魔王様と魔石 ■ 01
魔界の四季の差は激しい。
一番過ごし易いのは春と秋であり、唯今春から夏へ向けて季節が移り変わっている最中。
本日も大変お日柄が良く。等と、庭を眺めて一人悦に入ってる私であります。
今日は、離宮に住む人間達が慰安旅行から戻ってくる日でもあるのだ。
魔界で住む事を決めたとはいえ、人間界や故郷も恋しかろうと、一年若しくは二年に一度のサイクルで慰安旅行と称した人間界旅行を催している。
現地と魔界の送迎は無料だけど、旅行期間中に関する旅費は自己負担形式。
離宮で働いてる人間達の給料は魔界の貨幣にて支払われているけど、人間界へ行く時にはちゃんと人間界の貨幣へ両替も行っている。
両替手数料は無料。
団体で行く人達も居れば、ブラリ一人旅を楽しむ人も居るし、人間界へは行かない人も居る。
慰安旅行とは言っても、会費を集めてる訳では無いから、その辺りは個人の自由である。
離宮に住む人達には、基本的に自分達で決めてもらうようにしている。
地方自治体と似たようなモノかな。
人間達からの要望を聞く目安箱もどきに寄せられた意見は、全て私に渡されるんだけど、どうしてもこの案だけは通して欲しい、みたいな要望に関しては代表者から意見を貰ったりもするし、今回の慰安旅行に関しても、まずは人間達で時期と期間と場所をまとめてから、代表者を通して私に報告が来る仕組み。
人間達から、この慰安旅行はなかなか好評でもあるのですよ?
先日、新たに離宮へ住む事になった若いお嬢さん方は、まだ旅行に行ける程給料も貰ってないし、日々の生活で一杯一杯なので今回の旅行は見送り。
気持ちに余裕が出来て、参加したい気持ちがあれば、次回から行けば良いと思うし、その辺の面倒は離宮に住んでる先輩達が世話をしてくれるだろう。
小さなコミュニティだから、今の所大きな揉め事も無く、皆で助け合って上手くやっている。
たまぁに意見の食い違いで、小さな衝突があったりもするようだけど、私が態々でしゃばる事も無く離宮内で解決しているしね。
そろそろ皆戻ってる頃だろうと、眺めていた庭から離宮へと散歩気分で歩き出す。
最近は、私も幾らか魔力を使いこなせるという進歩を遂げておりまして、魔界もすっかり平和で落ち着いてたりもするから、魔王殿の中限定で転移術の練習がてら、一人最高ーっ! と暇を見付けては、一人魔王殿内の探検をしています。
そんな意気揚々とした気分で離宮へ向かっていたら、ガルマが離宮方面からやってきたのだ。
本日のガルマの装いは、普段なら妖艶さを惜しみなく出しているのに、珍しくも巨乳が露骨に見えないからか控え目な感じがする。
白地に細かな金の刺繍が施された、サリーみたいに長い布を体に巻き付けている。
ただ、Tシャツみたいなのは着ていなかったけど。
「あれ、ガルマ。畑の様子でも見に行ってたの?」
やぁ、と片手を挙げながら問い掛けると、本日も見目麗しく妖艶なガルマが、私の目の前で膝を折って優美に礼をしてくれた。
「魔王様、本日もご機嫌麗しく。此度は畑の様子では無く、これらの物を人間達に確認しておりましてのぅ」
ガルマがそう言って見せてくれたのは真珠だった。
「真珠じゃない。しかもかなりな大粒だね」
色や艶や形を見ると正に真珠その物。
唯、ちょっと違うのは、私の知る普通の真珠色や黒真珠以外に、赤や青や緑等々と大変カラフルなのだ。
見慣れない色だから、真珠独特の光沢も相まって、こうして見るとなんだか作り物のようにも見える。
大きさも、私は見るのが初めてな位大粒で、ガルマの手の中にあるので一番小さくても二センチ以上はあった。
こちらでは真珠の養殖なんてしてないだろうから、勿論天然物だろう。
「真珠…でございまするか? 魔王様はこれらの物をご存知でらっしゃるか」
「え。ガルマは知らないの?」
感心したガルマの声に顔を上げて、逆に問い返すと頷かれた。
「以前より取れてはおりましたが、使いようが無く困っておりましてのぅ。ふと人間界では何か使い道がある物かと思うて確認して参りましたが、人間達も見るのは初めてとの事。魔王様はこの真珠とやらの使い道をご存知でらっしゃるか」
「まぁ、宝飾品だよね。同じ色、同じ大きさを揃えて首飾りとか指輪とかね」
私は一つ摘んで形を眺める。
宝飾のプロじゃないから、真珠の良し悪しは分からないけど、傷も無さそうだし綺麗な球状をしている。
摘んだ真珠を戻し、真珠色よりも濃い黄色というか、金に近い色をした真珠を摘み上げると、意識して魔力を注ぎ込んでいく。
魔力を使いこなせるようになってからは、幾らかこうして魔力を注ぐというのも、加減が簡単になってきたから嬉しい。
真珠が壊れない程度に魔力を満たし、ガルマが持ってた真珠の中へ置く。
「ガルマの色と似てるから、何か合わせた飾りを作ってみたら? 似合うと思うけど」
淫魔族やガルマを含む一部の蛇族なんかは美的センスも良いし、ガルマに良く合うデザインのアクセサリー程度なら簡単に作れるだろうと思ったのだけれど、途中で使い道が無いと言ってた事を思い出し、この真珠ではガルマの美意識からは落第かもしれないと思い直す。
「あ、でもガルマの好みじゃないか。だったら……」
と、魔力を注いだばかりの真珠を取ろうとしたら、いきなり高い所、ガルマが真珠を持ってる手を上げてしまったので届かなくなってしまった。
「魔王様が妾の事を思って下さった物を、何故お断りせねばなりませぬかぇ」
細い目が邪悪そうに一層細くなってるから嬉しいと判断する事にする。
「……まぁ、ガルマがそれで良いなら別に良いけど」
ガルマの一族は、シャイアやサナリの一族と同じように肉食なのも居れば、淫魔族みたいに魔力や精を取るタイプといて、蛇族であるガルマは肉も食べるけど魔力や精の方を好むタイプなのだ。
だから、気紛れで真珠に魔力を注いだのだ。
「その真珠、捨てるなら私の部屋に置いておいてくれる?」
「ご所望あらば、海よりとって参りましょうか?」
「ん~無理矢理とって来なくても良いけど……でも、捨ててたって事は結構余ってるのかな?」
「左様でございますのぅ…邪魔な程に余っております故、そろそろ捨てる場所にも困ってきてはおりますなぁ」
「へぇ……そんなに……ていうか、どんだけ余ってるの?」
捨てる程、しかも捨て場所にも困る程、真珠が溢れてるってどんなのよと思う。
「元は妾の眷属で、海に住まうクラーケンが、海岸へ消化しきれないこの真珠とやらだけを吐き出しておりましてのぅ、幾ら時が経っても腐りもせず、魔物も食さぬ故に増える一方なのでございます。魔王様で何かしらの使い道がおありでしたら、集めて参りますがいかがされましょう」
あのタコとイカが合体したような魔物かと納得する。
というか、魔物が阿古屋貝の代わりなのか?
「そうだねぇ……それじゃぁ、人数集めて色と形と大きさに分類して貰おうかな? 後は傷の有無かな。今、魔力入れてみたら良い感じに馴染んでるようだし、宝飾にして身に付けられるようにするのも有かなぁ」
真珠と言えばやはり宝飾のイメージが一番強い。
後は、粉にして美容? でも、こっちで真珠の美容が通用するかは謎だな。
魔族なんかは、真珠の粉なんて必要無いだろうし、離宮の住む女性なら喜ぶだろうか。
まずは、宝飾だよね。
「畏まりました。では、早速手配致します故、妾はこれにて失礼致します。経過につきましては、改めてご報告に参ります」
ガルマは優美に膝を折って、早速仕事へと向かう。
正面から見たガルマは普通だったので、見送った白い背中が全開になっていたから凄い驚いた。
あのサリーは一体どうやって巻き付けてるのかと不思議に思いながら、ガルマと別れた私は当初の予定であった離宮へと向かったのである。