魔王様と魔石 ■ 19
『大人になってマジ泣きが許されるのは、財布を落とした時だけでしょう』
そう豪語していた友人の言葉をふと思い出して頬が緩む。
勿論、それ以外に泣く事は許さないという訳ではなくて、要は普段からめそめそと直ぐに泣くなっていう揶揄なんだけど。
そんな事を言っておきながら、自分の方が涙脆い癖に良く言うよと笑ってやった事が懐かしい。
友人が今の私を見たら『そんなに泣く程、凄い大金落としたの?』と慰めてくれるかな。
『三万以上だったら同情して何か奢ってあげても良いけど、それ以下の金額なら泣くな』とめそめそしている私を励ましてくれるかもしれない。
今思えば、随分中途半端な金額じゃない?
一万だって落とせば結構痛いのに。
泣いている事を茶化すような笑顔や、落ち込んだ気分を晴らそうと気遣う声、その不器用な優しさを容易く想像が出来て笑いが込み上げてくる。
それなのに、視界が徐々にぼやけてきて困っちゃう。
息を吸い込むと唇が震えるのが嫌で噛んでみても、息を殺し奥歯をきつく噛み締めてみてもしゃくり上がりそうになる。
無尽蔵だとか、世界で一番とか言われた所で、肝心な時に使えない力なんて意味が無いじゃないか。
『兄上の下より戻り次第、直ぐに隷属としてやるから覚悟しておけっ!』
ナイリアスさんの去り際の言葉を思い出しては途方に暮れる。
ナイリアスさんの逆鱗に触れてしまったのか本気で怒っていた。
戻ってきたら本当に隷属にさせられてしまう。
どうしよう。
どうしたら良いんだろう。
気絶する位を期待していたのに、やる事為す事全部裏目に出ちゃう。
「ぅ――――っ」
クッションに顔を埋めて叫びたくなる声を押し殺して暫く経った頃、誰も居ないはずのこの場に突然の声が響いて体が跳ね上がりそうになる程驚いた。
「……この者が、魔族の王か?」
慌てて目元を拭い気怠いながらもそちらを見ると、フィンデイルさんと知らない男の人が檻の向こう側に立っていた。
その後ろにも三人の男の人が立っている。
突っ伏していた体を何とか起こし、改めて新たに現れた人達の様子を伺い見た。
声を上げたと思わしき人は、浅黒い肌にプラチナブロンドの髪と、見開いている目も琥珀で金尽くしの印象が強い。
並ぶフィンデイルさんよりも体格が良い金尽くしの人は、フィンデイルさんに似た風貌でありながら、どことなく柔和な雰囲気がナイリアスさんを彷彿とさせて知らず警戒心が湧いてくる。
もしかして、竜王その人なのかな。
フィンデイルさんとナイリアスさんを足して二で割るというか、この金尽くしの人を二で割った感じがあの二人って感じがする。
後ろにいる三人は色や着こなしは違うけれど統一性を感じられる服装が制服にも思えるから護衛の人達なのだろうか。
全員が唖然とした様子で暫くの間無言で水の鳥篭を見上げていたけれど、ふと金色の人が私に視線を向けて詰めてた息を吐き出す。
その吐息に他の人達も我に返ったといった様子で瞬きを繰り返し、一斉に詰めてた息を吐き出している。
何か怖い。
またナイリアスさんみたいに豹変されてしまったらと思うと、檻の中だというのに自然と体が後退って距離を取ろうとする。
「この方が魔王殿です」
フィンデイルさんが金色の人に告げると、柵へと近付き片膝を付く。
「魔王殿。此度のナイリアスの凶行、誠に申し訳ない。直ぐにここよりお出しして差し上げたいのだが、この檻はナイリアスしか開く事が出来ないので今暫く辛抱して頂きたい」
魔界に来た当初の態度とは裏腹に、思いの外真摯な態度のフィンデイルさんに躊躇いながらも頷いて答える。
ここから出してくれるというのであれば、不安も幾らか軽くなるし大人しく待つ事もできる。
頷いた私に頬を微かに緩ませたのは、安心させようというフィンデイルさんなりの心遣いなのかな?
「おい、誰か。お二方を案内して差し上げろ」
立ち上がり振り返ったフィンデイルさんが三人に向かって告げるけれど金色の人がそれを遮る。
「待て、フィンデイル。今ここへ案内するのは些か不味くはないか」
「良くはないでしょうが、彼等は我等の都合に合わせて大人しく待ってもらっておりますし、魔王殿がいらっしゃる事が確認出来たのですから、一目姿を見れれば不安も幾らかは和らぐのでは? これ以上無為に彼等の時間を奪っても印象は悪くなるだけでしょう」
「お前の言い分は当然だ。しかし、己の王の現状を見て彼等が激昂しないだろうか」
「…………勿論、それなりに思われるでしょうが、ナイリアスしかこの檻を開く事が出来ない以上、彼らが激昂した所で『無駄』でありましょう。今も冷静に待っている彼等ですから、いきなり暴挙に出るという事は考えにくい。それに、この魔力をどうにかしてもらわないと……ナイリアスの豹変を思えば、いきなり檻を開かせる訳にもいきますまい」
声を潜めている訳ではないけれど、淡々と話し合っていたフィンデイルさんが些か途方に暮れたような眼差しで檻の中へと目を向けた。
釣られてこちらを見る金色の人も、その一言で納得した様子で溜息を零す。
「フィンデイルの言う通りだな。おい。誰か案内してきてくれ」
金色の人が改めて告げると一人が応えてその場から消え去り、その間に金色の人が柵に近寄り片膝を付く。
「魔王殿、この様な形で対面する事となり大変に申し訳ない。ナイリアスの凶行と重ねお詫びいたす。名乗りが遅くなったが、我が竜族の王ラーディエスだ」
大きな声で話している訳ではないのに、低く張りのある声は良く通って王としての貫禄を感じさせる。
相手が名乗っているのだから、こちらも応えなければと居住まいを正してはみるが、何せ疲労が激しいのか体の怠さが半端無くて必死に自分では動いているつもりなんだけれど、その動作は我ながらイライラしてしまう程ゆっくりになってしまうのだ。
それに誰か来てくれているみたいだから、そっちも気になるし会えるなら早く会いたい。
その時、先程竜王に命じられて消えた人が戻ってきたのが視界の端に映る。
その人の傍らに、イシュとサナリがいるのが見えた。
「イシュ……サナリッ!」
二人を見た瞬間に、目の前に竜王や取り繕わないと思っていた諸々の事が全て吹き飛んでしまった。
ホッとした気持ちとか、嬉しい気持ちとかで一気に胸の中が一杯になる。
目を見開いて慌ててこちらへ駆け寄る二人に、少しでも近くに寄りたいと思うけれど直ぐに足を取られて転んでしまう。
手が届きそうな場所にいるのに、手を伸ばしても届かない上に、思うように儘ならない体が厭わしい。
傍に行きたいのに、帰りたいのに帰れない、そんな苛立ちが頂点に達した瞬間、またもや蔦の棘が突き刺さり悲鳴を上げてしまう。
邪魔をしないで欲しいと思えば立て続けに棘が突き刺さる。
「っ! な……なりません! それ以上、力をお使いになられてはなりませんっ。器が、体を損なってしまいます。どうか、お心を静めて下さいっ」
切羽詰ったイシュの声は聞こえるけれど、どうやって心を静めれば良いのか分からないよ。
「……だって……帰りたいのに、帰れないっ」
「必ず、お連れしますからどうかお休み下さい。お疲れでございましょう? 次に目覚めた時は魔界に戻っておりますから」
緊迫した声でサナリもイシュの隣から言ってくる。
「……本当?」
潤む視界で二人を交互に見ると、安心させるつもりなのか笑みを浮かべてるけれど、サナリの笑顔はちょっと怖いんだよね。
こんな時でも笑顔が怖いとかって、それってどうなのかと思ったら泣きながら笑ってしまった。
「我等が魔王様とのお約束を違えるはずがございません。さぁ、このままお休み下さい」
後になって思うと、この時の自分は本当に寂しくて疲労しきっていて、二人に甘えてしまったなぁと、大公達に何だかんだで依存してたんだなぁと、思い出すたびに身悶えしたくなる程なんだけど色々と必死だったし一杯一杯だったのよね。
だから、イシュとサナリが約束してくれたから、じゃぁ大丈夫だって安心して、本当に眠ってしまった私なのでした。




