魔王様と魔石 ■ 10
厩舎から執務室へ戻ってきたは良いけれど、基本的に他国のお客さんをお迎えするにあたって私の業務というのは殆ど無いはずなんだよね。
あるとしても急ぎでポポンとサインをしなければいけないとかその程度のはずなんだけど。
つまりは溜まっている公務なんて無いはずでして、あの場を引き上げるには良いタイミングだったから乗ってはみましたが、切り出したガルマさんの意図は何かしら? と未だ抱き上げているままのガルマを見る。
「お気が済みましたかぇ?」
私の物問いたげな視線に気付いたガルマが察し良く言葉を返してくれたけれど、気が済むとはなんぞやと小首を傾げる。
「魔王様の事故に、下手に禁じればお一人で騎竜をご覧に行かれると思いましてのぅ。それならば目の届く所でご覧頂く方が我等も安心というもの」
ねぇ? とばかりに流し目されて、思わず言葉に詰まって視線を逸らしてしまう。
何だか色々読まれている気がする。
いや、実際読まれたからの結果なんだろうけれど、私ったらそんなに底が浅いのかしらと一抹の不安を覚える。
「万が一魔王様お一人で厩舎に行かれ、あのような騒ぎになりますと厩舎の者達も困りますしなぁ」
「わ、分かったわよっ! 一人で勝手に見に行ったりしないわよっ!」
遠まわしにネチネチと小姑かっ。
「お分かり頂けたようで何よりよのぅ」
ニンマリと細い目を一層細めるガルマを恨めしく見つめるが、しかしもう一度位はやはり見たい。
と言うか、戯れたい。
ボール取ってこいとかしてみたい。
「……帰る前にもう一回。遊びたい」
譲歩するんだから、そっちも譲歩してよねとばかりに胡散臭い笑顔のガルマと暫し睨み合った結果、形の良い眉を器用にも片方だけ上げて折れてくれた。
「使者殿が帰られる日まで魔力を抑えている事が出来ましたら、使者殿にお伺いを立ててみます故に魔王様もくれぐれもお一人では厩舎へ近寄りませんようお気を付け下さいましのぅ」
近寄るのも駄目なのか。
頑張って気を付けなければ。
しっかりと頷いて見せてから、ガルマの腕から下ろしてもらう傍らで、シャイアが怪訝そうに小首を傾げてガルマに問い掛けてくる。
「しかし、何だって騎竜達はあれ程騒ぐ?」
「伝書竜と同じよのぅ。魔王様の魔力に惹かれての行動であろうなぁ。竜族といえど人型ともなれば多少鼻も鈍くなろうが、騎竜や伝書竜のように本性のままであれば本能が強いのであろう。魔王様は未だ制御が未熟故、微かな魔力でも嗅ぎ取るのではないかと思うておる。困ったものよのぅ」
珍しくもガルマが手に余ってるって感じでシャイアに答えているのを聞いて首を傾げる私。
んー?
つまり、私が未熟だから気配を消していても、人には気付かれないけど動物には気配がばれてるって事なのかな?
でも、鼻とか嗅ぐとかって言われると匂いってイメージが強い訳で。
ふと、クサヤを焼いていると、どこからともなくワラワラ猫が集まってくる光景が脳裏に浮かんで、私の魔力はクサヤ臭なのかと少し物悲しくなった。
クサヤを焼いて猫が集まってくるかは知らないけれど。
一人へこむ私を余所に二人はまだ何やら話し込んでいる。
「しかし、あの高慢な竜族共が我等魔族を相手にするものか?」
「それは分からぬが……用心に越した事はなかろうのぅ。竜族は当然じゃが、竜達も自尊心は高いと聞く故に、魔王様への執着は少々気に掛かるところよなぁ。此度、魔王様の魔力が込められた魔石を、あの竜族がわざわざ求めてくるのも気に入らぬ。先代様の魔石は気にも止めなかったのにのぅ」
何だか小難しい話をしている二人に口を挟むのも躊躇われたので、二人の遣り取りを聞きながら私は遣り掛けだった真珠に魔力を込めて粉を作る作業へと戻る事にした。
でも、私もこの話が来た時に疑問に思ったんだよね。
数は多くなかったけれど先代が作った魔石とかも一応は流通していたのに、何で今頃になって問い合わせてきたのかなぁと。
主に人間界に流通していて、流れに流れて今頃竜界に届いたって事も考えられるんだけど、お金さえあれば流通に掛かる時間は短縮できるんだよね。
何せ転移術があるから、飛行機で空輸なんてのより断然早い訳だし。
各地に店舗を構えているような繁盛している店なら、小規模ながらも転移陣を作ってあるだろうしなぁ。
ましてや、竜界の王族と繋がりのある店なんてかなりお金持ってると思うのよね。
魔石ってアイテムが珍しいのであれば、もっと早く竜族の所に届いているだろうし、欲しいのであればもっと早く問い合わせが来てもおかしくないんだろうけど、本当に何で今頃になってなんだよね。
親書ではその辺りの事情を教えてくれなかったけれど、ナイリアスさんから教えてもらえるのかな。
まぁ、事情説明込みで来た使者だけれどね。
本音を言うかは別として。
しかし、魔石って事はつまり魔力って事だよね?
私達魔族にとっては、魔石の魔力なんてそんなに重要視していないんだよね。
要は手軽に栄養補給が出来ちゃう携帯食であって、小腹空いた時用のおやつみたいなものな訳だし。
そんなちょっぴりの魔力、欲しがるものなのかな?
竜族だって、かなりの魔力を持っているはずなのに?
「ねぇ? 何で竜族が魔力欲しがるの?」
素朴な疑問を解消すべく顔を上げて問い掛けた所、いつの間にやら声を潜めて話し込んでいた二人が私を見る。
「竜族も魔力は強いんでしょ?」
ガルマとシャイアが顔を見合わせてから、ガルマが私の疑問に答えてくれた。
「確かに人間族や妖精族に比べれば竜族も魔力は強うございますが、単純に魔力だけで比べるのであれば、質が良い分だけ魔族の方が強うございますのぅ」
「え? そうなの? ……じゃぁ、何で竜族の方が強いって言われる訳?」
「我等魔族は魔力がある限り、器である肉体が幾ら破損した所で組成する事は可能でございますが、組成に必要な魔力が尽きる若しくは組成すべき器その物を失えば死に至る事は魔王様もご承知の通りでございますなぁ。竜族は魔力を失っても命は失われませぬ。人間と同じく肉体が著しく損傷若しくは老いた時に死を迎える訳ですが、この肉体が強靭でございましてなぁ……生半可な事では傷も付ける事は叶いませぬ。辛うじて腕や足を切り落とした所で、その動きを止める事も出来ませぬしのぅ。首を落とせば流石に命は失うのでありましょうが……この首がまた格別に硬く、刃物は疎か我等上位の魔術を以てしても一人で落とせるかどうか。多少の傷であれば魔力で治してしまう故に、相手にするのが面倒な連中なのでございます」
えーっと。
オートターボ治癒付きターミネーターってとこかな?
「ん~。じゃぁ、魔力は無くても然程困らないけれど、あればあったで凄い便利って感覚なのかなぁ」
「左様でございますのぅ。持っておる魔力の質や量によって、使用される術が影響されますのは魔族と変わりございません故に」
術の精密さや威力が魔力の質や量に比例しているのは魔族も竜族も一緒なのか。
そして原点に戻る訳なんだけど。
「じゃぁ、何で竜族は魔石を欲しがるんだろうねぇ」
「何ででございましょうなぁ」
「或いは、竜界で何か異変でもあったのか……」
ここで三人首を傾げていた所で答えが出る訳も無く。
フィンデイルさんは今夜ちゃんと帰ってきて晩餐に出てくれるんであろうかと、執務室の窓から日が傾き出した空を見る私なのでありました。




