序 ■ 異色な魔石
モザカレアス大陸一、険しい山脈として有名なクショーレア山脈。
知る人間は少ないが、質の良い鉱石が豊富な鉱脈としても密かに有名である。
なぜ知る人間が少ないか。
同じクショーレア山脈に面していながら、人間界側からでは僅かにしか採掘されないからである。
山頂を境とし、魔界領土に鉱石が集中しているのである。
鉱石が豊富であると知る人間は、山脈の頂から向こう側は、様々な鉱石で出来てるのではないかとやっかむ程に、適当に掘れば直ぐに何かしらの鉱石が採れるのだ。
さてこの鉱石、質や大きさ、希少価値にもよって値段が異なる物であるが、例えその大きさが屑と言われる小さな物であっても、本来の鉱石としては質が粗悪であろうと、人間界では大変高価な物として扱われているのが魔石である。
人間界であればと限定し、この魔石なる物、喉から手が出る程欲しがるのは術師である。
希少価値が非常に高く高価な為、人間界の富裕層でも、身分や地位を誇示したがる人間に人気はあるのだが、魔石の特性を最大限に生かすのはやはり術師達だ。
魔石は名の通り、魔力を持つ鉱石であり、術師が身に付ければ己の持つ魔力の増幅、構成した術の威力が格段に上がる為、術師と名乗る者であれば喉から手が出る程求めて止まない物である。
唯の装飾として扱われる鉱石であれば、屑物として二束三文な値段であっても、魔力を持っていれば魔石となり、その値段は途端に跳ね上がる。
例えば、人間界では共通の貨幣単位を用いているのだが、最も単位の低い銅貨一枚程度の鉱石が魔石であったとすると、金貨一枚分に相当する。
銅貨は千枚で銀貨一枚、銀貨は千枚で金貨一枚、金貨は千枚で金板一枚となる。
金板は通常世間に出回る事は無く、主に国家間で流通する貨幣である。
十五歳で成人を迎えた男性一ヶ月分の平均的初任給が凡そ銅貨五百枚。
一人暮らしをしていた場合、平均的な家賃を含んだ全ての生活費であれば、銀貨五枚あれば十分に生活が出来て、且つ少し余裕が持てるといった具合である。
銅貨一枚程度の価値しか無い屑物が、魔石であれば金貨一枚に跳ね上がるともなれば、その価値も理解出来るだろう。
また、この魔石は滅多に流通されて来ない為、希少価値の高さ、価格の高さに拍車を掛けている。
魔石の採れる鉱脈を、誰一人として知る者は居ないのだ。
仮に居たとしても、正に宝の山である。
誰が他人に教えようか。
流通方法も一風変わっており、ある日突然、王都に店を構えるような高級鉱石店へ魔石が持ち込まれる。
大人の女性で小指の爪程の大きさしか無い魔石一つで、金貨五枚と交換されるのが常である。
一年に一度若しくは二年に一度といった頻度で、その人物は各国の高級鉱石店、つまりは金貨があるような店を巡り魔石を持ち込んで来るのである。
店に金貨が多く用意されていれば、その分魔石を多く分けて貰えるのだ。
買い取った鉱石店側は魔石に装飾を施し、二倍、三倍に値を吊り上げて売るのだが、店先に並べる傍から飛ぶように売れるのである。
又、高貴な方々からは事前に予約も頂いている為、魔石は幾ら持ち込まれても困る事は無いのであるが、多くても金貨五枚物で五個、金貨一枚物で十個しか交換に応じてはくれない。
鉱石店の中には、その人物の後を追わせたりもしたが、必ず撒かれてしまうのが常である。
自国にある他の鉱石店や、他国の鉱石店とも情報を密に交わしてはいるものの、杳としてその人物を抱き込むは疎か、素性を知る事さえも叶わないのだ。
しかし、ここ最近持ち込まれた魔石の事情が少々異なってきている。
まず、持ち込まれる量が極端に減ってきた事が一つ。
各国各地共通で、一店舗に持ち込まれる魔石は最多十五個であった所、五個までしか交換に応じなくなってしまった。
次に、持ち込まれる魔石の一つ一つの質が大変に良い。
鉱石との相性もあるが、単純に言ってしまえば魔石に於ける鉱石とは、魔力を入れる器でしかない。
小さい鉱石であれば石が持つ魔力も少なく、大きい鉱石であれば魔力も多く、持つ魔力の質は概ね一律であった。
だが、新たに持ち込まれた魔石は屑物と称される大きさより若干大きい程度で、一番大きい物でも、大人の男性で小指の爪半分程の大きさにも拘らず、魔力の質が極端に良くなっているのである。
魔石が持ち込まれるような大きな鉱石店では、魔石の持つ魔力を査定するお抱えの魔術師が居り、各国各地にある鉱石店お抱えの魔術師達は示し合わせたかのように、興奮しながら『魔力の結晶その物です』と言わしめた程である。
未だ嘗て、これ程までに純度の高い魔力を持つ魔石等みた事は無い。
兎にも角にも、各店のお抱え魔術師達が、口を揃えて絶賛する魔石であった。
今までは鉱石が大きい物で金貨五枚と交換していたが、新たな魔石の大きさは、多少の差はあれど概ね一律で、全てが一つ金貨十枚と交換された。
中には魔術師が説得するのも聞かず、鉱石の大きさだけで判断し、金貨十枚では交換に応じなかった鉱石店では、王宮に所属する術師や有名な術師が、我先にと大枚惜しまず購入していると聞き臍を噬んだそうである。
また、人間界だけではなく妖精界、更には竜界からも人間界の鉱石店に問い合わせが入るようになった。
各国と交易を行っている妖精族ではあるが、以前はこの魔石に対して然程興味を示さなかったにも拘らず、どこかより純度の高い魔石を贈呈されたらしい妖精界の王族より問い合わせが入り、どこで聞き付けたのか交易の乏しい竜界の王族からも予約を頂く鉱石店があった。
元々魔力の高い竜族が、然程魔力を必要としない妖精族が、なぜ魔石を欲しかるのかは不思議ではあるものの、そこに商売が成り立つのであればと邁進するのが人間の持ち味でもある。
しかしながら、需要があっても供給が無い現状。
各国各地の鉱石店が持つ情報網を駆使しても、魔石を持ち込む人物の特定は叶わなかった。
とある場所では女が、とある場所では老人が、とある場所では屈強な男が、と場所や時期によって現れる人物像が異なるのである。
ならば場所を特定しようと鉱石の産出場所を絞り出してみた所、クショーレア山脈から採れる鉱石と非常に良く似ている事が分かったのである。
各国其々に、少なからず鉱脈や鉱山を領有している。
同じ鉱石でも採掘される地域によって価値も異なる為、鉱石の産出場所を絞る事自体は然程難しい事ではなかったが、クショーレア山脈に面したノクレアン国、ナエンカーレ国、スマニアナ国でも魔石の採掘場所を探し当てる事は出来なかったのである。
幾ら隠そうとした所で、必ずどこかから噂は流れるものだが、三国のいずれかより採掘されているといった話も皆無であった。
情報を齎した者に対して、破格な報償を付けてもみたが、誰一人その報償を受け取る者も居なかった。
人間界の鉱脈や鉱山から、魔石の産出場所は特定出来なかった。
若しや、竜界、妖精界にあるのやとも思われたが、その竜族や、妖精族から態々人間界へ問い合わせが来る程である。
唯一、我関せずでいるのが魔界のみ。
考えてみれば、精や魔力に貪欲である魔族達が、何一つ騒いでいないというのも不思議な話である。
そして、誰ともなしに思うのである。
魔石は魔界に有るのではないか? と。