魔王様と魔石 ■ 09
距離的にはナイリアスさんの騎竜に近かったから、自然とまずはそちらからとなった。
ナイリアスさんの騎竜は、アクアマリンを薄くスライスした様な鱗で幾重にもみっちりと覆われてて、硬質な見た目からしても物理攻撃も簡単に跳ね除けそうな感じで頑丈そうである。
屋根があるから直接光は差し込んではいないんだけど、それでも薄い光の反射を受けて幾重にも重なり合う鱗の濃淡が、更に水色の深みを増したグラデーションになっててとっても綺麗。
撫でてとばかりに長い鼻面を擦り寄せてくるから、ナイリアスさんへ聞く前に撫でてしまったけど止められなかったし騎竜も噛み付かなかったから良しとしておこう。
騎竜の目はまんまアクアマリンみたいに透明な水色をした虹彩に、縦長の瞳孔が金色で今は撫でられて気持ち良さげに和らいでいる。
ギューとかギャ―とかギョーとか、鳴き声は可愛い訳では無いんだけど擦り付いて懐いてくる仕草は堪らなく可愛いっ!
私の中の可愛いゲージがマックスを振り切ってしまったので、勢い余って長い鼻面を力一杯ハグしてやった。
天井からパラパラ欠片が落ちる位、地面に激しく振動が伝わる位、尻尾を振っているけど気にしないっ。
頬擦りしながら目一杯両手で撫で回して愛いヤツだなぁと和んでいた所に、ベキッと異様な破壊音と共に厩舎に居る連中がどよめき息を飲む。
緊張が一瞬にして漲る厩舎の中、ドッスドッスなんてのんびりした足音ではなく、ドドドドッという駆け足めいた地響きが凄い勢いで近付いてくる。
振り返らなくったって分かる。
赤い騎竜が頑丈な柵を壊して、こっちに近付いてくるって事がっ!
小学校の体育館より一回り小さい位の厩舎は決して小さいとは思わないけど、対面に突進してくる騎竜にとってはなんて事ない距離だと思うのよね。
振り返っている暇があれば兎に角どこかへ避けるべきとは頭の中を過ぎるんだけど、どっちへ避ければ良いのかとか、ナイリアスさんの騎竜と正面衝突ヤバくないっ? なんて事が走馬灯のように駆け巡って顔を引き攣らせたまま固まってしまっていた私を避難させようとしたシャイアが隣に現れるよりも一瞬早く、腰にがっちりした腕が回り込んで宙に担ぎ上げられた。
ちょっとした浮遊感に一瞬息が詰まったけど、来るはずの衝撃も無く、地響きもしなくなった事に気付いてそろそろと息を吐き出しながら振り返る。
荷物よろしくナイリアスさんの肩に腕一本で担がれたまま、ナイリアスさんはもう片方の手を突き出して少し険しい表情で赤い騎竜の鼻面を押さえている。
「度が過ぎるぞ。きつく仕置きをされたいか」
穏やかそうでいて険の混じった声音に、微かに寒気を感じて、あれ? と小首を傾げてしまう。
何でゾワゾワするんだろうかと、その原因について考えようとする横で赤い騎竜が不満たらたらに声を上げるもんだから気が散って仕方がない。
『ギャーッ』
ナイリアスさんを見る騎竜の目は明らかに反抗的な色をしていて、プライドが高いと言っていた言葉に何となく納得する。
主であるフィンデイルさんの言葉には素直に言う事を聞くけど、それ以外は全て自分優先なんだろうね。
鳴き声では何言ってるんだかちっとも分からないけれど、ナイリアスさんに分かるのは竜族だからなのかな。
言葉が交わせない動物というより、異なる言語の種族って感じで知能も私達と同じ位にはありそうだ。
「文句を言うな。兄上が兄上なら、お前もお前だ。これ以上手間を掛けさせるなら強制的に戻すぞ」
尻尾を地面に叩き付けて不満を表していた騎竜なんだけど、ナイリアスさんが戻すと言った途端に尻尾の勢いが無くなり葛藤してるかのように左右へ揺らして地面に擦り付けている。
『ギュー……』
騎竜の目にも反抗的な色が無くなり、渋々ながらもナイリアスさんに妥協する姿勢を見せているんだけど、その鳴き声が『だってぇ』と言っているように聞こえて吹き出しそうになる。
取り合えず、落ち着いてくれたのかな?
それなら、そろそろ下ろして欲しい。
支えとなるナイリアスさんの肩で、胃が圧迫されているような気分で心做しか苦しいから身じろいだら気付いてくれて静かに下ろしてもらえた。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ躾が足りず申し訳ありません」
ナイリアスさんを見上げて礼を言うのもそこそこ、後ろからグゥグゥ情けない声を出す騎竜に背中を押されてナイリアスさんに体当たりをする私。
「す、すみませんっ」
慌てて距離を取ろうとする傍から再び背中を押されてナイリアスさんに体当たり。
距離を取る、押される、体当たりを二セットこなした所で、傍に居た大公達から微妙にピリピリとした空気が伝わってくるもんだから、この妙なループから真剣に脱出を試みなくてはと慌てて背中を押される前に振り返って騎竜の鼻面にしがみついてやる。
おいたは駄目でしょ! とばかりに睨むように大きな目を覗き込めば、気弱な鳴き声を漏らすから鼻息がお腹に当たる。
妙に熱いんですが、火吹いてないよね?
ナイリアスさんの騎竜はアクアマリンみたいだけど、こっちはルビーみたいな鱗をしていて、濃いオレンジと真紅が綺麗に入り混じっているから本当に炎のグラデーションをしている。
瞳もピジョンブラッドのような虹彩に、瞳孔はナイリアスさんの騎竜と同じく金色だ。
視界の端では尻尾の先だけ一生懸命揺らしてるのが見えて、一応加減してくれてんのかと思うと滅茶苦茶可愛い。
可愛さ余って辛抱堪らんから、長い鼻の真ん中にチューしてやった。
参ったか、可愛い子ちゃんめっ!
一人悦に入る私だったのだけど、今度はナイリアスさんの騎竜が激しく騒ぎ出してびびる。
少しぼんやりとした様子で自分の腕を見ていたナイリアスさんが、騎竜の声で我に返ったように顔を上げた。
「お前まで何を騒ぎ出しているんだ。静かに出来ないのか」
呆れ混じりにナイリアスさんに注意をされ不満気に鳴き声を漏らす騎竜に対して、フィンデイルさんの騎竜は得意気に鼻を鳴らしてみせたりするから、ナイリアスさんの騎竜が地団太を踏んで更にナイリアスさんに叱られるという喧しさである。
流石に私が原因で騒がしさが酷くなっている気がしてきたからこの場を離れようかと思った時、いつの間に近付いたのかガルマが掬い上げたから少し驚いた。
「っ! びっくりした……」
定位置である片腕に座らされ、近くなったガルマを見れば非常に冷めた笑顔を浮かべてるから思わず背を正してしまう。
そろりとシャイアとサナリを見れば、シャイアは少々渋い顔でサナリは憮然とした表情を浮かべていたりするから視線が彷徨ってしまった。
悪い事はしていないのに、何で後ろめたい気分一杯になるのかなっ。
「魔王様にはそろそろご公務に戻って頂かねばなりませぬ故」
一旦言葉を切ったガルマは、騎竜達を窘めているナイリアスさんを向いて告げる。
「お後はナイリアス殿へお任せして宜しいか?」
「勿論です。ご面倒をお掛けした挙句、騒がしくて申し訳ありません」
困ったような笑みを浮かべて謝罪を口にするナイリアスさんだけど、会釈程も頭を下げない様子がちょっとだけ気に掛かった。
別に深々と頭を下げて詫びて欲しい訳じゃないんだけどね。
「こちらこそ必要以上にお騒がせしてしまったようですみませんでした。また晩餐時にお会い致しましょう」
ガルマも怖いし引き上げ時と見做してナイリアスさんに挨拶を告げると、当初の予定通りにサナリはその場に残してガルマとシャイアと共に厩舎を転移術にて後にしたのである。




