魔王様と魔石 ■ 18 ※
【R15】これより暴力表現及び差別的思想の描写が含まれますのでご注意下さい。
「おや。もう目覚めていらっしゃったんですか」
私の傍らで片膝を付いて覗き込んでくるナイリアスさんは、相変わらず柔和な笑みを浮かべているけれど、行動とは裏腹のその笑顔が今は凄く怖い。
「……その蔦は人間が魔術師の拘束具として作った物でしてね。術を感知すれば鋭利な棘が生えるという単純な仕組みなのですが、蔦を根から切り離してしまえば脆くも崩れてしまうんですよね。人間は面白い事を思いつくと思いませんか? 中途半端にしか役に立たないこの出来損ないの蔦も、矮小で卑屈な出来損ないである人間ようでいて私は好きなのですが、無意識で術を使用する貴女にはかなり堪えているようですね」
種が不完全だから発展していくのであって、種が完成されてしまえば後は衰退していくだけじゃないか。
咄嗟にそう言い返してやろうかとナイリアスさんを睨むが、蔦の絡まる足へ手を伸ばしているのに気付く。
嫌だと、触れるなと強く思った途端に火花が散り、ナイリアスさんが透かさず手を引くのと、棘が足を貫くのが同時だった。
上げたくもないのに勝手に悲鳴が上がってしまう。
暫くすれば痛みは引くものの体を貫かれる痛みは不意打ちなだけに衝撃も強く、仮に予測できたとしても我慢なんて出来ないし、棘が追加される度に既に貫通している部分も痛みがぶり返してくる。
寧ろ鉄パイプを何本も突き刺して我慢できる人がいるならお目に掛かりたい位だ。
痛みが引いて漸く強張らせてた体の緊張が緩むも、立ちくらみみたいに血の気が一気に引いていくような倦怠感に襲われてそのままクッションに突っ伏してしまった。
「これは凄い。まだこんなに魔力を秘めていたとは。そんな小さな体だと言うのに、まだ魔力を秘してらっしゃるようだ。これだけ魔力を有しているというのに、未だ成人には至っていないとは驚きですね。あぁ、魔界では未成熟と言うんでしたね」
どこか心あらずといったナイリアスさんの声が聞こえるけれど、その表情を見る為に顔を動かす事さえも出来ない程体が怠いし眠いというか意識を失いそう。
何をしでかすか分からない人を前にして、気を失っている場合では無いのだけれど、目の前が暗くなるのを必死に堪えるのが精一杯の有様で、指先さえもピクリとも動いてくれなくて泣けてくる。
「魔石の魔力も素晴らしかったが、貴女自身から溢れる魔力は更に素晴らしい」
身を屈めたらしく、うつ伏せて突っ伏している私の耳元でナイリアスさんの声がする。
「ご存知ですか? 我等竜族は皆、秘玉の島なる物を一つは持っていましてね、他人から盗まれないように己の宝を秘玉の島へ隠すんです。秘玉の島を造る事は竜族の古い風習の一つで、今では其々の蒐集品の保管場所となっていますがね。その中でも選りすぐりの宝は、こうして己の力で作り上げた箱へ厳重にしまい込むんです。私が作ったこの箱は、ご覧の通り鳥篭を模しておりましてなかなかの出来栄えと自負しているのですよ。魔王殿も美しいと思われるでしょ? この篭の中へは、私以外は誰も入る事ができません。竜王でさえも、この中へは入る事が出来ないんです。魔王殿が成人されるまではここで過ごしてもらいましょう。成人となれば、貴女は私の妻だ。魔族の身で竜族の伴侶を持てるなんて、まず有り得ませんよ。魔族を妻とすれば周りが五月蝿いでしょうが、貴女は魔族の王だから、魔族が我等竜族の傀儡国となればそうとやかく言われる事もないでしょうし、貴女の魔力を見れば寧ろ魔族が傀儡国となる事を喜ぶかもしれませんね。今からその時が楽しみだ」
うっとりと一人語っているナイリアスさんの夢物語を聞きたくも無いのに聞いている内、今にも気を失いそうになっていたのも怒りで吹っ飛ぶ勢いだ。
誰が妻になるもんか。
誰が傀儡になんかさせるもんか。
思わず言い返しそうになるのを必死に堪える。
下手に言い返して、またもや殴られるのは勘弁したい。
「……兄上が呼んでらっしゃる。先程、報告を済ませたばかりだというのに」
ふとナイリアスさんが動きを止めポツリと呟く。
「これ程の魔力に触れるのは初めてなんですよね。折角なのだからもう少しこの魔力に浸っていたいというのに」
そう言えば、魔力のオンとオフの切り替えが出来なかった頃は、下位の魔族とは擦れ違うな、目も合わせるなとしつこく大公達が言っていたっけ。
ナイリアスさんが普通だった時は私の魔力が見えなかったのに、今は良く見えているという事だから、私の魔力は現在垂れ流しも良い所って事だよね?
だったら、破裂とまではいかなくても、何かしら現状を打破出来るような影響は出ないだろうか。
「それに、魔界で漂っていた香りも今の方が遥かに強い。噎せ返るような香りとはこういう事を言うんですね……魔界では甘さが心地良くも感じましたが、甘さというよりも苔生した樹の近くにいるような香りだし、さっきよりも更に強くなってますね。私は甘い香りの方が好みなのですが」
竜王に呼ばれているというのにグズグズと留まっているナイリアスさんの方へと、突っ伏した体の向きを気怠くも変えると袖口を摘み彼の気を惹く。
一応、竜族だし王族なんだから、破裂なんて事にはならないと願いたい。
「何ですか」
相変わらず私を見ているのに、素通りする視線を向けてくるナイリアスさんの目をジッと見つめてみる。
水が上から下へと流れるように、魔力の強い者から弱い者へと流れていくのであれば、術を使う必要も無く魔力は流れていくはず。
自分の目で魔力の流れが確かめられれば良いのだけれど、実際どこまで効果があるのかさっぱり分からないのが難点だ。
「魔…………」
ナイリアスさんが何か言おうとして、口が半開きのまま固まってしまった。
しかし、それでも只管にジッと見つめ続けていると、あろう事か鼻血が流れてきたから慌てて袖を掴んでいた手を引っ込めようとするも、逆に掴まえられて押さえ付けられてしまう。
な、何か間違えた感が激しいんだけどっ!
今更視線を逸らす事も出来ずに凝視したままでいると、金色の瞳孔が次第に小さな円から細く長くと変化を見せる。
それに伴い、頬骨の辺りに鱗みたいな模様が浮かび上がってきて、徐々にその鱗が肌へと広がっていくし、掴まれた手には伸びてきた鋭利な爪が食い込んでくる。
「っ! 痛っ……」
皮膚を突き破りそうな爪で顔を顰めた途端に視線が外れ、ナイリアスさんは我に返った様子で慌てて掴んでいた手を離す。
と言うか、顔を上げると篭の向こう側で驚愕の表情を浮かべて立っていた。
気のせいか体が膨張しているように見えるのは、まさか破裂する予兆とかじゃないよね。
目の前で破裂するのだけは止めて欲しいんだけど。
顔を引き攣らせたまま、ナイリアスさんの動向を伺っていたのだけれど、破裂って感じではなく本性が出掛かっているって感じなのかな。
サナリとかシャイアも獣化する時に体が一瞬大きくなるけれど、何となくそんな感じがする。
よくよく見てれば手の甲や腕にも鱗の模様が浮き上がっているし。
…………。
竜族が竜になったら、騎竜よりも大きくなるのかしらと不安に駆られて思わず天井を見上げる。
まさか頭が天井に届いちゃうとか無いよね?
この檻、壊れないわよね?
何せ、竜王だって中に入れないって言ってたしっ。
「あ……兄上が呼んでらっしゃるから行かなければ……気を……気を静めなければ……」
ブツブツと呟く声が聞こえたからナイリアスさんを見ると、顔面を両手で押さえて蹲っていた。
何だか一層徒ならぬ様子のナイリアスさんに、冷や汗は出てくるし動悸が激しくなってきた。
寝ている間に殴られても良いから、今この瞬間に気を失ってしまった方が良いように思える。
しでかしてしまった事は今更なんだけど、どうしたら良いのかと焦っていると、手を下ろしたナイリアスさんが私を目線で射殺せそうな程きつく睨み付けてきた。
「くそっ。くそっ! くそっ!! 戻ったら直ぐに隷属としてやるっ!! 魔族如きに竜血を乱されたなど良い恥晒しだっ。兄上の下より戻り次第、直ぐに隷属としてやるから覚悟しておけっ!」
訳が分からないでいる私に、激昂しながらそう吐き捨てたナイリアスさんはその場から姿を消してしまったのである。




