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魔王就任 【魔石編】  作者: 市太郎
初外交
17/37

魔王様と魔石 ■ 16 ※

【R15】これより暴力表現及び差別的思想の描写が含まれますのでご注意下さい。

「あれ? ナイリアス殿。もう視察からお戻りになられたのですか? お一人ですか?」

「ええ、先程。一緒に戻った兄が一人で部屋を出たまま、まだ戻らないので様子を見に部屋を出たのは良いのですが、道に迷ったようで……人を呼ぶから待ってて欲しいとは言われたのですが、また兄が迷惑を掛けているかと思うと気が気ではなく勝手に出歩いてしまいました。申し訳ない。魔王殿もお一人で?」

 最後は、普段大公の誰かしらがくっついていたからの質問だろうけれど、基本魔王殿内であれば一人での自由行動は大公達にも認められているので、いつもと変わらず一人でフラフラ仕事をしていたのだ。

「はい。私も用事は終わりましたし、フィンデイル殿を探すのを手伝いましょうか」

 人を呼ぼうかと廊下を見回すがたまたま誰も通っておらず、ナイリアスさんからの返事もないので怪訝に思って見上げてみれば私が出てきた部屋を眺めている。

「ナイリアス殿?」

 幾ら呼び掛けても扉を見つめたまま一向に動かないナイリアスさんに、失礼とは思いながらも視野に入るように伸ばした手を振ってみると、油の切れた人形みたいな動きで私を見下ろしたかと思えば伸ばした手をいきなり掴んできた。

「ナ、ナイリアス殿? どうしました? どこか具合が悪いとか」

 たった今普通に話していたのに、何だか様子が変である。

 今の今まで普通に話しをしていて、突然具合の悪くなるような要素も気配も無かったから、ナイリアスさんの変化に戸惑っていると熱を帯びたような瞳が向けられて視線が絡まる。

「……あの……?」

「貴女だったんですね」

 僅かに背を屈めたナイリアスさんの目は、私に向いているというのに視線が合わない。

 不安を覚えるような心在らずとした様子で呟く言葉の意味が分からず、私は眉を潜めて小首を傾げた。

「何が、ですか?」

「魔石の魔力は貴女の魔力だ。幾ら飾りの王としても余りにも魔力を感じられなかったから可笑しいと思ったんですよ。幼さ故かとも思ったのですが……魔力を潜めていたのですね」

 げっ。

 何でばれたの? 魔力は垂れ流して無いはずなのにっ。

 顔を引き攣らせながら掴まれた手を引き抜こうとしたのだけれど、逆に強く握り込まれて余りの強さに顔を顰める。

「あのっ。ちょっと手を離して頂けませんか?」

 ナイリアスさんは顔を寄せて覗き込んでくるモンだから近過ぎて話し難いし、言い訳を考える時間が少しでも欲しい。

「なぜ?」

 しかしナイリアスさんは涼しい笑顔を浮かべながら、手を掴んでいるのは当然の事であり、私の言葉が理解出来ないとばかりに問い返してきたのだ。

「え? なぜって……その近過ぎですし……」

 問われて逆にこっちが戸惑ってしまう。

「そう、なぜ貴女を離さなければならない? 魔石よりもずっと力のある貴女が居れば、我々の抱えている問題は直ぐにも解決するでしょう。私もね、魔石如きで子が安易に出来るなんて信じてはいなかったんですよ。実際に魔石を見るまでは」

 そう笑うナイリアスさんに薄ら寒い物を覚えた。

 身を屈めて覗き込むナイリアスさんの笑顔は凄く近いのに、全然焦点が合っていない。

「王の命令ですから仕方無く魔界まで来ましたが、魔族が持つ魔石等に我等崇高なる竜族が頼らねばならないなんて。そう思われませんか? 全てに秀でた我等一族が劣等種である魔族等に頼らねばならないとは」

 口にしている言葉は癇に障りはするけれど、大公達を始めとした魔族達でさえ人間を下等と称しているのだから、竜族が魔族を劣等呼ばわりするのも然もありなんとは思えた。

 寧ろ、決して声を荒げている訳でもないのに、妙に高揚している様子が一層不安を募らせていく。

「ナイリアス殿、あの……落ち着いて下さい」

「黙れ」

 少しでも距離を取りたいし、まともに会話も出来ないので話を聞いてもらおうと取り合えず口を挟んだ途端、気分を害した様子のナイリアスさんは掴んでいた私の手を振り払うかのようにして勢い良く壁へと私を叩き付ける。

 その豹変にも驚いたけれど、まさか乱暴に扱われるとは予想もしなかっただけに、その衝撃で一瞬息は止まるし、頭も強かに打ったのか目の前が暗くなりそうだった。

 車と衝突したような衝撃で半端無く痛い。

「あぁ、すみません。手加減し損ねてしまいました。魔王殿は魔力は強いようですが、体は赤子のように柔らかいのですね」

 床に倒れ込みそうになった私を、ナイリアスさんが喉を鷲掴んで押し上げる。

 ただでさえ呼吸が乱れている所に、頚動脈の辺りを掴まれてしまうと更に息が出来ず苦しさと同時に恐怖が押し寄せてくる。

 ナイリアスさんと目線が合う程片手一本で持ち上げられ、自分の重みと掴んでくる指の圧迫で更に喉が絞まっていく。

 浮いた足先をバタ付かせながら本能的にナイリアスさんの手を掴むけれど、鉄に指でも立ててるかのように硬くて引っ掻き傷も作れない。

 気が遠くなりかけた頃に漸く助けを呼ばなければと思い至った途端、再び壁へと叩き付けられて涙が出るし助けを呼ぼうとした思いが一瞬で霧散してしまう。

「術を使おうとした様子ですが誰か呼ぶつもりだったんですか? 折角、甘い香りを楽しんでいるのに、邪魔をされるのは不本意です。止めてもらえますか? 貴女も痛い思いはしたくはないでしょう?」

 無邪気とも思える笑顔でナイリアスさんが覗き込んで囁いてくるけど声は遠く、ナイリアスさんの手を掴む力も無くなり両手が落ちてしまう。

「ナイリアス! 何をしているんだっ!」

「……あぁ、兄上。探していたんですよ? どちらへ行かれていたんですか」

 鋭い呼び声と共に慌てた様子で駆け寄る足音と、答えるナイリアスさんの声は普段通り穏やかそうなのが微かに聞こえた。

「騎竜の様子を見に行っていたんだ。お前こそ一体魔王殿に何をしているんだ!」

「兄上、コレを竜界に連れて帰りましょう。そうすれば、劣等な魔族に頭を下げてまで魔石を貰う必要もなくなります。兄上にもお分かりでしょう? この素晴らしい香り……子が出来たのは魔石ではなくてこの香りですよ。この香りがあれば、女は心を解かして肌を許すし、男は義務とは思わず女を欲するでしょう。魔力も、魔石よりコレの方が質も高い」

「馬鹿を言うな。一体どうしたというんだ……とにかく、魔王殿を放せ」

 喉を絞める力が若干弱まった為に多少は息が出来るもののやはり苦しさは変わらず、涙でぼやける視界で傍に駆け付けたフィンデイルさんを見れば激しく戸惑った表情で私とナイリアスさんを交互に見ている。

「嫌です。コレは私の物です。そうだ、私の妻にしましょう。まだ子供ですから、子は作れませんが大人になるまで飼っていれば良いですし」

「ナイリアス……魔族と戦を引き起こす気か」

「魔族如きが我等竜族に太刀打ち出来ますか? 我等竜族に刃向かうのであれば、根絶やしにして滅ぼせば良いだけの話。虫けら等気に留める必要もありませんでしょう。兄上は何を恐れているのです? いつからその様に軟弱になったのですか?」

「愚弄は許さんっ! 直ぐに魔王殿を放せっ!」

 ナイリアスさんの手から私を放そうとフィンデイルさんが腕を伸ばしたけれど、ナイリアスさんは素早く距離を取りフィンデイルさんから離れる。

 ナイリアスさんがフィンデイルさんに気を取られている内に助けを呼ぼうとすれば、またもや壁へと叩き付けられて昏倒しそうになる。

「ナイリアス!!」

 近くにいるはずなのに、フィンデイルさんの荒げた声が微かにしか聞こえないし、目の前は暗く無数の星がチラついている。

「兄上もコレが欲しいんだ……先に手に入れた私を妬んでいるんですね? でも、コレは譲りませんよ。私の物ですから」

「魔王様っ!」

 二人が言い争う中で新たに私を呼ぶ声が聞こえたけれど、誰かを確かめる術も無いまま何か爆発したような音が聞こえたのを最後に、私は意識を手放してしまったのである。

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