが、それでも着実に檻へとナイリアスは歩き出している。
体も心も弱い人間とは異なり、本来の竜族であれば精神的に影響を与える術は掛かりづらい。
先に竜王へ説明した事に偽りはなく、ナイリアスが平時に戻ってしまえば今施した幻惑や傀儡の術は途端に解けてしまうであろう。
しかし、この場凌ぎであるために術が掛かっていれば問題は無い。
結界の術が施された檻を素通りしたナイリアスは、見えぬ宝を静かに置くと戒めていた蔦を引き千切り魔王様を抱えて檻から出てくる。
『さぁ、その紛い物は我等が処分しよう』
再びナイリアスに囁くと、傍に寄ったサナリラナイアが魔王様を受け取る。
途端、背後の檻はナイリアスのより強固な結界の術にて、その場から消え失せたかのように姿を隠してしまった。
竜王が危惧していたのはこの事かと納得をしつつ、このような場所にいつまでも魔王様を引き留めておく筋もない。
軽く顎をしゃくって促したサナリラナイアが魔王様諸共早々にその場から消え失せると、咄嗟に竜王が問い掛けてくる。
「っ……大公殿。魔王殿は……」
「魔界へお戻り頂いた。何か不都合でも?」
「いや、不都合はないが……お詫びもせぬままでは……」
「不要だ。それに魔王様は暫し眠りを必要とされている今、竜界に留まるよりかは一刻も早く魔界に戻られて休まれる方が好ましい」
「……そうか……分かった。此度の件、魔王殿をはじめ魔族の方には大変迷惑をかけた。心より詫びる。申し訳なかった」
真摯な態度で謝罪を口にする竜王であるが、我等が判断すべき事ではなく、魔王様が竜族の謝罪を受け入れるかどうかの事だ。
竜王への謝罪にはとくに言葉を返す事なく、会話の傍らに竜界へ残る魔王様の魔力の"全て"を回収しておく。
できる事なら、二度と顔を合わせたくは無いものだがな。
ワタクシも早々に暇を告げて魔界へ戻ったために、ナイリアスがその後どのような処分を受けたのかまでは知らないし知るつもりも更々無い。
先に戻られた魔王様の様子を伺いに向かう途中、ガルマエアータが待ち構えていた。
「戻ったかぇ。首尾は?」
「上々だ。貴公はどうだ?」
「我に抜かりがあろうかぇ? フィンデイルの目に仕込んだ蟲はよう育っておるゆえに、竜族の目はよほど旨いようじゃのぅ。咄嗟の事とは言え、良い『眼』を手に入れられたぞぇ?」
「どこから見ていた」
「水の檻はなかなか厄介な代物よのぅ……其方らの動きは聊か歯痒くも思ったが、竜族があのような結界を使うとは知らなんだ。この機に少し竜族へ探りを入れるのもよろしかろうて……何せ、聞いておった竜族の話は我等が生まれる前ゆえに、今とではだいぶ通じる話も少なかろうよのぅ。して?」
ガルマエアータが細い目をいっそう細めて酷薄な笑みを浮かべて問うてくる。
「そうだな……十日もすれば芽吹くだろう。せいぜい二十日前後といったところか。貴公も夢を渡る気か?」
「なぁに……貴公と同じく、魔王様が世話になった礼を厚く返すだけの事よ。…………サナリラナイアもシャイアマティウも夢渡りが不得手ゆえに悔しがっておるぞぇ?」
手にした扇を揺らし笑いながらガルマエアータは告げると、用が済んだとばかりに歩き出した背を暫し見送ってから、当初の目的である魔王様の寝所へと向かった。
竜界より魔界に戻られた日より三十日後、ようやく魔王様がお目覚めになられたのである。




