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魔王就任 【魔石編】  作者: 市太郎
大公と竜族
24/37

魔王様と魔石 □ 23

 側近の案内で向かったその場所は、洞窟とは言っても前後は深く、もしかしたら大きな岩場を刳り貫いた穴なのかもしれないが今その事を確かめる必要などは無い。

 何せ、目の前には我等の王がいらっしゃるのだからこの場を知って何になろうか。

 しかし、喜びと安堵を覚えたのは束の間、魔王様が何かしらに囚われている事は想定していたが、洞窟の中央にある巨大な水で出来た鳥篭が今にもはち切れんばかりに魔力で溢れ返っているのを見て恐怖する。

 一体何があって、あれ程までに体から魔力を吐き出しているのか。

「イシュ……サナリッ!」

 柵越しに魔王様と対面していた竜王が振り返るが、悠長に構えている場合ではない。

 我等の姿を見て声を上げた魔王様が覚束無い足取りで柵へ近寄ろうとするも、直ぐに何かに足を取られたようで転んでしまわれる。

 慌てて近寄る我等に顔を歪ませ涙を零す魔王様が手を伸ばす。

 それに応えようと手を差し出してはみるが、結界に阻まれ柵の中へ腕を伸ばすは疎か触れる事も出来ない有様である。

 歯痒い苛立ちを覚えるが、魔王様が上げられる悲鳴に我等同様その場にいた竜族も驚き緊張が漲った。

 よくよく見れば、魔王様の右足には膝下までも幾重にと蔦が巻き付き、何本もの太い棘で貫かれているではないか。

 痛みを堪え突っ伏し震える魔王様が再び悲鳴を上げられる。

 その度に小さな体から大量なる魔力を放出されているのだ。

「術に反応しているのか」

 サナリラナイアの呟きが傍らから聞こえる。

 未だ力を調整しきれていない魔王様は、無意識な思いや願いで術が発動してしまう事は常である。

 意図して抑える事も出来ず、願うままに術が発動してしまった結果が貫いている棘なのは分かった。

 ならば、なぜ魔力がここまで溢れ出ているのだ。

 成熟されてない幼い体は思いの外脆い。

 膨大な魔力を有しているとは言え、その器である体が無くなってしまえば意味は成さない。

 欠けた体を魔力で補う事は幾らでも可能ではあるが、失った体を元に戻す事など魔王様とて叶わない事である。

 無意識に術を発動させない為に、脆い体を護る為に魔力を逃しているのか。

 体が保たないという事か?

 そう思い当たった途端、背に冷たい物が流れ落ちる。

 またもや悲鳴を上げる魔王様に慌ててお止め頂くよう願いでる。

「っ! な……なりません! それ以上、力をお使いになられてはなりませんっ。器が、体を損なってしまいます。どうか、お心を静めて下さいっ」

 確かにこの水で出来た鳥篭の結界は魔王様の気配を隠し切っていただけの事はあり、大変に緻密で素晴らしい出来栄えなのであろう。

 しかし、魔王様がこのまま魔力を放ち続けていれば、鳥篭が壊れるのも時間の問題である。

 普段でさえも意識しなければ魔力の粒子を纏わせるほど未曾有だというのに、無意識とは言え体内の魔力を吐き出しているのだ。

 魔力を視覚できる者が見れば、鳥篭の中はあたかも黄金を溶かして流し込んだかのように、この世界で一番純度の高い魔力が溢れ満ちている有様なのである。

 壊れた鳥篭から溢れ出た魔力を浴びてしまえばナイリアスの例があるだけに、ここにいる竜族へどの様な影響が出るのかなど分からない。

 無論、幾ら魔王様の強い魔力に馴染みがあると言えども、我等とて冷静でいられるかは定かではないのだ。

「……だって……帰りたいのに、帰れないっ」

 か細く震える声で訴える魔王様に、サナリラナイアが必死に宥めようと言葉を掛ける。

「必ず、お連れしますからどうかお休み下さい。お疲れでございましょう? 次に目覚めた時は魔界に戻っておりますから」

 普段は言葉少なであるサナリラナイアの切実な言葉に、魔王様が顔を上げられ交互に我等を見つめてくる。

 この結界が無ければ、無防備にも放たれている一際濃い魔力を一身に受けていたのかと思うと、得も言われぬ興奮で体に震えが走った。

 意図されている訳ではないと重々承知してはいるが、向けられる眼差しに込められた魔力の強さに、状況を鑑みずにも平伏しそうになってしまう。

 ナイリアスの竜血が乱されたのは、魔王様のこの濃い魔力を注がれた為なのだとようやく気付く。

 敵とみなしたナイリアスを魅了し傀儡にしようと魔力を注いだといったところだろうか。

 ナイリアスも傀儡に堕ち掛けながらも竜族としての自尊心故に抗った為、竜血という気が乱されてあそこまで正気を失っているのであろう。

 ワタクシとて未だこのように濃い魔力を頂いた事はないというのに、魔族でもない竜族ごときがその栄を浴するとは、ナイリアスには念入りに礼をしなければならない。

「……本当?」

 涙を溜めながらも微かに笑みを浮かべた魔王様が囁かれた。

「我等が魔王様とのお約束を違えるはずがございません。さぁ、このままお休み下さい」

 我等の誓約の力を込めた言葉に安堵された魔王様は、瞼を伏せられるとそのままお休みになられる。

 一時はどうなるかと恐れた魔力の放出も、術による器の疲弊が無くなった事によって徐々に体の内へと戻っていく。

 平時と変わらず魔力の粒子が僅かに漂う程度になって、漸く我等も安堵する余裕が出来た。

「あの魔力は……魔王殿の魔力なのか。魔王殿は、大丈夫なのか?」

 一歩引いた所で様子を見ていた竜王が、満ち溢れていた魔力の消えた鳥篭を見上げた後に魔王様を気遣いながら我等へと眼差しを向け問い掛ける。

「今の所は。だが、魔王様と約束をした以上、早急に魔界へお連れしなければならない。ナイリアス殿に結界を解いて頂きたい」

「あ、あぁ、しかし……」

 早くナイリアスを連れて来いと、言外に竜王を見据えていると俄かに辺りが騒がしくなった。

「ナイリアス!」

「ナイリアス様っ! お待ち下さい!」

 声を発したフィンデイルを見れば、謹慎だか拘束かをされていたはずのナイリアスがこちらへ向かうのを側近達と共に遮っている。

 本人自ら出向いてくれたようで、手間が省けて何よりだ。

「五月蝿い! ソレは私の物だ! 私の『宝』に勝手に触れるなっ!」

 我を忘れて叫び、血眼になって魔王様を求め、魔力に溺れた何とも情けなく浅ましい姿を曝すナイリアスに愉快な気分になる。

 取り乱せば乱す程、自尊心の高いナイリアスが正気に戻った時に受ける衝動は大きくなるだろう。

 そう思うとナイリアスの哀れさが堪らなく愉快であり、自然と口元が綻んでしまうというものだ。

 新たにナイリアスの監視をしていた近衛も現れたが、手酷くやられたのか満身創痍な有様であった。

「ナイリアス、静まらぬか。魔王殿を攫い、閉じ込めて何が『宝』だ」

「私は冷静ですよ……ラーディエス兄上も、フィンデイル兄上同様ソレが欲しくなったのでございましょう? だから、竜血の乱れを整えよともっともらしい事を言って私を遠ざけたのでは? しかし、ソレは私の『宝』である以上、王であろうとも手は出せない。出せば王ではなく、盗人だ」

 ナイリアスは己の領域に許しなく他者が踏み入っているせいか、興奮は高まり己を律する事も出来ない様子で息遣いも荒い。

 そして、携えている剣の柄に手を掛けるナイリアスを見た竜族一同は一気に緊張を高めている。

「兄であり、王である我に刃を向けるというのか、ナイリアス」

「私の『宝』の前にいるのであれば、兄でも王でもなくただの盗人だ。盗人に刃を向けて何の咎があると? ましてや、秘する島は穢れを厭うと見做されているにも拘らず、不浄な魔族を引き入れるなど以ての外でございましょう」

 同族争いで王族が減った所で、我等魔族にとっては痛くも痒くも無い訳だが、そろそろこの結界を解いて貰う事に取り掛かって欲しい所である。

 とは言え、二の足を踏んでいる竜族を差し置いて、我等が力で立ち向かった所で刃が立つとは思えぬ。

 しかし、幸いな事にも魔王様の魔力に気を乱されている為、今のナイリアスならば扱いは容易い。

 目配せすれば意図を察したサナリラナイアが直様行動へと移したのである。

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